第19話 海釣りにチャレンジ

 高いAGI値に任せて近づいてみると、坂道の上にいたのは釣り糸を垂れている男性だった。後ろ姿しか見えないが、少し丸まった背中にしなやかに揺れている尻尾、頭の上にある三角形の形をした耳を見ると猫人族だね。


  <鑑定>

  名前:アングラー

  種族:猫人族

  職業:漁師

  状態:空腹

  好感度:☆☆☆☆☆


 初対面だから好感度は最低の☆☆☆☆☆なのは仕方ないよね、って好感度ッて項目が増えてる。これは鑑定のスキルを何度か使ったから熟練度が上がったのかな。


 まあ、とりあえず声をかけてみよう。


 釣りをする人たちの挨拶ってやっぱあれだよね。


「釣れますか?」

「んあ? ぼちぼちだな」


 釣りに集中したいのか、あまりいい返事じゃない。もしかすると、魚が釣れなくて機嫌が悪いのかも。

 でも、帰り道のことを少し聞きたいしもう少し粘ってみよう。


「何が釣れるんですか」

「ホバードラゴンだよ。ドロップするホバーコアが高く売れるんだ。俺はそれで飯を食ってるんだ」


 あれ、ホバーコアってなんだっけ。


《魔道具ギルドのサブから、北湖ダンジョン第3層でホバーコアを3つ集めてくるクエストを受けているのです》

(あ、そうだったね。ありがとうね)

《当然のことをしたまでなのです》


 ナビちゃんが本当に優秀で助かるね。

 それにしても、すぐ隣とかで釣りをしてもいいものなのかな。素直にホバードラゴン釣りをしていることを教えてくれたし、嫌がらないと思うんだけど。まあ、きいてみればわかるよね。


「横で釣りをしてもいいですか?」

「ああ、糸が絡まないようにしてくれりゃ問題ない」

「ありがとうございます」


 アングラーさんは話しかけられるのが嫌なのか少し不愛想な感じだけど、色々と教わりたいんだよね。


「ジェットスクイドも釣れますか?」

「ああ、中級疑似餌で釣れる。ところで、何か食べるモノないか?」

「えっと、ありますよ」


 生産ギルドを出る時にドード肉の串焼きとイワナの串焼きを買ってたはずだよね。あ、インベントリの中にちゃんとある。


「な、なにがある?」

「ドード肉の串焼きと、イワナの串焼きですね」

「ドード肉の串焼きを売ってくれないか、魚は売り物だから食べられないんだよ」

「じゃあ、差し上げますよ」


 魚を食べない猫って……という言葉が頭を過ったけど、猫じゃなくて猫人族だもんね。気にしちゃいけない。

 私はインベントリからドードの肉串を取り出してアングラーさんに差し出した。

 糸を垂れたままアングラーさんは私が差し出したドード肉の串焼きに目を奪われている。今にも涎を垂れそうな雰囲気だ。


「いやいや、タダってわけにはいかない。30リーネくらいでいいか?」

「いえ、本当にお金はいりませんよ。で、早く受け取ってくれないと私が釣りを始められません」

「そ、そうか。悪いな」


 アングラーさんは私が指先に摘まんで持っていた肉串を受け取ると、満面の笑みをみせて噛り付いた。


「うめえ!」

「それは良かったです」


 例え買ってきた肉串であっても、嬉しそうに食べてもらえるとこっちまで嬉しくなっちゃうね。自分で料理が作れたら本当に楽しいだろうなあ。


 大事だいじそうに、そして美味しそうに食べるアングラーさんを見ていると、そんな気分になってしまうから不思議だね。

 さて、のんびりするんじゃなくて私も釣りを始めないといけない。

 中級漁師セットというのを貰っていたからそれをインベントリに展開し、私はナビちゃんに着替えをお願いする。


(漁師の最強装備で着替えをお願いします)

《了解なのですっ!》


 ナビちゃんが返事すると同時、私の全身がビギナーギャザラー装備で固められた。持っている釣竿とリールもグレードアップされているね。


 早速、釣り針に中級疑似餌をつけてキャストした。


 遠くに投げた釣り餌が海の中に沈んでいくと、しばらくして魚が食い付いた時のビビビッという感触が糸を通じて伝わってきた。それに合わせて竿を引くと、釣り針が口に食い込んだのか魚が暴れはじめる。とはいえ、とてもリールを巻く手が軽い。


「お、ヒットしたようだな。この引きはホバードラゴンじゃないか!?」


 冷静にリールを巻いていく私の横で、アングラーさんが興奮気味に話した。釣っている私よりも興奮しているじゃないかなあ。


 1分もしないうちにリールを巻いて釣れた魚を引き上げてみると、見た目はタツノオトシゴのような形をした魚が目の前に


「おい、早く止めを刺さないと逃げられるぞ」

「あ、はい」


 私は何故か宙に浮かんだホバードラゴンをタモ網で捕らえると、再びアングラーさんにたずねる。


「止めってどうやって刺せばいいんですか?」

「千枚通しがあるだろう。それを頭に突き刺せばいい」

「こうですか?」


 左手でタモ網を抑え、千枚通しをインベントリから取り出して突き刺すとホバードラゴンはポリゴンになって消え、そこに丸く平たい水色の石が浮いていた。


《ホバードラゴンを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.15「ホバードラゴン」が解放されたのです。

 漁師経験値15×2を獲得したのです。

 ホバーコアを入手したのです》


 おお、ホバーコアってホバードラゴンの魔石なのかな。

 それにしても不思議な生き物だね。見た目はタツノオトシゴみたいで、海水の中にいるのに釣り上げると宙に浮いているんだもの。


「よくやったな。こいつは重力特性のある魔石を持つモンスターだから、最後は止めを刺さないといけないんだ。普段は海水の中でぷかぷかと浮いているらしい」

「そうなんですね」

「ここで初めて釣れたのがホバードラゴンとは運がいいな、お嬢ちゃんは」

「お嬢ちゃんはやめてください。こう見えても成人しているので」

「あ、すまない。身長が妹と同じくらいなのでつい、な」

「へえ、妹さんがいるんですね」

「そうなんだよ。グラーノで1番の器量良しに育つはずだ、っと俺にも何かヒットしたよ」


 慣れた手つきでアングラーさんがリールを巻き上げている。

 それを横目に私も再び中級疑似餌を海へとキャストした。


 アングラーさんが大きめのサバのような魚を釣り上げると同時、私の餌にも魚がヒットした。ツンツンと突くような感覚の後にガツンと重い引きが入ると、糸の先が逃げ出すように沖へと向かっていく。

 私も頑張ってリールを巻き上げていくけど、とても引きが強い。


「ジェットスクイドだな」

「な、なんでわかるんです?」

「ラインを見てりゃわかる。真っすぐ一方向に向かって強い引きで逃げようとするのはジェットスクイドだ」

「そう、なん、ですねっ」


 体を持っていかれるほどではないけれど、とても強く引っ張られるから返事するにも力んじゃうよ。この引きの強さがジェットという名前がついている所以ゆえんなのかも知れないね。


 1分ほど格闘し、私はなんとか黒い墨を吐き出すジェットスクイドを釣りあげた。


《ジェットスクイドを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.16「ジェットスクイド」が解放されたのです。

 漁師経験値17×2を獲得したのです。

 ジェットスクイド×1を入手したのです》


 食材になる魚介類はそのままインベントリに入る感じなのね。個体差みたいなのもあると思うから、1匹ごとにインベントリの枠を使う感じかな。


「狙ってたジェットスクイドが釣れたんだ、よかったな。おめでとう」

「ありがとうございます。でも、まだ何匹か釣らないといけないですし、ホバーコアもあと2つ必要なんです」

「そうなのか。まあ、釣りはそのときの運もあるから気楽にやるんだな」

「ええ、そうします」


 現実世界なら釣れる、釣れないは天候や魚の気分次第なところが大きいからね。確かに焦っても仕方がないよね。


 その後、30分ほどアングラーさんの隣で私は釣りを続けた。


《ホバードラゴンを釣りあげたのです

 漁師経験値17×2を獲得したのです。

 ホバーコアを入手したのです。

 クエストNo.19「ホバーコアを手に入れろ」が進んだのです。

 サブに報告に行くのです》


 無事ホバードラゴンのコアを3つ手に入れることができた。

 あとはジェットスクイドを2杯釣りあげるだけなんだけど、実はこれが結構たいへんなんだよね。




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