第42話 大失敗

 テレポで町に戻ると、ポータルコアの周辺にはすごい人の数がいた。

 視界に入るだけでも100人以上のプレイヤーがいるけど、全世界からここに接続していることを考えると、グラーノの町全体で数千万人のプレイヤーがいるんだろうね。

 それにしても、いつもと様子が違う気がするんだよね……なんていうか、他人からの視線を感じるというかさ。


「見つけたっ!」


 大きな声がすると同時、私の体をすり抜けて前で転んだ女性がいた。

 長い耳に腰まで伸ばした金色の髪。装備はたぶんスカウターセットと同等のハンター用装備ってところじゃないかな。弓を射るための大きな胸パッドと左腕のプロテクターがついている。


 誰だろう。


 そう思って眺めていると、転んだ女性は土を払うように太腿あたりをはたきながら立ちあがって、私の方へと向きを変えた。


「お久しぶりですっ!」

「あ、ローラさん。どうしたんですか?」


 静寂の森の前で私に話しかけてきた女性エルフ、ローラさんだ。

 確か、話しかたを聞いている限り中身は男性なんじゃないかな。

 とりあえず、またいろいろと聞かれたりするのかな。めんどくさい……。


「抱きつけない仕様なのを忘れて、でも居ても立っても居られなくて飛びついちゃったのよ。そしたらこのざまで」


 そういえば、相手に直接触れられないからすり抜けるんだったね。


 ローラさんはちらりと自分の足元を見て、苦い笑みを浮かべた。

 手でパタパタとはたきおとしていたにしても、まだ泥が残っている。


(ナビちゃん、ローラさんのズボンをウオッシュして、ドライしてあげて)

《了解なのです》


 一瞬でローラの履いていたデニム調のスリムパンツが新品のようにきれいになった。

 ローラはキラキラとした目で私を見て礼を述べる。


「わあ、ありがとう。生活魔法も覚えてるんだね」

「ええ、ソロでプレイしているとさすがに無いと困ります。ところで、どうしたんです?」

「えっと、先ずはお礼を言いたいのよ。私はゲーム配信をしているんだけど、静寂の森で話しかけたじゃない?」

「ええ、そうでしたね」


 確か、バトルウルフと戦う前に声を掛けられたんだよね。

 根掘り葉掘りというわけじゃないけど、最初に服装のことをたずねられて、そのあとにメインクエストのことを話したんだっけ。内容的には全部を話したわけじゃなくて、条件発生型クエストがあったことは言ってなかったと思う。


「実はあのときも配信中だったの」

「ええっ!? じゃあ、私の見た目のこととか、名前のこととかも配信されちゃったってこと?」

「そうね、そうなります。伝えてなくてごめんなさい」


 言って、ローラさんは真摯な表情で頭を深く下げた。

 周囲の外国人プレイヤーたちはそれをとても奇異な行動だと思ったのか、珍しそうに眺めている。というか、また人が増えてきた。


「あの、もしかして今も配信中だったり?」

「あ、はい。広告表示数や時間、広告からの集客数、売上への寄与とかいろいろと複雑に関係してコミッションランクが決まるんだけど。配信を中断すると視聴者が一気に減っちゃうからね」

「そういうことならしかたがないですね。まあ、他にも配信をしている人もいるでしょうし、偶然配信に映ってしまうこともあるでしょうし……」


 これだけのプレイヤーがいるんだから、配信者は1人や2人ではないはずだもん。でも、写りこまないようにする機能とか設定とかないかあとで調べようかな。


「ありがとう。それでね、あの配信が同時視聴者数4000万人を超えて、世界記録を達成したらしいの。おかげでコミッションランクが上がって、手数料収入も増えそうだからお礼を言いたくて」

「へえ、そうなんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。アオイちゃんのおかげです」

「え、そうなんですか?」


 私が話したことだけでそんなにアクセスが増えたりするわけがないし、話したのも10分とかそれくらいだったと思う。


「あそこにいたプレイヤーの全員がメインクエストを発生させられなくて困っていたのよ。だから、アオイちゃんのくれた情報を求めてアクセスしてくれた人が驚くほどたくさんいたの」

「へえ、そうだったんですね。皆さんのお役に立てたならなによりです」

「いや、世界記録達成はアオイちゃんのおかげだもの、頭が上がらないし、足を向けて寝るなんてできないわ。本当にありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」


 私自身がゲーム配信とかしているなら文句も言えるけど、していないからね。ちょっと興味が湧いて来たけど……。


「ところで、どうして私がここにいることがわかったの?」


 配信されてしまったことはどうしようもないし、今こうして配信されていることもローラさんにとって必要なことなんだからとりあえず受け入れるしかない。

 それよりも気になるのは、どうして私がここにいるのを知っているかということと、どうして私を認識できたかってことなんだけど。


「え、アオイちゃん。自分がプレイヤーランキングの一位を独走していることは知ってるわよね?」

「ええ、不本意ながら……」

「ランキングページからプレイヤーのプロフィールが見れるようになっていてね、その……何も設定していないと、撮影した写真とか動画がそこに載るようになっていてね。今、あなたのプロフィールがすごいことになってるわよ」

「え、どういうこと?」


 ランキングページとか見たこともないし、プロフィールがあることも知らなかった。で、そこにグラーノ森林地帯で撮影した写真が載ってるってことなんだよね。


「撮った写真が全世界の人から見られてるってことかな」

「ええっ!?」


 そ、それはまずい。いや、見られて困るような写真はないはず。

 ずっと採掘家の服を着ていたはずだからね。


 と、いうことは……


(あっ、ローラさんに見つかったのって、この服のせい!?)

《スニークは魔物にだけ効果があるのですよ》


 今の私は全プレイヤーからまるみえってことだよね。

 うわあ、目立ちたくないと思ってずっと頑張ってきたのに。


「時間的にここで待っていれば飛んでくるだろうなって思っていたの。ねえ、その服はビギナーギャザラーシリーズでしょう?」

「あ、はい」

「私もベルトとマントだけ持っているの。全部揃えると、そんな感じになるのね。ふうん……」


 ローラさんは顎に指先をあてて、私が着ている装備を舐めるようにして見ている。


(ナビちゃん、プロフィールを非公開にできる?)

《名前やレベル、種族、性別などは非公開にできないのです。非公開にできるのは写真や動画などのメディア、アチーブメント、現在装備一覧などなのですよ》

(いったん、全部非公開にしてっ!!)

《は、はいなのですっ》


 ナビちゃんが慌ててクルクルと飛び回りはじめた。

 焦っているとはいえ、ちょっと強く言い過ぎたかな。


(ナビちゃん、ごめん。ちょっと焦ってたから口調がきつかったかな。怒ってないからね?)

《だいじょうぶなのです。アオイはやさしいのです》

(そう、かな……とりあえず、あとで非公開にしたものについて詳しく聞くからね)

《はいなのですよ》


 ナビちゃんとの会話をしながら、私は他の人たちから飛んでくる刺さるような視線にさらされていた。

 その中でも最も強い視線を向けてくるのはやはりローラさんだ。


「とてもよく似合ってるわ。プロフィールのところから見ていた写真では素材感とかわからなかったんだけど、私が着ても似合うかしら?」

「え、似合うと思いますよ。すごい美人なエルフさんじゃないですか」

「ありがとう。でも、どこか作業着っぽいじゃない?」

「確かにそうですよね。でも、全部揃えると……」


《バイタルアラートなのです。5分以内にログアウトしなければ、強制終了なのですよ》


 そういえば、グラーノに戻ってきたのはバイタルアラートが出たからだよね。

 ここは、それを理由にここでログアウトした方が良さそうだね。


 ナビちゃんの声に反応したせいで、話が途中で途切れたからだろう。ローラさんが私の顔を覗き込んでたずねる。


「全部揃えると?」

「セットボーナスで、スニークっていう効果がつきますね。自分よりも10レベル上のMOBに見つからなくなるんですよ」

「えっ!? マジっ?」


 一気に周囲がざわつきはじめた。

 私に見えている範囲でも何人かが生産ギルドの方へと走り出している。いや、次からつぎへとプレイヤーたちが生産ギルドに向けて走り出し、目に見えて周囲のプレイヤーが減っている。


「あ、ありがとう。私も早速全部を揃えてくるわ! またねっ!」

「はい、また!」


 負けじと、ローラさんが生産ギルドへ向かって走っていく。


《ローラからフレンド申請が来ました。許可しますか?》

(保留で!)

《ローラからのフレンド申請を保留しました》


 悪いけど、もう本当にログアウトしないとやばいからね。

 おっと、ログインしたときに見つからないよう、スカウターに職業変更してログアウトしなきゃだね。





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