第40話 風景撮影

 森の中にとても美しい笛の音のような、でも悲痛な叫び声が響くと、ドサリという音を立ててゴールドディアが倒れた。


《ゴールドディアを倒したのです。

 冒険者手帳「グラーノ森林地帯」ゴールドディア討伐数(1/5)になったのです。

 400リーネを入手したのです。

 ゴールドディアの枝角を入手したのですよ》


 ポリゴンとなって消えていくゴールドディアを見つめていると、木の枝のような立派な角がインベントリへと吸いこまれていった。


「ふぅ……」


 思わずため息が漏れる。

 実は、ヒーズベアのときのように樹上に登って、背後から襲いかかるのに失敗したんだよね。角が大きくて、とても鋭利だから、弱点である頭の付け根を狙うのが難しかった。角の僅かな隙間にナイフとともに手を突き出さないといけないんだから仕方ないよね。

 まあ、すぐに後ろ脚の腱を切断してしまったからバトルウルフのときのようにじわじわと痛めつけて倒したけどね。


 手に持った戦狼の牙刀を見ると、ゴールドディアが頭を振って角先で切りつけてくるのを受けたところに傷が入っている。

 バトルウルフのときは噛みついてくるだけだったけど、ゴールドディアの角はかなり厄介だったからつい戦狼の牙刀で受けてしまった。でも、あれがスチールダガーの方だったら――折れてしまっていたかも知れないなあ。


(ナビちゃん、これって修理できるの?)

《素材があれば、鍛冶屋のフォルジュや鍛冶師ギルドのヨゼフならできるのです。もちろん、アオイも鍛冶師のレベルを上げれば修理できるのですよ》

(へえ、そうなんだ。レベルいくつになれば修理できるのかな?)

《レベル15なのです。必要な素材は、戦狼の牙を1本なのですよ》

(じゃあ、街に戻ったら鍛冶屋を極めないとだね)


 まだクラフター系の生産職にはついていないけど、冒険者のピアスがあるからね。ギャザラー系の生産職と同じようなペースでレベルアップできるはず。


《その前に、岩塩を採集するのです》

(そうだね。岩塩はどこにあるんだろう)


 常時発動しているマッピングのおかげで、森の中もあるていどは地図化できている。でも、一度は視界の中に入れないと地図化はされないんだよね。


 岩塩鉱を探して歩いていると、再びグレイトビーの巣を見つけた。最初に見つけたものよりも小さく、簡単に蜂塚の頂上まで登れるくらいの高さだった。

 まだ燻し草があったので、蜂蜜をいただいてから眠っているグレイトビーを5匹と、グレイトビーズクイーンを簡単に倒した。


《グレイトビーを倒したのです。

 600リーネを入手したのです。

 冒険者手帳「グラーノ森林地帯」グレイトビー(5/5)を達成したのです。経験値1,500を入手したのです》


《グレイトビーズクイーンを倒したのです。

 800リーネを入手したのです。

 冒険者手帳「グラーノ森林地帯」グレイトビーズクイーン(1/1)を達成したのです。経験値10,000を入手したのです》


 グレイトビーズクイーンも眠ってしまっていたので、簡単に倒すことができたよ。

 手帳でもらえる経験値にすごい差があるのは、グレイトビーはたくさんいるけど、グレイトビーズクイーンは巣に1匹しかいないからかな。それに、最初に見つけた蜂の巣のように大きいと探すのも大変だからっていうのがあるのかも。

 いずれにしろ、思ったよりも簡単に手帳を二つ埋めることができたのはラッキーだよね。

 しかも、蜜蝋と蜂蜜もしっかり手に入れちゃったし。


《ごきげんなのです?》

(え、あ。うん、そうだね……)


 気がつけば私はニコニコと笑顔になっていた。それをナビちゃんに指摘されて少し焦っちゃったよ。


(蜂蜜はゲームの外だと私の大好物のひとつなの。だからなんだか嬉しくなっちゃってね)

《アルステラでは味覚は現実の10パーセント程度の再現に控えているのです》

(うん、知ってるよ。だから料理にはあまり興味がないんだよね)

《料理はステータスを強化する効果があるのです。例えばはちみつレモンを食べるとHPの回復速度が30分間、10%向上するのですよ》

(おおう、それはレモンを取りにいかないとだね!)

《そうなのです!》


 HPの自然回復速度が30分間だけでも10%向上するのなら、かなり有益なアイテムだと思う。他にもSTRやVITを強化する料理なんていうのもあるんだろうね。

 レベルアップとともに私のSTRやVIT値も自動的に増えてはいるものの、ハーフリングだからそのあたりの数値は少し心許ないからね。


 でもそうなると、魔道具師や鍛冶師、調理師などのクラフター職も何から手を付けるかもう一度考えなきゃね。


《ゴールドディアがいるのです》

(どこにいるの?)

《北西方向、40mのところをつがいらしき2頭が西に向かって歩いているのです》

(ありがとう)


 いつものように嬉しそうに返事をするナビちゃんを横目に、私は進む2頭のゴールドディアを注意深く見つめた。

 認識阻害(弱)の効果がついたスカウターセットSのおかげか、その2頭にはまだ気づかれていない。

 私はいつものように樹上へと移動し、2頭の後方へと回り込んだ。

 すると、探知範囲外だったのか1頭の雌が増えてゴールドディアは合計3頭になった。


 先ほど倒した雄のゴールドディアは立派な枝角があり、その角が鋭利で頑丈だったため、戦狼の牙刀に傷が入ってしまった。

 雌のゴールドディアも枝角があるんだけど、雄ほどではないし。雄と比べて少し体格も小さい。

 でも、次に雄の角攻撃を戦狼の牙刀でまともに受けると、戦狼の牙刀が折れてもおかしくないね。


 私は考えながら、3頭のゴールドディアのあとを追った。

 途中、何度か戦闘シミュレーションをしながら進む。


 やはり脚の腱を切ってしまうのが簡単かな。


 さっきの戦闘ではいきなり後頭部に戦狼の牙刀を突き立てようとしたから苦戦したんだよね。

 とはいえ、3頭も同時に相手にするとなると、なかなかイメージが湧いてこない。

 まずはナビちゃんにお願いして、スパークで1頭の動きを止める。同時に私は1頭にスローイングナイフを投げつつ、もう1頭の背後から脚の腱を切る感じかな。すぐにスパークでスタンしているはずの1頭の足の腱を切れば……んっ!?


 3頭のゴールドディアたちは森を抜けて開けた場所に出ると順に姿を消した。


「わあっ!!」


 ゴールドディアを追って近くの樹上に跳び移った私は、思わず声をあげてしまった。


 森の辺縁部は下草が少し覆っているんだけど、その先は崖になっていた。崖の向こうには再び森が続いていて、遠くには雪を冠した山々が連なっている。


 私は興奮気味に崖の上に立ち、遠くの風景を見渡した。青い山肌に雪を冠した山々がとても美しく、私はついその景色に見入ってしまった。


「絶景だなあ……」


 私は視界いっぱいに広がる景色を切りとるように、両手の親指、人さし指で枠をつくり覗き込んだ。


《アオイはこの景色を写真に残したいのです?》

(うん、できるの?)

《撮影機能があるのです。動画撮影、静止画撮影、パノラマ撮影などの機能があるのですよ》

(へえ、動画も撮影できるんだ。もしかして、ネット配信とかもできるのかな?)


 私は基本的に目立つのは苦手なんだよね。日常生活で銀色の髪はかなり目立つ方だし、常にXRDを装着しているから少し奇異なものを見るような目で見られがちだったりする。

 だからつい、世間の人の目を避けたいと思ってしまう。


《リアルタイム配信もできるのです。カメラマンは任せるのですよ!》


 ナビちゃんはホバリングしながら薄い胸を右の拳で叩いて返事をした。

 とても小さいけれど、かわいくて本当に頼もしいパートナーだね。


(カメラマンってことはこの風景を背景にして私を撮ることもできるってこと?)

《もちろんなのです。風景モード、ポートレートモード、記念撮影モードなどが選べるのです》

(おおっ!)


 これは絶対に楽しいよね。

 早速試してみようかな。


 持っている衣装はハーフリングの民族衣装と、ナツィオで貰った皮と布の装備、あとビギナーシャツとスカート、今着ているスカウターセットS、ビギナーギャザラーシリーズ、ビギナークラフターシリーズS。

 写真を撮りたいと思うほどかわいい服はないけれど、なりきり撮影とかもたのしいよね。


(ナビちゃん、採掘家の装備に変更してくれる?)

《はいなのですっ!》


 ナビちゃんの返事と同時、私の衣装が採掘家のそれに入れ替わった。

 インベントリからツルハシを取り出すと、肩に担いで崖っぷちまで移動する。


(じゃあ、静止画をポートレートモードで撮ってくれる?)

《ハイなのですっ!》


 私はいろんな衣装に着替えては、雄大な景色を背景に写真を撮りまくった。

 ランキングページから飛べるアオイのプロフィールページで写真が大量公開されることを知らずに……。

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