第30話 時を刻む魔道具

「まあ、これを魔道具ギルドのサブ様から預かって来られたのですね。まずは私から神殿長にお話をします。お手数ですが、それを運んできてくださりますか」


 そう告げるとヒト族の神官らしき女性は先導するように中へと入っていく。

 そういえば、神殿のヨハンさんに渡すように言われていたんだったね。ヨハンさんが神殿長かどうかは知らないけど。


 私は急いでお届け物をインベントリに仕舞い、女性の後を追った。

 建物の奥へとつながる通路は、正面の礼拝堂に入る扉の手前で左右に分かれている。その左側の通路の奥に進んで階段を上がると、一際大きな部屋の前に出た。


「こちらでお待ちください」


 案内してくれた女性が扉をノックし、部屋の中へと入っていく。扉の中がちらりと見えたが、どうやら偉い人が執務をするための場所のようで、壁一面に広がった書棚、重そうな机に背もたれの高い椅子があって、そこに男性が座っているのが見えた。

 さすがに顔までは見えなかったけどね。


「お待たせいたしました。神殿長がお会いするそうです」


 室内へと入って行った女性を待つこと少々、ドアノブを回す音が聞こえて扉が開き、女性が部屋へと導いてくれた。


「失礼します」

「新人冒険者さん、グラーノ大神殿へようこそ。私がこの神殿全体を管理する神殿長、ヨハンと申します」


 椅子に座っていた男性が立ち上がり、簡単に自己紹介をした。

 少し痩せ気味だけど、白髪白眉の初老の紳士といった感じの出で立ちだ。白地に聖職者らしさを感じる金糸の装飾がついた貫頭衣、同じ装飾のついた長い帽子を被っていて、神殿長という肩書に負けない威厳を感じるね。


  <簡易鑑定>

  名前:ヨハン

  種族:ヒト

  職業:グラーノ大神殿 神殿長


 念のため、本人の申告通りの名前かどうかくらいは確認した。そこまで運営もひねくれていないと思うけど、実は違う人でしたってことがあったら大変だもんね。


「Dランク冒険者のアオイと言います。魔道具ギルドのサブさんからお供えものを預かってきました」

「おお、それはそれは。そこのテーブルの上に出してみていただけますかな?」


 私は指示どおりの場所に、インベントリからお供え物を取り出して置いた。サブさんから預かったときのままなので、全体に黒い布が被せられている。


「中身を拝見しますぞ」


 サブさんがわざわざ布を被せた状態で私に運ばせたくらいだから、私が中身を見てもいいのかなあという心配があった。

 でも、受取人であるヨハンさんが私のいる前で布を取る以上、私も一緒に中身を見てもいいということなんだろう。


 私が頷くと、ヨハンさんは端から丁寧に布を剥がした。


「これは素晴らしい」

「ええ、本当に」


 ヨハンさんが感嘆の声を上げ、私を案内してくれた女性が同意の声をあげた。

 ガラス管があちこちに張り巡らされていて、そこに液体が循環しているのが見える。低い方へと流れた液体をまた高いところへと引き上げるため、水車のようなものが据え付けられていて、金属製の歯車がカチカチと一定のリズムで回転していた。


「これは何ですか?」


 運んできた私がたずねるのも変だと思ったけれど、事前に知らされていなかった私には理解できないものだった。


「これは時を刻む魔道具、と言えばわかりますかな?」

「時を刻む――時計、ですか?」


 私の呟きにヨハンさんがこたえてくれた。でも、時計と呼ぶにはかなり大がかりな仕組みだと思うんだよね。


「時計、時を計る魔道具でもありますからな。いい言葉です。これからは時計と呼ぶのも良いかも知れませんな」

「ええ、本当に」


 え、アルステラには時計って言葉がなかったの?


「大神殿では町の人々に時を知らせるため、定期的に鐘を鳴らしておるのです。でもそれが大変な仕事なのです」

「へえ、そうなんですね」

「これまでは昼間は影の位置から時間を計り、夜や雨の日は大きな砂を使って時を刻んできました。でも、この魔道具があれば影や落ちる砂を見ながら鐘を鳴らす必要がなくなります。実にありがたいことです」

「それはよかったですね」


 夜中もずっとつきっきりで砂時計を返さないといけないとしたら、重労働だもんね。

 ヨハンさんは憧れにも似た視線で時計の魔道具を見つめ、話を続けた。


「この魔道具はこの液体を錬金術師が、配管や銀細工を彫金師が、調理師が飴細工で装飾を行ったもの。そして、歯車や水車は鍛冶師が作り、魔道具の中心部を魔道具師が作ったものです」


 クラフター系ギルドの合作というわけなんだね。でも、裁縫師や革細工師、木工師の出番はない感じなのかな。


「既に革細工師や裁縫師が作った衣服を着せた木の人形が大祭壇に用意されています。お手数ですが、こちらの魔道具を持ってついてきてください」

「わかりました」


 神殿長のヨハンさんが先を歩き、魔道具をインベントリに収納した私が後に続いて歩いた。


 神殿入口に近づいてくるに従い、なんだか騒がしく会話する声が聞こえた。その声は神殿入口正面にあった大きな部屋から聞こえてくる。


「おや、既に揃っておられるようですぞ」


 ヨハンさんの歩く速度が上がった。

 AGIの値が高い私にすれば、全然苦ではないが一緒に歩いている女性がたいへんだ。

 だが、1分もしないうちに神殿正面の大部屋へと到着した。


「あらあん、運ぶだけでいいのにここまでお手伝いしていたのねん」


 目敏いというのか、魔道具ギルドのサブさんが私を見つけて話しかけてきた。


 いや、中身を確認してもらったけど、まだ渡してはいないからだと思う。クエストが完了していないんだよね。


「なにっ、またサブは大事なものを人に預けたのか、どういうつもりなんだ」

「自分で運んだりしたら、皆をここに集められないじゃないのお」

「そ、それはそうだが……」


 錬金術師ギルドのハリナがサブを窘めたことで言い合いが始まった。

 ハーフリング同士なんだから仲よくすればいいのにね。


「みなさん、よく集まってくださいました。皆さんが作ってくださった時を刻む新しい魔道具を、この大祭壇に設置したいと思います」


 クラフター系ギルドのギルドマスターが全員揃っていることを確認し、ヨハンさんが声を上げた。

 今まで喧嘩していたサブさん、ハリナさんも口論を止め、他のギルドマスターと共にヨハンさんに注目する。


「アオイさんだったか、時計をここに出してもらえんか」

「はい、わかりました」


 ヨハンさんが祭壇の中央、よく見ると比較的大きな歯車が祭壇の中にあるのが見えた。インベントリから正確にその歯車の上に出すなんて器用なことはできない。そもそも、神殿長室らしき場所で時計を出した時に裏側を見ていないから歯車があるかどうかもわからないしね。


「これでいいですか?」

「ああ、あとは皆に協力してもらう。よいか?」


 だいたいヨハンさんが指示した場所にインベントリから取り出したものの、やはり歯車は噛みあわなかったみたい。


「おう、嬢ちゃんは休んでな。あとは俺たちがやるから。ほれ、サブも手伝わんか」

「ええっ!! あたしには無理よおん。外見は男だけど、中身は乙女なんだからん」

「ええいっ、不甲斐ないやつめ。私が手伝おう!」


 鍛冶師ギルドのギルマスであるヨセフが指揮をとろうとするが、サブさんはクネクネと腰を捻って嫌がるばかりだ。その様子にハーフリング女子のハリナが痺れを切らして自ら手伝おうとする。


「いや、錬金学者のハリナにゃあ無理だ。仕方ねえな、儂らでやるぞ」


 そもそも錬金術師は力仕事を得意としないからね。更にはハーフリングの女性であるハリナさんには荷が重いのは間違いない。私もインベントリに入れられないなら運べそうにない時計だからね。


 すったもんだありながらも、ヨハンさんにヨセフ、彫金ギルドのロルフ、木工師ギルドのスミロの4人で据え付けまで完了した。


「ふう、これでひと段落だ。老骨には厳しい仕事だが、いい運動になりますな」


 ヒト族のヨハンさんが腰を摩る。


「何を言うとる。まだ儂の半分も生きとらんだろうが」

「私の5分の1くらいでしょう?」


 ヒト族と比べると長生きなドワーフ族のヨセフさん、エルフ族のスミロさんがヨハンさんを揶揄う。


「さて、これで時計の準備はできた。わざわざ運んでもらってすまなかった。これは報酬だ」


《クエスト「努力の結晶」を達成したのです。

 ビギナークラフターセットSを手に入れたのです。

 30,000リーネを入手したのです》


 わお、なんか凄そうなものを貰っちゃったよ。






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