第26話 魔導コンロの試作品

 鍛冶師ギルドのヨセフから預かった歯車を彫金師ギルドのロルフに届けると、他のクラフター系ギルドと同様に勧誘を受け、断ると続けてクエストが出た。

 やはり、ギルドマスターからの勧誘を断ることでクエストが発生するみたいだね。

 内容はやはり残った調理師ギルドのギルドマスターであるニケへのお届けもの。ヨセフさんが作った歯車でグラインドホイールが使えるようになり、とてもキメの細かい砥石を作ることができたんだって。

 彫金師の人が砥石を作るなんて意外だったけど、金属や宝石を磨くのになくてはならないものだから、主に彫金師が砥石を作ることになっているみたい。

 材料は採掘家が採ってくる大きな石だそうだから、どんな石なのか興味あるなあ。


 彫金師ギルドを出ると、各扉の前に立っている人たちが何人かいるのが目に入った。少しずつだけど生産ギルドへとやってくるプレイヤー増えているみたいだね。鍛冶師ギルドの前でノアくんと再会したけれど、ここには知った顔はいなかった。


 調理師ギルドの前までやってきて、ここでも扉をノックする。


「……どうぞ」


 向う側から返事の声が聞こえるのを確認して扉を開くと、大きなテーブルがあるのは見えるが、そこに人の姿は見えなかった。


 もしかして、空耳だった?


 ひととおり部屋の中を見渡しても、人影がみあたらない。


「あれ、誰もいない?」

「失礼やな、ここにおるやんか」


 大きなテーブルの向こう側に小柄な女の子が現れた。


「調理師ギルドへいらっしゃい、新人冒険者さん。調理師希望かいな?」

「あ、いえ。私は彫金師ギルドのロルフさんから調理師ギルドのニケさんへのお届け物を預かってきました。Dランク冒険者のアオイと言います」

「なんや、もう一人前の冒険者やんか。人は見た目によらんというけど、ほんまやねえ。あ、うちがニケです。こう見えてもギルドマスター、やらしてもろてます」

「そうなんですね。お届け物はこの砥石らしいです」


 私が砥石を手渡すと、受け取ったニケさんは瞳を輝かせて砥石を眺める。


「えらいキメの細かい砥石やなあ。それに黄色い砥石は初めて見るわ」

「ロルフさんは『これなら身も心も研ぎ澄ませるはずだ』と言っていました。きっとニケさんも気に入ると思っていたはずです」

「ああ、そやな。これは極上の仕上げ砥石やわ。これで磨いた包丁はごっつよお切れるはずや。おおきに、これは手間賃やと思て受け取ってんか」


《クエスト「身も心も研ぎ澄ませ」を達成したのです。

 3,000リーネを入手したのです》 


 無事、ニケに砥石を渡してクエストを完了した。これで、魔道具師ギルドから始まったチェーンクエストも一周した感じなんだけど、思ったより報酬が少ないね。


「ところで、あんたは調理師に興味ないんかいな?」

「今はギャザラーをするので手一杯なので」

「せやかて、ハーフリングやから火精霊の加護を持ってるやん。絶対に火い使う仕事をした方がええで。なあ、調理師にならへん?」


《ニケから調理師ギルドに勧誘されているのです。調理師になるのです?》


 あ、そうか。魔道具師ギルドから始まって調理師ギルドまで順番にクエストを受けて来たけど、鍛冶師ギルドから始める人もいれば、革細工師ギルドから始める人もいるもんね。完全に一周しないと終われないってことね。


「もう少しでギャザラーがひと段落するので、それが終ってから考えます」


《ニケの勧誘を断ったのです》


「ほなしゃあないな。ひと段落ついたら絶対にうちのとこに来てな。待ってるさかい」

「ええ、その時は是非よろしくお願いします」

「ところで、あんたは魔道具師のサブは知ってるん?」

「はい。知ってますよ」

「ほな、サブから預かってた魔導コンロを返しに行ってくれへん?」


《サブクエスト「試作品の評価」が発生したのです。クエストを受けるのです?》


  クエスト番号:027

  クエスト種別:サブクエスト

  クエスト名:試作品の評価

  発注者:ニケ

  報告先:サブ

  内 容:魔道具師ギルドのサブはニケに試作した新型魔導コンロを

      預け、評価を依頼していた。

      ニケが評価した手紙と、新型魔導コンロをサブのところに

      返却しよう。

  報 酬:経験値3,000×2 貨幣3,000リーネ


「いいですよ」

「ごめんなあ。うちは領主さんから頼まれてることがあって忙しいねん。これ、評価の結果を書いた手紙やから一緒に渡したって」


《サブクエスト「試作品の評価」を受注したのです。新型魔導コンロの試作品と評価が書かれた手紙を持って魔道具ギルドのサブのところに行くのですよ》


「へえ、ギルドマスターともなると領主さんからも依頼がくるんですね」

「普通はそんなことはないんやけどなあ」


 ニケさんはどこか遠くを眺めるようにして、呟いた。

 考えてみると領主は貴族様なり、それなりの地位のある人がやっているはずだよね。ということは、料理人くらいは雇っているわけで、特に調理師ギルドに何かを頼む必要なんてないはずだからね。


「いや、気にせんでええよ。あんたは早いことサブのところに魔道具を返しに行ってくれたらええから」

「はあ。では遠慮なく……」

「サブにはよろしゅう言うといてなあ」


 後ろにニケさんの言葉を聞きながら私は調理師ギルドを後にした。

 ニケさんは何か大きな問題に面している感じがする。だれど、ギルドマスターが頭を抱えるようなことを、まだ調理師ギルドのメンバーになっていない私がなんとかできるわけがないよね。

 たぶん何か相談されそうな気がするけれどその時に考えればいい。


 自分を納得させた私は、二階の通路を歩いて魔道具ギルドへと向かった。

 通路にはさっきよりもまた人が増えていて、ついつい避けてしまう。そもそも、プレイヤー同士は触ることができないから避ける必要なんてないのにね。それに、私は認識阻害(弱)の効果がついた服をスカウターS装備を着ているから気付かれにくいというのに。


「あ、アオイさん」


 正面からノアくんが歩いてきた。鍛冶師ギルドでチェーンクエストを受けたのなら、私と同じで彫金師ギルド、調理師ギルドという順番にクエストが繋がるはずだもんね。

 でも、それ以前に本当に一度ギルドマスターからの勧誘を断るとおつかいクエストが発生するというパターンの確認はしておきたいね。


「ノアくん、鍛冶師ギルドのクエストはどうだった?」

「アオイさんから聞いたとおり、ヨセフの勧誘を断ったらおつかいクエスト、出てきました」

「おおっ、やっぱりそうなんだね」

「今、彫金師ギルドから出てきたです。次は調理師ギルド行きます」

「うんうん、たぶん私は次で終わるから結果がわかったら教えるね」

「はい、ありがとございます」

「じゃあ、早く済ませてくるね」


 少しずつ生産ギルドの中にプレイヤーが増えてきたので、ノーマルチャットを使ってクエストのことを話したくない。既に普通にクラフターになってしまっているプレイヤーに聞かせたくない内容だからね。


 それに、ノアくんもチェーンクエストの最終的な報酬がどんなものかとても興味を持っていると思うんだよね。

 私は少し急ぎ足で魔道具ギルドに向かい、扉をノックして中に入った。


「あらあん、アオイちゃんじゃなあい。どうしたの、そんなに急いで」

「いえ、それよりも調理師ギルドのニケさんからお届け物を持ってきました」

「あらやだ、律儀なあの子には珍しいわね。それでお届け物って?」

「試作品の魔導コンロと……」


 インベントリの中から試作品の魔導コンロを取り出し、サブさんの前に置いた。


「こちらが、評価結果を書いたお手紙ですね」

「あらやだ、適当に評価して頂戴と言ったのにあの子ったら」


 私も取り出して気がついたんだけど、手紙は厚さ1㎝ほどもある。


「あの子はね、言葉遣いはちょっと変だけど、律儀で良い子なのよ」


 言って、ビリビリと封筒を手でちぎって開くサブさんだが、何をするにしても小指はピンッと立ったままだ。

 中から大量の文字が書き連ねられた手紙を取り出し、パラパラとめくって眺め。やがて途中で封筒へと戻してしまった。


「あら、心配しないで。ちゃんとあとで読むわよ。それよりも先にアオイちゃんにお礼をしなきゃいけないでしょう?」


《クエスト「試作品の評価」を達成したのです。

 3,000リーネを入手したのです》 




*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


ニケはグラーノの調理師ギルドのギルドマスターなのですが、食の都と呼ばれた土地の出身という設定です。

まあ、そうなると食い倒れの町というイメージに重なるので大阪弁になっています。外国人プレイヤーには普通に言語翻訳されます。

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