第20話 黒い弾丸

 再び中級疑似餌を海へと投げ込み、適度にリールを巻いたり竿をしゃくったりしていると、ガツンと強い引きがきて、ラインが一方向へと一気に引っ張られる。


(よしっ、ジェットスクイドだね)


 竿を立てるように引き上げ、そこからリールをガンガン巻いていく。この強い引きが、なんだか「戦っている」って感じがしてくるんだよね。これも1つの釣りの醍醐味なんじゃないかな。

 でも、なかなか思うようにいかないのが釣りの世界……。


「なっ!!!」


 突然、ジェットスクイドのガツンとくる重さよりも何倍も大きな引きがやってきて、これまでとは違って左右への大きな引きに変わった。

 釣り竿が急なカーブを描いて今にも折れそうなほどに曲がり、巻き取った糸も強烈な引きにどんどん海へと引っ張られていく。


「またかあ!!」


 最初にジェットスクイドが掛かったときはなかったけれど、先ほどから3回続けてジェットスクイドが大型魚に食われてしまうという事態が続いていたんだよね。


「なんなのよ、もうっ」

「頑張れ!!」

「ちょっと、手伝ってくださいよ」

「すまん、無理だ」


 ナビちゃん曰く、プレイヤーがNPCに触れたりできないのと同じで、NPCからプレイヤーを触ることはできないらしいんだよね。だから、手伝うということもできないらしい。

 竿を持つことくらいはできると思うんだけどな。


 でも、諦めて竿を離そうものなら、釣りはできなくなってしまう。いや、たぶん何かの方法で竿を手に入れることはできるんだと思うけれど、ここまで来てジェットスクイドを諦めるなんてことは私にはできない。

 両脚を岩場で踏ん張り、お尻を落として海に引き込まれないようにしつつ糸を巻き続ける。


 ジェットスクイドに噛みついた大型魚と戦うこと20分くらい、かな。

 ついに大型魚が海面から跳ねた。


「クロマグロ!?」

「ブラックバレットだ。ジェットスクイドを好んで食べる魚だが、大きさによっては100万以上の値がつくぞ。頑張れ!!!」

「ひゃ、100万!?」


 別にお金に困っているわけじゃないけど、100万と聞くと俄然やる気が出るね。不思議だけどっ!!


 再び海上高くまでブラックバレットが跳ねる。

 流線型をした黒い魚体は、ダンジョン内の不思議な光源から降り注ぐ光をキラキラと跳ね返す水飛沫によって美しく見えた。


 更に10分ていど戦い、私はようやくブラックバレットとの勝負に勝利した。


《ブラックバレットを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.17「ブラックバレット」が解放されたのです。

 漁師経験値30×2を獲得したのです。

 ブラックバレット×1を入手したのです》


 で、でかいっ!!


 体長はもう私の身長と大差ないし、丸々と太った魚体は悔しいけど私の胸やお尻よりも太い。


「こりゃ凄いな。100㎏はあるんじゃないのか」

「おいくらくらいに、なりますかね?」

「俺の見立てだと80万くらい、ただ最近は釣れていなかったから値上がりしてるかもしれないな」

「は、80万リーネ」


 冒険者のピアス、冒険者手帳のおかげでレベルはポンポンと上がるんだけど、経験値が倍になっても、手に入るお金が倍にならないんだよね。言い換えると、冒険者のピアスや冒険者手帳を持っていないプレイヤーたちはたくさんのMOBを倒してお金を稼いでくる。同じレベルだとすると間違いなく私は貧乏な部類に入るはずだよ。

 でもブラックバレットが80万で売れるなら一気に貧乏生活からは脱出できそう。


「どっちにしても、漁師ギルドがいくらで買い取るかで決まるからな」


 あれ、そういえば余分に採集してきたものや採掘してきたものも含め、直接商人に売るんだと思っていたけど違うのかな。


「そうなんですか? てっきり、商人に買い取ってもらうものと思っていました」

「商人に売っても構わないが、適正価格で買い取ってくれる保証はない。安く買いたたいて高く売りつけるのが商売の基本だからな。各ギルドが間に入ればそのあたりの心配がなくなるし、税金分もそこで差し引いてくれる。俺たちは魚を釣ったり、ホバーコアを集めてギルドに収めるだけでいいんだからギルドを通した方が楽ってもんだろ?」

「そうですね。じゃあ、私もそうします」

「ホバーコアだけは魔道具ギルドが窓口だから気をつけるんだぞ」

「ありがとうございます」


 魚なんかは漁師ギルドで買い取るけれど、魔道具の材料になるホバーコアだけは魔道具ギルドでの買い取りになるんだね。

 魔道具ギルドのサブさんから依頼を受けたけど、漁師ギルドが窓口ならルール違反になっちゃうものね。


 大きなブラックバレットの魚体をインベントリに仕舞うと、私は釣りを再開した。


《サバを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.14「サバ」が解放されたのです。

 漁師経験値14×2を獲得したのです。

 サバ×1を入手したのです》


 初めてサバが釣れた。アングラーさんも釣っていたけど、確かに魚によって引き方が違うのがよくわかる。


「掛かったときに、魚が逃げようと全力で泳ぐことをと言うんだが、サバは左右に走り、ジェットスクイドは一直線に走る。深い方へと走る魚もいるから、それを覚えておくといいよ」

「そうなんですね。勉強になります」


 最初は不愛想だったけど、少しずつアングラーさんと打ち解けてきた気がする。


  <鑑定>

  名前:アングラー

  種族:猫人族

  職業:漁師

  状態:普通

  好感度:★★★★☆


 ああ、最初に話しかけたときは空腹でご機嫌が悪かったのかな。

 そういえば、ドードの肉串を食べてからいろいろと話しかけてくるようになったかも。


 ホバーコアも気が付けば10個ほど手に入っていて、高く売れると聞いているから私の懐がホクホク温かい気分になってくる。


《ジェットスクイドを釣りあげたのです。

 漁師経験値14×2を獲得したのです。

 猟師クエストFS-004「海釣りを楽しもう」が進んだのです。

 デニスに報告に行くのです》


 ブラックバレットを釣りあげたせいなのかは不明だけど、その後は順調に釣りを続けることができた。でも、よく考えると最初にアングラーさんに声を掛けた理由って、第3層の出口についてたずねたかったんだよね。


「あの、アングラーさん」

「ん、なんだ。え、なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「あ、えっと」


 まずいことをしたかも知れない。もしかしたら、NPCは簡易鑑定や鑑定ができないとしたら、どう説明したらいいんだろう。

 でも、ナツィオからグラーノのギルドに来た時の報酬で貰ったスキルだから、NPCが使えてもおかしくないよね。


「簡易鑑定のスキルがあるんですよ」

「なんだ、そうなのか。で、どうした?」

「第4層に行く方法なんですけど、ご存じですか?」

「ああ、この海を渡った先にある大きな島の洞窟にあるらしいよ」


 よかった。とりあえず、鑑定スキルについては問題がないみたいね。

 それにしても、やはり海の向こう側にあるんだね。


「どうやって渡ればいいんですか?」

「船や筏を作って渡るか、ホバーボードを手に入れるしかないな」


 そういえば、漁師ギルドのデニスさんが第3層を攻略するには漁師になった方がいいと言ってたね。それって、ホバーボードの材料になるホバードラゴンを釣りあげるためだったんだ。


「ホバーボードはなんとか手に入れられそうです。でも、両方なければ第3層の入口に戻らないといけないんですよね?」

「岩場をずっと歩いていけば遠回りになるが第3層の入口がある森に戻る。砂地に出てしまうと迷いやすいから、岩場から森に出て入口に向かうといいよ」

「ありがとうございます!」


 岩場と森を歩いている限りはMOBは出てこないってことなのかな。だとすると楽なんだけどな。

 とにかく、2つのクエストの条件はクリアしたし、一度町に戻ってホバーボードを手に入れないといけない。それに、採集家と採掘家の報告もあるよね。


「では、私は町に戻りますね」

「ああ、気をつけてな」


 最初は不愛想だったアングラーさんも、ずっと独りで釣りをし続けるというのは辛いんだろうね。少し声が寂しそうだよ。





*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


釣りあげたのはクロマグロに似たお魚で、クロマグロとは違うものです。クロマグロは沖に出ると釣れる魚という設定になっています。

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