第38話 ヒーズベア戦

 グレイトビー達は私が使った燻し草のせいで動けなくなっている。

 この状況だと、ヒーズベアのやりたい放題ってことにならないかな。

 ヒーズベアは手の届くところから蜂の巣を壊してしまうだろうし、そうすると周囲の木々に負けないほどの高さに成長した蜂の巣は根元近くで壊され、倒れてしまいそう。

 巣の上層には女王蜂がいるんだと思うけど、この状態だと守ってくれる部下ともいえる蜂がいないよね。


(どうしようかなあ)

《どうしたのです?》

(私がグレイトビーを眠らせたせいでこの蜂の巣が壊されてしまったらさすがに目覚めが悪いなあ、と思ってね)

《気にしなくていいのですよ》


 ナビちゃんはそういうものの、一度でも「自分のせいなんじゃないか」と思ってしまうと私にはなかなか切り替えることができない。


《アルステラのオブジェクトは基本的に破壊不能なのです》

(え、そうなんだ)

《ストーリー上で発生するイベントなどで破壊されるオブジェクトはあるのです。でも、MOBが暴れても壊れることはないのですよ》


 ナビちゃんとこんなことを話している間、ヒーズベアはのそのそと歩いてきた。そして、周囲の巨木に負けない大きさまで育ったグレイトビーの巣の前に立つと、さきほど私が覗き込んだ穴の部分に鼻を突っ込んだ。


(あの穴は、ヒーズベアが開けたわけじゃないのね?)

《元々いている穴なのです》

(あのヒーズベアは何をしてるのかな?)


 あくまでもゲームの中に存在するオブジェクトなのなら、蜂蜜が好物とはいえ実際に舐めたりする必要はないはずなんだよね。


《蜂蜜を舐めているのです》

(本当に?)

《ナビちゃんは嘘をつかないのですよ》

(そうだね、嘘をつかないよね)


 逆に嘘を吐くことを覚えられてしまっても困るからね。ここは話を合わせておく方がいいよね。

 それにしても、あくまでもMOBでしかないのに蜂の巣に鼻を突っ込んで蜂蜜を舐めるとか、アルステラはいろいろと再現しすぎじゃないかな。でも、フォレストウルフのときはオオカミや犬などの生態を真似て作られていたからね。熊の生態もしっかりと調査、再現されているってことかも知れない。


(あ、本当だ!)


 私の中で結論がついたところで巣穴の中に鼻を突っ込んでいたヒーズベアが、のっそりと顔を出した。

 どうやら本当に巣穴には蜂蜜が溜まっていたようで、鼻先にはべっとりと蜂蜜が付着していて、テカテカと光っている。


《だからナビちゃんは嘘をつかないのですよ》

(うん、そうなんだけどね。やっぱり本当に舐めているんだってわかると驚くものなの)

《ふうん、なのです》


 ヒーズベアは舌を伸ばして鼻先をペロリと舐めると、右前脚を巣穴に突っ込んだ。そして、ごそごそと右前脚を動かすと、たっぷりと蜂蜜がついた右手が穴からでてきた。


(あれは蜜壺なんだね)

《そうなのです》


 右手で掬い取った蜂蜜を、ヒーズベアは左前脚で大切に抱えていた壺の中に流し込んでいる。よほど蜂蜜が好きなんだね。


(どうするのです?)


 ナビちゃんが私の視界の中で忙しそうに羽を動かしながらホバリングしてたずねてきた。


《冒険者手帳のグラーノ森林地帯を開いてくれる?》

(どうぞなのですっ!)


 ナビちゃんの返事と共に、視界に冒険者手帳が現れる。


  グラーノ森林地帯(0/6)


  3種達成 経験値ボーナス 50,000

  6種達成 経験値ボーナス 120,000


  ・グレイトビー      0/5  未達成  経験値1,500

  ・グレイトビーズクイーン 0/1  未達成  経験値10,000

  ・ゴールドディア     0/5  未達成  経験値15,000

  ・シルバーエイプ     0/5  未達成  経験値23,000

  ・ヒーズベア       0/5  未達成  経験値35,000

  ・シルクスパイダー    0/3  未達成  経験値40,000


 うわっ、グレイトビーとグレイトビーズクイーンが対象になってるじゃない。さっきまで心配していたのに、これから倒さないいといけないのかあ。

 でもしっかりとヒーズベアも対象になっているんだね。

 じゃあ、遠慮なく最初にヒーズベアを倒すところから始めようかな。


 左前脚に抱えた蜜壺は既に満たされているようで、ヒーズベアは夢中で右手にこびりついた黄金色の液体を舌を伸ばして舐めまわしている。


 私は足下の枝を蹴り、隣の木の上へ。そこから何度か枝を蹴ってヒーズベアの背後へと回る。


《あと60秒でグレイトビーの睡眠状態が解けるのです》

(え、そうなの?)

《最後に燻し草に点火してから600秒間、グレイトビーは睡眠になるのですよ》

(じゃあ、のんびりしていられないね)


 私は左手で戦狼の牙刀を握り、右手で柄頭を包み込むように持つとヒーズベアに向けて狙いをつけて屈む。そして、一気に枝を蹴ってヒーズベアに向かって飛び出した。

 牙刀の切っ先が向かうのはヒーズベアの首筋。延髄のあたりに私の全体重をかけて牙刀を突き立てる。


「ベヤァァァァアアアッ!!!」


“Critical”の文字が出ると当時、悲鳴にも似た、でも聞いたことがないような鳴き声をヒーズベアがあげる。

 残念だけど、戦狼の牙刀は5割ほど突き刺さったところで動かなくなった。

 ヒーズベアは狂ったように首を左右に振って戦狼の牙刀にしがみついている私を振り払おうとする。私もヒーズベアの首筋に突き刺さった戦狼の牙刀を引き抜いて距離を取りたいんだけど、分厚い皮と硬い筋肉がそれを拒む。

 このままでは時間が掛かりすぎて、グレイトビーが目を覚ましてしまう。

 私は右手にスチールダガーを取り、意外につぶらな瞳をしているヒーズベアの右目に突き立てた。


「ビェヤァァァァアアアッ!!!」


 再び“Critical”の文字が現れ、ヒーズベアが声をあげた。

 どうやらそれがヒーズベアの断末魔の叫びだったようで、ヒーズベアはポリゴンとなって消えた。


 左手に握った戦狼の牙刀、右手のスチールダガーが解放されて私はひらりと地面に降り立つ。


《ヒーズベアを倒したのです。

 冒険者手帳「グラーノ森林地帯」ヒーズベア討伐数(1/5)になったのです。

 900リーネを入手したのです。

 熊の蜂蜜壺を入手したのですよ》


 おっと、すぐにでもグレイトビーたちが目を覚ましちゃうんだったね。


 また木の幹や枝を蹴り、私は高い枝の上に移動した。

 そして、まじまじと戦狼の牙刀を眺める。


《どうしたのです?》

(他のMOBでは普通に戦えたけれど、そろそろ戦狼の牙刀で戦うのは厳しい相手が出てきたのかなって思っていたの)

《バトルウルフの討伐推奨レベルは15なのです。ヒーズベアはレベル24なのです》

(うん。戦狼の牙刀では奥まで刃が入らなかったからね。もっと強い武器を手に入れないとこれから先は厳しいのかなって思ってさ)

《グラーノの町で新しい武器を探すのがいいのです》

(うーん、でも岩塩を採りに行きたいしなあ)


 ナビちゃんの言うとおり、グラーノの町に戻って鍛冶屋でレベルに見合った武器を手に入れるのがいいと思うんだよね。

 でも、せっかくここまで来たんだからクエストも先に進めたい。


 そういえば先ほど木の梢まで登って辺りを眺めてみたけど、採掘場というのがどこなのかよくわからなかったんだよね。


(戻るのはテレポで一瞬だから、岩塩を優先しようかな)

《了解なのです!》


 ナビちゃんがホバリングしながら敬礼ポーズをとった。


 あれ、こんなポーズとか今までやってたっけ。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る