第34話 レベルが足りない

「もうこれ暴走車両じゃんっ!」


 体重移動の加減を私がよくわかっていないから、激しく蛇行しながらホバーボードは進んでいた。できるだけぶつからないように気をつけたつもりだけど、何人かの身体をすり抜けていったのでなんだか申し訳ないね。

 相手の人も小娘が見たこともない乗り物に乗って自分に向かってくるんだから声を上げるし、結構な騒ぎになった気がする。

 当然、何ごとかと街道を歩くプレイヤーたちの視線が突き刺さっているのを感じるわけで。


《右足に体重を移動すると止まるのです》

(あ、そうかあ!)


 ナビちゃんの声を聞いて徐々に踏み込むように右足に力を入れると、進行方向とは逆に体重移動をした。

 途端にホバーボードはゆっくりと速度を落とし、停止する。


 止まったはいいけど、両足が固定されたまま宙に浮いてるんだよね。


(どうやって降りるの?)

《どちらか一方の足首を内側に捻ると外れるのです》

(こうかな?)


 左足を捻ると、地面から少し浮いた状態のままで左足がホバーボードから離れた。片足だけになったけれど、動き出さないのは片足が外れた状態になったからなのかな。


 私は地面に左足を下し、右足を持ち上げてホバーボードを手に取った。周囲へと目を向けると、数名のプレイヤーが私を追いかけて来てるのがみえた。

 でも、魔物に絡まれて全然こちらまで来られないみたい。


 ここでぼんやりとそれを見ているだけだと、追いつかれて面倒臭いことになりそうだよね。あのエルフ族のおネエさんもいる。えっと、誰だっけ。


 思い出すのも面倒なので、私は正面に見える森の方へと体の向きを変えた。

 正面には遠くまで続く森が広がって見える。


(そこに見える森は静寂の森?)

《違うのですよ。あれはグラーノ森林地帯なのです》

(へえ、そうなんだ)


 言われてみると、森の雰囲気が違うみたいだね。

 静寂の森は原始林って感じがして、無秩序の中に秩序がある印象を受ける森だった。でも、視界に映る森はヒトなり、他の種族なりに手入れされていて、どこか整然としている印象を受けた。

 そういえば、人の手が入ったのが「林」で、本来は手が入っていないのを「森」って言うんだっけ。


《燻し草を手に入れないといけないのです》

(あ、そうだった。グレイトビーの巣に燻し草を使うんだっけ。採集家に着替えをお願い)

《はいなのです》


 ナビちゃんが返事すると同時、私は装備がビギナーギャザラーシリーズに変わった。手にはホバーボードを持ったままだけど、流石にこれでは駄目だよね。

 私は急いでホバーボードを仕舞い、サイズを持って辺りを見回した。


 あれかな?


 10mほど先にキラキラと光る採集ポイントがあった。確か、グラーノ大森林と農業地帯との境目あたりに生えているってコリーナさんが言ってたからね。


  <鑑定>

  名前:八味草

  説明:草原や畑の近くに自生している一年草。

     見た目は青々とした葉がとてもおいしそうな野草。

     八つの味がすることから、この名がついている。

     料理や錬金術の材料になる。

  採集:採集家


 ぐぬぬっ、料理や錬金術の材料になるようだけど目的の燻し草とは違うとは。


 でも、あとで錬金術を始めたときのために入手しておく方がいいと思うんだよね。インベントリの方はまだ余裕あるし。

 私は採集ポイントに近づくと、手に持ったサイズで八味草を刈り取った。


《八味草を入手したのです。

 採集手帳No.6「八味草」が解放されたのです

 採集経験値4×2を獲得したのです。

 八味草を入手したのです。

 八味草を入手したのです。

 八味草を入手したのです。

 八味草を入手したのです》


(ナビちゃん、採集手帳の番号が6ってことは、適正レベルが低いのかな?)

《そのとおりなのです。適正レベルは3なのです。グラーノの町に近いのでこのあたりの適正レベルは低く設定されているのです》

(ふうん……)


 私のレベルを考えると、このあたりで採集を続ける意味はないみたいだね。

 早く燻し草を手に入れて森に入らないとね。


 私は再びホバーボードを取り出し、両足を乗せて移動を始めた。

 二度目ということもあって、少し慎重になって体重移動をした。

 すると、ホバーボードはゆっくりと滑るように動き出した。


(なんだ、これくらいのスピードでも動くんじゃない)

《アオイは極端なのです。でも、初めてのホバーボードをフルスロットルで乗りこなしていたのです》

(そんなことないでしょ。現実世界なら人身事故になるような運転だったと思うよ)

《フィールドにいるMOBには接触しないように避けていたのです》

(まあ、そりゃあね)


 数百人単位で視界に表示されているプレイヤーを避けるのは諦めたけど、その中に混じったMOBくらいは避けられるからね。


 体重を少しずつ移動して、ホバーボードの速度を上げていく。

 体長が2ⅿくらいはありそうなMOBがいるけど、ビギナーギャザラーシリーズ一式で身を固めている私にはスニーク効果が発生しているから、気付かれることはないみたい。


  <鑑定>

  名前:ネザートード

  説明:近づくものは何でも口に入れてしまう貪欲なカエルの魔物。

     肉質は素晴らしく皮の脂も良質で胃にもたれない高級食材。

     稀にドロップするトードの油には鎮痛効果があり、錬金術の

     材料にも用いられる。


 トードのどこか鈍そうな顔を見ても癒しなんて感じないけどね。

 でも、あとでキッチリと素材は手に入れようかな。


 途中、採集ポイントがいくつかあったけれど、まだグラーノ森林地帯との境目とはいえないのでスルーして進む。


 気がつけば最高速度にまで上がっていたホバーボードをゆっくり減速していくと、森との境目に到着した。

 所々に境界線を引くかのようにキラキラと採取ポイントがあるけど、これが燻し草なんだろうね。


  <鑑定>

  名前:燻し草

  説明:森との境目に自生している多年草。

     火で燃やすことでもくもくと煙がたちのぼり、蜂や蟻は

     その煙を吸うと眠ってしまう。

     料理の材料にもなる。

  採集:採集家


 てっきり蜂の巣を燻すと中の蜂が酒に酔ったみたいになるんじゃないかなと思っていたんだけど、眠らせることができるんだね。


 採集ポイントの近くでホバーボードから降りた私は、サイズを手に採集を始めた。


《燻し草を入手したのです。

 採集手帳No.9「燻し草」が解放されたのです

 採集経験値8×2を獲得したのです》


 お、採集手帳番号が9ということは、他にも採集できるものがたくさんあるってことだよね。


(ナビちゃん、採集手帳は何が解放されているのかな?)


 私は一旦手を止めて、ナビちゃんにたずねた。


《1番の薬草、2番の楓の原木、3番のメープル樹液、6番の八味草、9番の燻し草、10番のトネリコ原木、15番の毒消し草が解放されているのです》

(うわあ、全部解放するとなるとたいへんそうだね)


《燻し草を入手したのです。

 燻し草を入手したのです。

 燻し草を入手したのです。

 燻し草を入手したのです》


 返事をもらって採集に戻ったけど、燻し草って何個くらい必要なんだろう。

 まあ、料理の材料にもなるっていうんだから、余るくらい手に入れておけば大丈夫だよね。


《燻し草を入手したのです。

 採集経験値8×2を獲得したのです。

 採集家レベルが13になったのです。

 燻し草を入手したのです。

 燻し草を入手したのです》


 燻し草を30束ほど採集したところで採集家のレベルが上がった。

 スニークは自分のレベルとの差が10までのMOBに気付かれなくなるから、これでレベル23までは大丈夫ってことだね。


 たぶん、30個もあれば燻し草の量としては十分だと思うから、このままグラーノ森林地帯に入って蜂蜜を採りに行こうかな。


 確か、ヒーズベアだっけ。

 グレートビーの蜂蜜を狙ってやってくるんだよね。


(ナビちゃん、ヒーズベアの適性レベルってあるの?)

《ヒーズベアの適性レベルは24なのです。ぎりぎりスニークが効かない相手なのです》


 うわあ、レベルの低い採集家で、しかもスニークが効かない状態で森の中に入ってヒーズベアに遭遇したらやばいよね。

 派手にヒーズベアと戦っていると、グレートビーにも見つかっちゃいそうだし、どうしたらいいのかな。






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