第18話 臭いもの

 放り投げたゴブリンの腰蓑がくるくると回転し、飛んでいく。3つめの腰蓑は頭を持ち上げていたビーチサンドワームの胴体に当たり、ベチャリと嫌な音を立てた。


 途端にビーチサンドワームが体を激しくくねらせはじめた。暴れていると言った方がいいかも。

 全身の皮膚で呼吸をしているんだから、言わば全身が鼻のようなものなんだよね。ゴブリンの腰蓑が放つ悪臭を〝匂い〟として感じているかどうかはわからないけど、として受け止めていることは確かだと思う。その危険なモノが直接体に触れたんだから、ビーチサンドワームはパニック状態に近いんじゃないかな。


 それでも手を止めずにゴブリンの腰蓑を投げつけていると、ビーチサンドワームが丸くなって動かなくなった。

 体表を見る限り、僅かに動いているので生きてはいるみたいだけど、よほど匂いが嫌なんだろうね。

 でもこれは私にとって大きなチャンスだよ。


 飛び散った腰蓑を1つ拾い、ビーチサンドワームに向けて突き出すように左手で持つ。そのまま近づいても、ビーチサンドワームはピクリとも動かない。


 直径2ⅿ近くある頭だけれど、頭部には退化した目の痕跡のようなものが残っていて、どこが頭なのかくらいはわかる。

 だが、攻撃したら悶えだす可能性があるので、念のために麻痺させるためにもスパークを先に打ち込んでおきたい。


 私は右手の戦狼の牙刀をビーチサンドワームに向け、魔法を発動する。


 <スパーク>


 MPが減ると同時、魔力が手から戦狼の牙刀を通り抜け、雷となってビーチサンドワームに突き刺さった。

 ビーチサンドワームがマヒ状態に陥ったのを確認した私は、戦狼の牙刀を使ってビーチサンドワームの頭を2つに割り、更に輪に沿って切りおとした。

 頭を落とした時点でビーチサンドワームの頭部が動きを止めたけれど、その後ろの部分はまだしばらく動いていた。でも、頭が再生したりすることはなく、しばらくするとポリゴンとなって消えた。


《ビーチサンドワームを倒したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン」ビーチサンドワーム討伐数(1/5)になったのです。

 ビーチサンドワームの魔石×1

 蚯蚓みみずの血×3

 蚯蚓の粘液×1

 ゴブリンの腰蓑を回収したのです》


 ナビちゃんのアナウンスが脳内に響いた。


「ふう……」


 10分くらい掛かっていたけれど、なんとかできた。大きさ的に考えるとたいへんな相手だったけど、意外にもゴブリンの腰蓑が役に立ってくれた。

 いったい何に使うのだろうと思っていたけれど、役にたつもんだね。

 ただ、今になって左手が匂う気がする。


(ナビちゃん、左手をウオッシュ、ドライしてもらえる?)

《はいなのです》


 少し憂鬱な気分になりかけていた手の匂いだけど、ウオッシュとドライで左手に持ったゴブリンの腰蓑の匂いは消えた、と思う。さすが生活魔法だね。


 と、思ったんだけどそこから立て続けに3回もビーチサンドワームに出くわしてしまった。もちろん、毎回ゴブリンの腰蓑を投げつけるという裏技を使って倒したので、3回も洗いなおす羽目になった。


 何度も手を洗うのも何となくだけど手が荒れそうで怖くなり、私は波打ち際を歩くようになった。


  <鑑定>

  名前:サンドルーパー

  砂浜の波打ち際の近くに潜む、特大のイモリ。

  普段は海中の砂に隠れ、獲物が近づくと襲い掛かる。


 波打ち際から数メートル先の海底に2つの目玉が見えたので鑑定してみると違うMOBがいた。

 どうやらサンドルーパーの縄張りに私は足を踏み入れてしまったようだね。のしのしと歩きながらサンドルーパーが波打ち際までやってきた。

 両生類らしく表皮は薄く、でも何かヌメヌメとしているような気がする。


「ゲフッ」


 なんとも汚らしい音を立て、サンドルーパーの口から半透明でゼリー状のような液体が私に向けて吐き出された。

 吐き出した液体が飛んでくる速度など知れているので、私はさらりとそれを躱す。


「ゲフッゲフッ」


 今度は2発連続で液体を吐き出した。もちろん私は避ける。AGI値は既に150に迫ろうとしているから、吐き出した唾液が飛んでくる速度には容易に反応できてしまうんだよね。


「オゴエッ」


 何も吐き出さなかったのだけど、サンドルーパーの口からは今まで以上に汚らしい音がした。


「汚いわ、ねッ!!」


 なんだか酷い嫌悪感を感じた私は高く跳んで、スチールダガーをサンドルーパーの頭に突き立てた。ズプリと刀身が突き刺さると、先が地面にまで抜けて顎を縫い留めたような形になったみたい。ダメージも結構入っているようで、サンドルーパーの動きが鈍くなった。


 近くで見ると、やはり表皮は粘液で覆われているようで、明らかにヌメヌメとしている。表面は触りたくないないので、右手の戦狼の牙刀を頭の付け根に突き刺した。

 魚を釣ったときとは違う、でもビクッと震える感覚が戦狼の牙刀から伝わると同時、サンドルーパーの姿がポリゴンになって消えた。


《サンドルーパーを倒したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン」サンドルーパー討伐数(1/5)になったのです。

 サンドルーパーの魔石×1を入手したのです。

 蠑螈いもりの粘液×1を入手したのです。

 蠑螈いもりの肉を入手したのですよ》


 よくわからないけど、サンドルーパーの粘液攻撃には回数制限があるのかな。4回目で失敗したのは、粘液攻撃の上限が3回までなら説明がつくんだけど。まあ、このまま浜辺を歩いていればまたやってくるでしょう。


《サンドルーパーを倒したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン」サンドルーパー(5/5)を達成したのです。

 経験値15,000を入手したのです。

 レベルが上がったのです。

 レベルが21になったのですよ。 

 サンドルーパーの魔石×1を入手したのです。

 蠑螈いもりの粘液×1を入手したのですよ》


 思ったとおり、サンドルーパーの粘液攻撃は3回までが上限だったようで、4回目からはそれはもうえげつない音を立てて失敗してくれた。

 吐き気が伝染するんじゃないかと思うほど汚い音なので、3回目が終るとスパークを掛けて麻痺したところに戦狼の牙刀を突き立てる方法に変え、簡単に倒していった。


《ビーチサンドワームを倒したのです。

 冒険者手帳「北湖ダンジョン」ビーチサンドワーム(5/5)を達成したのです。

 経験値18,000を入手したのです。

 ビーチサンドワームの魔石×1を入手したのです。

 蚯蚓みみずの血×2を入手したのです。

 蚯蚓の粘液×1を入手したのです。

 ゴブリンの腰蓑を回収したのです》


 砂浜が途切れると、ゴツゴツとした岩が現れたので波打ち際から離れたところ、ビーチサンドワームと接敵した。いくら認識阻害(弱)があるからといって、鳴き砂の音で察知されているから仕方ないよね。

 でもおかげで冒険者手帳は規定数をクリアでき、再びレベルが上がった。


「やったね!」


 ここまで来るのに課題のMOBを10匹倒したけど、このまま第3層を終わらせないと、帰り道がたいへんだよね。同じルートで帰るならまたビーチサンドワームやサンドルーパーに絡まれるのが間違いないもの。


(ナビちゃん、第3層に入ってからどれくらい時間が経ってる?)

《約1時間ていどなのです》

(ありがとう)


 第3層に入ったときに見える範囲はほぼ砂地だったけれど、ここからはゴツゴツとした岩が並ぶエリアで、緩い登り坂になっている。


「あれは……」


 大きな岩がゴロゴロと転がる坂道の先、遠くにケモ耳がついた人影が見えた。


 ちょっと話を聞いた方がいいかもね。




*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*


本物のミミズは汚染物質に強く、地中の有機物質を土と共に取り込みます。つまり、本来なら汚染された腰蓑はミミズにとっては御馳走なのですが、ゲーム内のビーチサンドワームは肉食なのでゴブリンの腰蓑が持つ独特の香りを嫌います。

設定上、プレイヤーが気絶したりしないようになっていますが、NPCやMOBは腰蓑の匂いを強烈に感じることになっています。


ゲームの設定や専門用語等は「BORDERLESS 設定・用語集」をご参照ください。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る