第25話 秘密

 ローラさんからのフレンド申請を速攻で保留にしたからね。

 ここでノアさんからの申請を受けてしまうと、なんだか不公平な気もする。だけど、連絡手段がなければクエストの報酬のことを教えるのが難しいからなあ。


「あ、ねえノアさん」

「ノアでいいですよ」

「あ、じゃあノアくん」

「はい、なんですか?」

「失礼なことをたずねてもいいかな?」

「い、いいですよ」


 私の言葉にノアくんが一瞬だけ眉を顰め、怪訝そうにこちらを見た。

 でも、私としてはノアくんの話し方が気になって仕方がないんだよね。


「ノアくんってどこの国の人?」

「ボクは日本人です。簡易鑑定で名前、日本語で表示は日本人プレイヤー。外国人の場合はアルファベット、表示です」

「え、そうなんだ」

「たぶん、中国の人、日本人もアルファベット、思います」

「ああ、言語設定によって違うってことね」

「そうです」


 そういえば、今まで話をしたプレイヤーって数人しかいないからね。しかも全員日本人だった。ログインしている時間帯を考えると、運よく絡んだ人たちが日本人だったって感じなのかも。


 中国人同士なら中国語で表示されて、その他の国の人はアルファベット表記になる。韓国人同士なら韓国語で表示って感じなのかな。


 だったらどうして同じ日本人なのに、ノアくんの話し方に違和感があるんだろう。

 でも、話し方が変だなんて言えるわけもないし、でもどうしたらいいのかな。


「ノアくんの話し方って独特よね。方言、とか?」


 どう表現していいかわからないので、私は「方言なのかな」と思っているような言い方で誤魔化してみた。

 でも、ノアくんは残念そうに眉尻を下げると、少し悲しそうな表情をしてみせた。


「あの、ボクは耳、聞こえないです」

「え、そうなの? じゃあ、医療用XRDを使ってプレイしている感じなのかな?」

「はい。他の2人、おなじです」


 私のように10歳前後でナノマシンを取り込んでいる人は少ない。理由は副作用で身長が伸びなくなったり、髪の色が抜けちゃったりするからね。

 だいたい16歳を超えてから医療用のXRDを使う人が増えるんだよね。


「そうなんだね。それまではやはり手話で?」

「うん。癖、ぬけない。仲間と一緒、つい手話使って話す」


 確か、手話には独自の言語体系がある日本手話と、音声言語に近い構成で会話する日本語対応手話の2つがあって、その中間的な手話もあると聞いたことがある。

 でも、どれも単語の組み合わせで会話することが多く、音声言語で用いる助詞や単音を使うことが少ない。


「そのせい。いつも、ボク、おまえ、言うこと、わからない、言われる」


 だから、主語や目的語がわかりにくくなる。


「ああ、そうね。確かにわかりにくいわね」


 聞き取ろうとしないとわからない。

 言い換えると、聞き取る気がない人には永遠に理解してもらえない。


「ごめんなさい」

「いいのよ、でもせっかくXRDを使っているんだから上手く話せるようにならないとね」

「うん」


 16歳を超えてから音声言語としての日本語を学びなおすというのは大変だと思う。でも、XRDを使っている以上は私みたいに健常者と共に仕事をしたりもしているんじゃないかな。だとすると、頑張って話せるようになって欲しい。


 XRDの中で小説なんかを朗読するのはどうかな。あ、劇をするのもいいかもしれないね。そうしたら普通に声を出して話す練習になると思うけど……。


 でも余計なことは言わない方がいいかも知れない。


 ノアくんたちは既にそういう訓練をしているに違いないと思うし、私が言えば「もっと訓練しなさい」と言ってるように受け取られるかも知れないからね。


 それに、生活のほとんどをメタバースの中で過ごせるようになってはいるけど、未だに障がいを持つ人たちに対する冷たい視線、差別は残っている。

 ノアくんも、そのお友だちもあまり聴覚障がいについて知られたくないんじゃないかな。


「このことは内緒にした方がいいよね?」

「うん。そうしてほしい」


 ちゃんと内緒にするという約束になるかわからないけど、私のことも話しておこうかな。


「実は私も医療用XRDを使ってるの。私はね、生まれつきではないんだけど目が見えないの」

「えっ?」

「XRDをつけて初めてを体験したときは感動したわ。心が震えるって、こういうことなんだって思ったのを覚えてる」


 私は初めてを得て、暗闇から極彩色の世界へと変わった瞬間のことを思い出した。

 とはいえ、最初に私の前に座っていた医師――先生が映っただけなんだけどね。あとになって「最初はお父さんとお母さんだったらよかったのに」と、何度も思ったなあ。


「ボクも、初めては感動した」


 ノアくんも初めてを経験したときの感動は私のそれと同じくらいだったんだろうと思う。そこにあるのは、見えるか、聞こえるかの違いだけだから。


「でも、話すは難しい」

「そうだね」


 自分のことながら、目が見えない人が見えるようになるというのはすごいことだ思う。だけど、見えるようになったあとがまた大変なんだよ。

 最初はまだ脳の中の視覚情報を処理する部位――視覚野とその周辺が未発達なので見える範囲が狭かった。日々、XRDを使い続けることでナノマシンが馴染み、脳も活性化して少しずつ視野が広がった。

 でもただ見えるというだけではダメで、手足の指先や視界に入るものまでの距離感を覚えないといけない。

 私の場合、最も辛かったのは目の代わりに映像を取り込んでくれるのがXRDについたカメラってことかな。

 健常な人の眼球と違って、向きがほぼ固定されているからね。見たい方向に向くには目ではなくて顔を動かさないといけないし、場合によっては体ごと向きを変える必要があるわけ。

 とはいえ、広角レンズとかいうのがついているから視野が広がるに従ってその必要は無くなっていったけどね。

 とにかく何が言いたいかって、医療用XRDの恩恵を得るには、それだけのトレーニングが必要ってことかな。

 ノアくんだって、聞き取ることができるようになったと言っても、複数の人たちの声を聞き分けたり、自分自身の声で正しく発声する練習も必要だったりしたはず。更には手話という独自言語から離れ、発音言語の文法を勉強しないといけないんだから。

 私はもう12年以上もXRDを使っているけど、ノアくんたちはそこまで長くなさそうだし、今が正念場なんじゃないかな。


「でも頑張ってね」

「はい、頑張ります。アオイさんの目、内緒、します」

「うん、ありがとう」


 ふと視界の端を意識すると、フレンド申請が届いていることを知らせるアイコンがあった。


 まあ、互いに障がい者っていうことも、それを互いに内緒にしていくってことも含めて考えたらフレンド登録しちゃってもいいかな。


(ナビちゃん。ノアくんからのフレンド申請を受諾してくれる?)

《はいなのです。ノアからのフレンド申請を受諾したのです》

(ありがとう)

「あ、承認ありがとう。よろしくお願いします」


 承諾メッセージが届いたのか、ノアくんが礼を言ってきた。


「こちらこそ、フレンド申請くれてありがとうね」

「いえいえ、ランキング1位の人とフレンド、光栄です」

「いや、それは本当にたまたまだからね。じゃあ、そろそろ続きを開始したいから行くね」


 気がつくと結構話し込んでしまった。実は先ほどから鍛治師ギルドに来るプレイヤーが増えてきたんだよね。

 そろそろ他も混み出しそうだし、私も次の彫金師ギルドに向かいたい。


「はい、わかりました。何かあったらP2Pトーク、お願いします」

「うん。じゃあ、またね」


 ノアくんに手を振ってその場を辞する。彫金師ギルドはすぐ近くだからね。張り切って行きましょう!


《やっとアオイにお友達ができたのです。一時はどうなるかと心配していたのですよ》


 ナビちゃんが母親のようなことを言い出したけど、実はどこか寂しそうな表情をしているんだよね。

 ほんと、この子は本当にいい子だよ。




*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


気づいておられた方もいるとは思いますが、実はアオイ、「視界」という言葉は使っていたけれど、今まで「視線を送る(向ける)」だとか、「目の前」という言葉を使っていないんです。

実は部屋が殺風景なのも、ぶつかって怪我をしないように子どもの頃からモノを置かない習慣がついているからだったりします。

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