第10話 ナマズ釣りとブランチポート
「よしっ、釣れた!」
《レッドギルを釣りあげたのです。
お魚図鑑No.12「レッドギル」が解放されたのです。
漁師経験値12×2を獲得したのです》
「なんだあ、ナマズじゃないのかあ」
私は橋の中腹まで移動をすませ、そこで糸を垂れていた。
既に何匹か魚が釣れているんだけど、お目当てのナマズはなかなかお目にかかれない。
そして、周囲には誰もいないので私は思念の会話をやめて、普通に声をだしてナビちゃんと話をしていた。
《レッドギルをインベントリに収納したのです》
「ありがとう。レッドギルは食べられる魚なの?」
《生食はできないのです。住民の間では焼いたり、煮たりすれば淡白で美味しい魚とされているのですよ》
「へえ」
名前だけ聞いていると、食べれば元気になりそうな気分になるけどね。なんなら翼が生えそうなくらいに。
基本的に食べられる魚、素材になる魚はインベントリに仕舞うようにナビちゃんにお願いしてある。他に、ブラウントラウト、ワカサギ、コイなどの魚が釣れていた。
「雨じゃないと釣れないとか、そういう条件があったりするんじゃないの?」
《そういう魚もいるのです。でも、ナマズは違うのですよ》
「そうなの、ねっ!」
返事をしながら竿を振って新しい餌を湖面に落とす。
「5、4、3、2、1、HIT!」
何匹も釣っている間に、20秒待てば必ず魚が掛かることがわかっていた私は、カウントダウンしながら釣れるのを待っていた。現実世界ならこうはいかないよね。
魚が暴れる感触がビビビッと竿を伝って届いてくる。VRゲームだというのに、思わず本当に釣りをしているんじゃないかと錯覚してしまいそう。
コイやワカサギ、レッドギル、それぞれに掛かったときの感覚が違うところも面白いね。
「これは小さいお魚かな?」
引きが軽いので、またワカサギとかハヤの類かもしれない。なんて思いながらリールとも呼び難い木製の糸巻きのレバーをくるくると巻いて引き上げていると、ガツンと強い引きがあった。
「あれ、これ、ええっ!?」
とにかく橋から落ちたりすることがないよう、強く踏ん張って竿を支え、リールっぽい糸巻きが逆回りしないように右手のレバーに力を込めた。
「何これ、どういうこと?」
《ナマズは小魚を餌にするのです。針に掛かったハヤやワカサギをナマズが丸飲みしたのですよ》
「ふええっ!?」
漁師ギルドのデニスからもらった竿は「初心者の釣竿」という名前で、さすがに大きな魚を釣るのには向いていない。とはいえ、コイなどは釣れていたので大丈夫だとは思っていたけどさ。
「竿が折れるぅうううっ!!」
《折れないのです》
「糸が千切れるうぅうううッ!!」
《切れないのですよ》
VR釣りゲームをしているときの感覚でつい叫んでいると、ナビちゃんがとても冷静に突っ込んでくれる。
これがなんだか楽しくて、思わずニヤニヤとしながら糸巻きを続けた。
現実世界に戻ってしまうと、誰もいないところで大声をだすとかないじゃない。そういう意味ではゲームの中ほどストレス発散できる場所ってないと思うんだよね。
そんな調子で騒ぎながらリールのようなものを巻いていると、ナマズが水面にまで上がってきた。
バシャバシャと跳ねているのも気にせずにリールのようなものを巻き続け、数分かけてナマズを釣りあげることができた。
「うええ、ぬるぬるしてるね」
《ナマズはそういう魚なのです》
「触りたくないなあ」
《そのままインベントリに収納するのです?》
どの魚も水面まで上がってきた時はかなり暴れているのだけど、橋の上に釣り上げてしまうと、ナマズはぬめりのある身体をだらりと伸ばし、かなり大人しくなった。だけど、さすがに気持ち悪くて触れそうにない。
「生きたナマズだけど、インベントリに収納したらどうなるの?」
《収納した瞬間に死ぬのです。鮮度抜群なのですよ》
「え!? まあ、そうかもしれないけどさ……」
《心配はいらないのです。プレイヤーやNPCはインベントリには入れられないのですよ》
「やっぱりそうだよね」
インベントリの中は時間が停止する、はずなんだよね。
食材、料理、飲み物、回復薬などは長期間インベントリに入れておいても腐ったりしない。ゲームの中なので腐らせる菌という存在そのものがない可能性があるけど、チーズのように発酵させてつくる食材もあったはず。あれ、正確にはチーズは発酵させていないんだっけ。
とにかくインベントリの中は時間が停止しているんじゃないかな。
《インベントリはそういうもの、でいいのです》
「そうか、そうだね。考えすぎるとだめだよね」
《そうなのです。アルステラの世界を楽しむのですよ》
ナビちゃんの言うとおりだよ。ここは現実世界ではなくて、あくまでも仮想世界――メタバースの中なのだから、〝こういうものだ〟という認識で充分なんだよね。
そんな感じで思考を切り替えて再び釣りに集中した結果。
《漁師クエスト「北湖の魚」が進んだのです。デニスに報告に行くのです》
30分ほどかけて3匹のナマズを釣り上げることができた。
ここからまた、時間をかけて職業ギルドまで戻って報告する……なんて考えると、効率が悪い気がするんだよね。
「ナビちゃん、北湖ダンジョンでの採掘クエストってあったよね?」
《これなのです》
クエスト番号:MN-001
クエスト種別:職業クエスト
クエスト名:銅鉱はどこ?
発注者:アレン
報告先:アレン
内 容:一人前の採掘家を目指すなら北湖ダンジョンの第1層で
銅鉱石を10個採掘してきなさい。
報 酬:経験値100×2 貨幣1000リーネ
ビギナーギャザラーボトム
「そうそう。第1層で銅鉱石を10個ね。ついでだからやっちゃうか」
《それがいいのです。ダンジョン入口の横にブランチポートがあるので、登録するといいのです》
「なにそれ?」
《登録すると、ポータルコアから伸びる枝を通って、その町のポータルコア前に移動できるのです。逆方向もできるので便利になるのです》
「ここまで町中から遠いものね、登録しましょう!」
ナビちゃんの説明を聞いた私は、ダンジョン入口のある中央の島へと急いだ。少しずつ中央の島へと下る吊り橋を渡り切り、辺りを見渡した。
島の中央付近に幅5ⅿほどもある石造りの階段があって、地下に伸びている。その階段入口のところに、ナツィオやグラーノの町にあるポータルコアを縮小したような形をした、高さ1ⅿほどの石がある。
それ以外は特になく、殺風景という言葉が似合う場所だね。
たぶん、他に建物を建てたりしたいけれど、ダンジョンスタンピードが発生したら壊されてしまうからなんだろうね。
あと、1つ気が付いたことがある。
「ナビちゃん、この湖の水は外に流れないの?」
《地下水脈で谷の底を流れる川とつながっているのです》
水面の高さは、谷を流れる川と同じってことなんだね。
私は、ダンジョンの入口にあるブランチポートの前に立ってナビちゃんにたずねる。
「方法はポータルコアと同じよね?」
《そうなのです》
「ありがとう」
ナビちゃんにお礼を言った私は、そっと手をブランチポートに伸ばす。
白く細い糸のようなものがブランチポートから伸びてきて私の全身を包み込むと、すぐに消えてなくなった。身体の中がポカポカと温かくなる感覚はポータルコアと同じだった。
ここでやるべきことは済ませたし、いよいよダンジョンに入るとしましょうか。
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