第31話 未亡人からのお願い
「ありがとうございます!」
「いやいや、君はそれだけの仕事をしてくれた。礼を言わねばならんのはこちらの方ですぞ」
私が礼を述べると、慌ててヨハンさんが私に頭を下げてくれた。本当にたいしたことはしていないので、神殿長という立場の人に頭を下げられると恐縮してしまうよ。
すると、調理師ギルドのニケさんがやって来た。
「そろそろ時間みたいよ」
「初めてすべてが揃った状態で動くわけですな。これは目が離せませんぞ」
「楽しみですね」
白髪に白髭を蓄えたヨハンさんは壮年といってもよい年齢だと思うけど、子どものように瞳をキラキラと輝かせて祭壇の時計へと視線を向けた。
その視線を追いかけるように私も時計へと身体を向ける。
ガチャッ!
歯車が回る音が大祭壇のある部屋に響くと、大きな鐘の音が建物の上方で鳴るのが聞こえた。
一定間隔で合計6回の鐘が鳴ると、祭壇の一部を覆っていた木製の板が扉状に開いて中から様々な衣装を着た木彫りの人形が現れる。耳の長いエルフや猫人族、ドワーフ、ピクシーなど恐らく全種族が表現されているのだろう。
どこからともなく金属を叩く音、ベルを鳴らす音が奏でるメロディが部屋全体に響き渡り、そのメロディに合わせて人形たちが動き出した。
部屋全体を見渡すと、小さな扉が開いてそこから別の人形がハンドベルや鉄琴のようなものを持って叩いている。これがメロディを奏でているんだね。
ここにいるギルドマスターたちだけで作ったにしては非常に大規模なからくり時計だよ。一朝一夕でできるもんじゃないね。
本当に努力の結晶って気がしてくるよ。
それに、流れている音楽はどこかで聞いたような。
(このメロディは、ゲームのオープニングで流れていたやつかな?)
《同じものなのです。でも、楽器にあわせてアレンジされているのです》
(へえ、そうなんだね)
オープニングの音楽はフルオーケストラを使った荘厳なものだったけど、少しテンポを軽快に変え、金属音を中心とした楽器構成でもとても耳に優しい曲調に変えてある。
「いい曲ですね……」
「この曲は創造神アレス様を中心に、大地、火、水、空、光、闇の6柱の神々を讃えるために妖精たちが作ったものですぞ。もちろん、歌詞は精霊たちの言葉で綴られていて……」
私がポツリと呟くと、それを拾ってヨハンさんが説明してくれた。
なんでも、神々の眷属として創られたことに感謝した精霊たちが、感謝を込めて歌いはじめたことに起源をもつ曲なのだとか。
人の言葉に訳すことができなかったので歌詞は失われているけれど、そのメロディは現在も口伝され、残っているものだそうだ。
(どんな歌詞なんだろうね)
《ナビちゃんは機械精霊なのです。精霊語は知らないのですよ》
(そっかあ)
歌詞が失われている以上、歌を聴くことはもうできないのかも知れない。
残念だね。
最も大きな部屋ということもあって、そこで鳴り響いた楽器の音が反響し、より大きな音となったせいだろうね。気付けば大勢の人が神殿の中でからくり時計が奏でる音楽に聞き入っていた。
鉄琴とハンドベルで奏でられるアルステラのオープニングテーマが5分ほどで終了すると、集まった人たちが神殿長であるヨハンさんのもとへ「あれは何だ」などと時計の説明を求めている。
(これはそろそろお暇した方が良さそうね)
《手紙を神官のラースに届けないといけないのですよ》
(そうだ、そうだったね)
とはいえ、ヨハンさんは集まったNPCにからくり時計のことを説明するのに手いっぱいだ。仕方がないので神殿に入ったときから案内についてくれていた女性神官に私はたずねた。
「あの、すみません。僧侶ギルドはどちらです?」
「僧侶ギルドは神官長室とは逆、そこを出て左に向かい、突き当りの部屋です」
確か、この祭壇がある大きな部屋を前にして左へ進んだ先、階段を上がったところに神殿長室があった。僧侶ギルドが神殿長室とは逆方向ということは、この部屋の中から見て出口を出たら左で間違いない。
周囲では、各クラフター系ギルドのギルドマスターが集まって楽しそうに話をしている。皆で時間をかけて作り上げてきたからくり時計が動き始めた喜びを分かち合っているところだし、挨拶で邪魔をするのも悪い気がするなあ。
「ありがとうございます。皆さまにもよろしくお伝えください」
私は僧侶ギルドの場所を教えてくれた女性神官に対して礼を述べると、静かに祭壇のある大部屋を出た。
誰かに呼び止められることもなかったのは認識阻害(弱)のおかげかな。
女性神官に言われたとおり、部屋を出てすぐ左折して通路を進んだ先に僧侶ギルドがあった。
《クエスト「風に舞った手紙」が進んだのです》
無事、僧侶ギルドでラースさんに手紙を届けると、ナビちゃんがクエストが進んだことを教えてくれた。
(あとは1通だけかな?)
《ファイターギルドのゲオルグに届ける手紙が残っているのですよ》
(ありがとう。ファイターギルドはどこにあるのかな?)
《ここから冒険者ギルドに向かう途中にあるのです。この路地を進むと近道なのですよ》
私はナビちゃんのナビゲーションに従って路地を進んだ。
グラーノの町にも他のプレイヤーたちが到着しているとはいえ、こんなところですれ違う人もなかなかいない。
《ここの店はまだ住民を確認できていないのです》
(あ、ありがとう)
ナビちゃんが指し示す方向を確認すると、看板もなにもない建物があった。大きな建物がたくさんある中で、不自然なほどに小さい建物だから言われなかったら気付かなかったかも知れない。
本当にナビちゃんが優秀なので助かるね。
「誰か住んでいるのかな?」
あまりにひっそりとした佇まいをしているので、少し不安になってきた。
でも、お店を畳んで住んでいるだけという人もいて不思議じゃないからね。とりあえず、ノックだけでもしてみようかな。
私は扉に設置されたドアノッカーを握り、ノックをした。
「どなたか知りませんが、扉は開いてますからどうぞお入りになってください」
扉の向こうから力強く張りのある女性の声がした。
そっと扉を開けると、店の中で老齢のヒト族女性がソファーに座ってこちらへと目線を向けていた。球根を象ったかのような、変わった髪型をしている。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと。ようこそいらしてくださいましたね。とはいえ亭主が亡くなってから店はもう閉めちゃったのよ。ごめんなさいね、何も商品が残っていなくて。どうぞこちらにいらしてくださいな。今、お茶でも淹れますから」
「いえいえおかまいなく」
「この店はね、夫が作った革製品を売るお店だったんですよ。でも夫が亡くなると商品を作ることもできないものだから店を閉めるしかなくて。でも、昔からお付き合いのある人たちは独りになった私のことを心配して話をしにきてくださるのよ。今日も……」
まるでマシンガンのように次から次へと話題が出てくる。お茶を淹れる手が休むことなく動くのも驚きだけど、たぶん10分くらいはずっと話し続けているんじゃないかな。
「あら、私としたことがごめんなさい。お嬢さんのお名前を聞いていなかったわね。お名前、なんておっしゃるの?」
「私はD級冒険者のアオイといいます。雑貨屋のジオさんに頼まれて地図に住んでる方のお名前を書き込む依頼を受けてきました」
「あらまあ、だったら私の名前も書いてもらわないといけないわね。私の名前はテツコと言います。今は夫が残してくれたお金で生活しているんですよ。所謂未亡人というやつかしらね。でも寂しくはないんですのよ。うちにはウォーリーちゃんって子がね、虎柄の雄猫なんですけども。夫が旅立って嘆く私を何故か見守るように座ってみていたのよ。それで……」
そこからまた10分ほどのマシンガントークが始まった。さっきまでは亡くなった旦那さんの話だったり、ご近所の親切な方たちの話だったりしたんだけどね。今はもう、ウォーリーの話ばかりしている。
「それでね、最近はウォーリーちゃんがどこかに出かけてるみたいで。ええ、決まった時間になるといなくなんですの。お嬢さん、冒険者さんってことだしウォーリーが外に出て何をしているかちょっと見て来て下さらない?」
《サブクエスト「ウォーリーを探せ」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》
クエスト番号:013
クエスト種別:サブクエスト
クエスト名:ウォーリーを探せ
発注者:テツコ
報告先:テツコ
内 容:テツコさんが長年飼っている虎柄の雄猫、ウォーリーが
よく出かけるらしい。何をしているか、調べてあげよう。
報 酬:経験値3000×2 貨幣5000リーネ 初級魔力回復薬
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