第32話 猫の集会
「目元には丸眼鏡のような模様が入った黄虎のオス猫なんですよ。このあたりは黄虎の猫がたくさんいるらしいですから、探すのは大変だとは思いますけども、丸眼鏡のような模様というのはうちのウォーリーだけなのですぐにわかると思います」
テツコさんの言葉を思い出しながら私はファイターギルドへと向かって歩いていた。
《斜め前にあるのがスカウターギルドなのです》
(そういえば職業クエストがあるかも知れないね。ありがとう)
《これがナビちゃんのお仕事なのです》
ナビちゃんがくるくると回転しながら両手を上げて嬉しそうに飛び回る。ありがとうと言われて嬉しいのかな。
路地を抜けて少し大きめの通りにでたところ、斜め前にスカウターギルドの建物があった。
見た目は周辺にある建物と大差がなく、僧侶ギルドと比べるととても質素な印象を受ける。まあ、神殿という特別な場所に関係する職業だからどうしてもあちらは派手になるんだろうけどさ。
(ここ、本当にスカウターギルドなの?)
《間違いないのです。ここに書いてあるのです》
(うん、そうなんだけどさ)
確かに扉の隣には木製の看板がぶら下げられていて、そこに「スカウターギルド」と書かれている。
扉を開いて中に入ってみると、すぐ左側にあるカウンターの中で女性が退屈そうに座っていた。私が入ってきたことに気がつかないようで、片手に小さなやすりのようなものを持って爪の手入れをしている。
「あの、ここはスカウターギルドですよね」
女性がとつぜん現れた私の声に気付いて顔を上げる。
スカウト装備セットSについた認識阻害(弱)のせいで気付かなかったのかな。
癖のある金髪を肩まで伸ばした女性の胸元には、ジョセフィーネと書かれた名札がついている。その名札の下には女性の私でも羨ましくなるほどの大きな果実が2つ並び、大きな谷間をつくりあげていた。
「あっ、はい。スカウターギルド、グラーノ支部へようこそ」
何ごともなかったかのように取り繕うと、ジョセフィーネは「今日はどういったご用件でしょうか?」と流れるように案内を始めた。
「ナツィオ村から来たアオイと言います。ナツィオ村のバートさんから、次はグラーノのギルドに行くようにと言われてきました」
特にグラーノの誰に会いに行けばいいのかまで言われていなかったと思うんだよね。それがわかっていればもう少し話も簡単なのかもしれないけど。
「なるほどお。その装備からすると確かにナツィオ村での訓練は卒業されているようですね。まずは支部長にお会いになってください。階段を上がって突き当りの部屋です」
建物の奥へと視界を向けると、左右に部屋が並ぶ廊下があり、突き当りが階段になっていた。
私はジョセフィーネに礼を告げると、左右の部屋は何なのかな、などと考えながら階段を上っていった。
2階に上がると、また真っすぐに延びる廊下があって突き当りに立派な扉がついた部屋が見えた。
私はジョセフィーネに言われたとおり、廊下をまっすぐ進んで扉をノックした。
「――ん、入れ」
中から聞こえたのは怪訝そうな声音をした女性の声だった。
ナツィオの職業ギルドにいたバートさんは男性だったので、少し驚いたけど私はすぐに扉を開けて中へと進んだ。
扉の向こうには、大きな執務机があってハーフリング族の女性が大きな椅子に座っていた。たぶん、大きな熊人族などが座っても大丈夫なようにつくられているのだろうけど、身長140㎝が最大のハーフリングには大きすぎるね。というか、このハーフリングの女性は身長120㎝くらいしかないんじゃないかな。
「はじめまして。ナツィオ村からやってきたアオイと言います」
「スカウターギルドグラーノ支部へようこそ。私は支部長兼訓練員のルイーゼだ。早速だが、君の実力を示して欲しい。北湖ダンジョンに向かってゴブリンを5匹倒し、その魔石を手に入れて来なさい」
《職業(スカウター)クエスト005が発生しました。受けるのです?》
クエスト番号:SC005
クエスト種別:職業クエスト
クエスト名:憎きゴブリンを倒せ
発注者:ルイーゼ
報告先:ルイーゼ
制 限:スカウター レベル20以上
内 容:職業ギルドのルイーゼから、実力を示すためにも北湖
ダンジョンでゴブリンを5匹倒し、魔石を持ち帰るように
言われた。
報 酬:経験値 5,000×2 6,000リーネ ??????
報酬が「??????」になっているけど、経験値もお金も結構たくさん貰えるみたいだね。
幸いにもゴブリンなら課題以上の数を狩って魔石も持ってるからね。
「はい、わかりました」
《クエスト「憎きゴブリンを倒せ」を受注したのです。北湖ダンジョンでゴブリンの魔石を5個入手してルイーゼにみせるのですよ》
「いい返事だ。ゴブリンは群れて襲ってくる。中には狡猾な上位種もいるから気をつけるんだ。いいな?」
ルイーゼさんが心配そうな表情をして私を見上げていたが、すぐに視線を戻して何かの書類に目を通し始めた。
「ルイーゼさん、これでいいですか?」
私はインベントリからゴブリンの魔石を5つ取り出し、机の上に並べてルイーゼさんに声を掛けた。
「おや、もう戻ってきたのかい? どれどれ……ふむ、質の良いゴブリンの魔石だ。首を刎ねるなどして魔石に傷がつかないように倒している証拠だな。その装備からすると、認識阻害(弱)で身を隠して背後から襲ったのか」
「そうですね、概ねそのとおりです」
別に身を隠したというか、気付いてもらえなかったという方が正しいと思うけどね。
「これは報酬だ、受け取るといい」
「あ、ありがとうございます」
《クエスト「憎きゴブリンを倒せ」を達成したのです。
経験値の上昇を確認しました。
レベルが上がったのです。
レベルが24になったのです。
スキル書「気配察知」を入手したのです。
6,000リーネを入手したのです》
スキル書は初めて見たかも。魔法書と同じように読むだけで覚えられるのかな。
受け取ったスキル書を眺めていると、ルイーゼさんが話を続けた。
「いつも新人にはゴブリン狩りを依頼することにしている。二本足で歩く人型の魔物に対する対応力を知ることと、集団で襲ってくる魔物の恐ろしさ知ることが目的だ。今後はより多くの魔物に囲まれる可能性が増えてくる。今の力を過信せず、必ず気配察知を使って周囲を警戒することを忘れないように」
「はい、わかりました」
「よろしい。次は第4層に到達したらここに来なさい」
ホバーボードは既に手に入れたから、私でも第4層に到達することはできるよね。でも、今のがレベル20のクエストだから、次はレベル25になってからっていうことなんだろうね。ちょっと頑張ってレベルを上げてこないといけないね。
「ありがとうございました」
私は礼を述べてスカウターギルドを後にすると、スキル書「気配察知」を使用した。
魔法書と同じように一瞬だけ身体が光り、何事もなかったように消えていった。効果の確認はあとでいいよね。
さて、職業ギルドとして次に行かないといけないのはファイターギルド。手紙をファイターギルドにいるというゲオルグという人に届けないといけない。
(ナビちゃん、ファイターギルドはどこかな?)
《この先にある大きな交差点を渡ったところにある建物なのです》
(ありがとう)
私はナビちゃんが指した方向へと歩きだした。
町は大きな通りで町割りが行われ、いくつかのブロックに分割されている。そのブロックの中に大通りを繋ぐ路地があって、その路地と路地を繋ぐ更に細い路地がある……そんな感じになっている。
だから大通りを歩いているといくつも路地を見つけるわけで。
「あ、猫だ」
8匹ほどの猫が人通りの少ない路地に集まっていた。
黒猫と白猫、白と黒のぶちが各1匹、虎柄が4匹集まっている。地球でもよく見かける猫の集会ってやつだね。
(この世界の虎柄猫って……)
《様々な色をした猫がいるのですよ》
そう、虎柄というと黄色と黒というイメージがあるんだよね。他に茶色と黒の模様が入った茶虎という模様があるし、実際にここにいる4匹のうち2匹は黄色と黒の虎柄、茶色と黒の虎柄が1匹ずつ。
(それにしても赤と白って、なんだかめでたいわね)
《そうなのです?》
(私が生まれた国では、お祝い事は赤と白を組み合わせたものを使うことが多いの)
《勉強になったのです》
(確か、ウォーリーって虎柄と言われたけど、色までは聞いてなかったわね。えっと、他の特徴は……)
《眼鏡をしているような模様なのです》
(そうだったね)
猫って敏感だからね。認識阻害(弱)があると言っても、不用意に近づくと逃げられそうな気がした私は、そっと物陰から虎柄の猫を観察しはじめるのだった。
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