第39話 ゴールドディア
ナビちゃんと相談して森を奥へと進むことを決めた私は、再び採集家に戻って森の中を歩き始めた。
グレイトビーやグレイトビーズクイーンも冒険者手帳の討伐対象になっているけど、燻し草の効果が切れる寸前だった。
ナビちゃん曰く、すぐにまた燻し草を使っても効果は半減するらしいのでまた次にグレイトビーの巣を見つけたら必要数の討伐をすることにした。
(念のためだけど、ヒーズベアよりも強いMOBってこの森にいるの?)
《シルクスパイダーが該当するのです。細い糸で巣を張っているので気をつけて歩くのですよ》
(わかった、気をつけるね)
キラキラと光る採集ポイントを見つけては、そこで新たなアイテムを採集しながら森を奥に向けて進んで行く。
《イチイの枝を入手したのです。
採集手帳No.20「イチイの枝」が解放されたのです。
採集経験値14×2を獲得したのです。
……
ナラタケを入手したのです。
採集手帳No.11「ナラタケ」が解放されたのです。
採集経験値12×2を獲得したのです。
……
ヒラタケを入手したのです。
採集手帳No.21「ヒラタケ」が解放されたのです。
採集経験値12×2を獲得したのです。
……》
ゲームの世界だからか、あたりまえのようにキノコが生えているんだよね。現実世界だと食用キノコは一年を通じて手に入る時代だから季節感みたいなものは感じないけどね。天然ものが手に入るのは秋ってイメージがある。高くて私には手がでないけどね。
(ナビちゃん、アルステラの中の季節ってどうなってるの?)
《エリアによって異なるのです。王都を除き、現在実装されているエリアは年間通じて温暖な地域なのです》
(へえ、そうなんだ。王都は暑いところなのかな)
《行けばわかるのですよ》
(そりゃそうだけどさあ)
《もっと冒険を楽しんでほしいのですよ》
(むう……)
ナビちゃんが優秀だから、つい何でもたずねてしまう。
それにしても、年中温暖な場所だというのにキノコが生えている。ゲームの中ならではってことなんだね。
それに少なくとも王都はまた違う気候をしているということがわかっただけでもじゅうぶんかな。
採集をしながらナビちゃんと話をしていると、時間がすぐに過ぎていく。
誰とも話さずに黙々とプレイする人もいるんだろうけど、私にはこうしてナビちゃんと話しながら遊ぶスタイルが合っている気がするんだよね。
そりゃ、他のプレイヤーと一緒に遊ぶパーティプレイは経験値効率や討伐効率が上がるとは思うんだけど、現実世界のプライベートな部分まで拘束されたりするのは好きじゃない。
特に固定パーティなんて組もうものなら、食事時間を合わせて集合するだとか、お手洗いに行くのにも気をつかうからね。平日はお仕事もあったりするから固定パーティなんて組めそうもない。
「あっ……」
これまで鬱蒼と生い茂った林の中を歩いていたというのに、視界が突然開けた。
森の中にぽっかりと穴があいたように、直径30ⅿほどの空間ができている。中央にはその半分ほどの直径しかない池があった。いや、
水面近くの空気が冷やされるせいか、空気中の水蒸気が結露して霧となり、ゆらゆらと湯気が立っているように見える。この白い霧がこの景色を更に幻想的にしているんだろうね。
(なんだか、すごい景色だね)
湧きだした水は、ちょうど反対側の森に向かって流れ出していて森の奥へと消えている。泉の湧水量が多いのか、その流れはなかなかのものだ。森はたまに野鳥が鳴く声が聞こえるていどで、とても静か。でも、ここにくると泉から流れ出すせせらぎの音だけが耳に心地いい。
泉の中心には不思議なことに木が数本生えている。
この木々も景色を幻想的にみせている要素のひとつじゃないかな。
《ナビちゃんにはわからないのです》
(そっかあ、それは残念。でも、なんで森の木は根腐れしないの?)
《水に強い木が生えているのです》
(そんな木があるんだねえ)
そういえば
現実世界でも霧が出た日はこんなに幻想的な景色をみることができるのかなあ。
泉とその奥に広がる森を見ながらしばらく佇んでいると、視界の中に何かが動いているのが見えた。
私が今、立っている場所は開けているので日差しがある。一方、森の奥は真っ暗だ。何かが動いたのがチラリと見えるていどで、それが何なのかまではわからない。
(ナビちゃん、索敵をお願い)
いつもの返事を済ませると、ナビちゃんは私を中心とした索敵を展開する。
何度も使ってきたので範囲も広がっているが、残念なことにMOBがいるだろう場所までは届かなかったようで、何も探知できなかった。
《なにもいないのです》
(まあ、いいかな)
視認できないところにいる以上、私に直接危害を加えるのは難しいはず。MOBとの間には木が生えた泉があるし、私自身は今は採集家の格好をしているのでスニークが発動しているはずだからね。
たぶん、襲われるにしてもじゅうぶんな準備ができた状態で迎え撃つことができると思う。
と、考え事をしているあいだにもMOBはこちらに近づいてくる。
暗い森の奥からこちらに近づいてくると、徐々にその姿も露わになってきた。
なによりも目立つのは木の枝のようにいくつも分岐したツノ。その先は鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていて、その殺傷能力の高さをうかがわせる。
次に特徴的なのは、全身に纏った金色の体毛。森の奥から徐々に陽の光に照らされて輝きを増すその姿は、神々しいという言葉しかでてこない。
(え、なになに? 神鹿?)
《ゴールドディアなのですよ》
ナビちゃんの声に合わせ、私は再びゴールドディアを見つめなおす。
<簡易鑑定>
名前:ゴールドディア
間に泉があるせいで距離が離れているからかな。簡易鑑定しかできないけど、名前は確かにゴールドディアだね。
鹿というと奈良公園にいる鹿を思いだしてしまうけれど、あそこの鹿は単独行動しているイメージがあまりないんだよね。
他にもゴールドディアはいるのかな。
再びナビちゃんに索敵をかけてもらったけれど、周囲には他のゴールドディアはいなかった。
(ゴールドディアの適性レベルと、冒険者手帳の報酬経験値ってどれくらいだっけ?)
《適性レベルは22、冒険者手帳の報酬は5頭で経験値は23,000なのです》
私から見ると、格下のMOBということになるね。
どうせなら群れで出てきて、サッと終わらせてほしいんだけどな。
(どうするのです?)
《もちろん倒すよ。職業をスカウターに変更してくれる?》
《はいなのですっ!》
ナビちゃんが返事すると同時、私の全身装備がスカウターセットSに変わった。もちろん、認識阻害(弱)が間断なく発動する。
ゴールドディアは泉の反対側にまでやってきていて、泉の水を飲み始めていた。
泉の直径は15ⅿほどあるので、水中木を使えばなんとか飛び越えることができると思う。だけど、すぐ近くに泉があるというのは跳ねまわって回避する私の戦い方からすると都合が悪いんだよね。
少し森の中まで戻ってくれるのを待ってから、背後から攻撃するのが良さそうかな。
そう思った私は、泉の水を飲んでいるゴールドディアが森に戻るのを待つことにし、いつものように幹を蹴って木の上へと移動した。
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