第9話 北湖に向かって
生産ギルドを出るとお昼時だったようで、町はいろんな食べ物の匂いで溢れかえっていた。通りにはいくつかの屋台が出ていて、ドードの肉やイワナを串に刺して焼いたものなどを売っていた。
養殖があるといえ、現実世界の都会ではイワナは滅多に食べられない高級魚だからね。24年も生きてきた私も串に刺して焼いた魚にかぶりつくなんて一度もやったことがないんだよ。だから、つい買っちゃったよ。
買ったばかりの串焼きをインベントリに仕舞いながら、これから向かう北湖についてナビちゃんにたずねることにした。
(ナビちゃん、北湖ってどうやって行くのかな?)
《グラーノの地図を表示するのです?》
(お願いします)
私の返事と共に、グラーノ町全体を網羅した地図が視界の中に浮かぶように表示された。
《これがグラーノの地図なのです。町の北端に領主の城があり、その外周を囲うように城壁があるのです。城壁を出るところに1つめの門。更に2つの門を潜った先に北湖があるのです》
(なるほどお)
地図を見ると確かに町の北端から橋が伸び、その先に3つの門があるのがわかった。だが、その先の部分までは地図に記されていない。
(で、その3つめの門の向こうはどうなっているの?)
《活動を止めた火山があり、その頂上に湖ができているのです》
(カルデラ湖ってやつかな?)
《そうなのです。約400年前に湖の中央に陸地が生まれ、ダンジョンの入口が現れたのです。橋はダンジョンに入るためにグラーノの住民が作ったのです》
(そうなんだね)
坂道を登っていくとグラーノの居住区域を抜け、領主の城が見えてきた。
ナビちゃんが言ったとおり、領主の城の外周を囲むように城壁がある。内側を歩いているから、外はどうなっているのか見てもわからない。
(この城壁の向こう側はどうなっているの?)
《このあたりは隆起した土地なのです。城壁の外は断崖になっているのですよ》
(へえ、じゃあ水はどうしているのかな)
《城の北側を流れる川があるのです。その上流から水路を引いて城から町に水が流れ、元の川に戻るようになっているのです》
(正に人類の叡智ってやつだね)
《作ったのはドワーフ族なのです》
(え、そうなんだ)
ついつい、現実世界の基準で考えちゃうけど、アルステラの中だと様々な種族のNPCがいる。不用意に人類の叡智なんて言葉を放ったら、大問題になる気がするね。
(気をつけます……)
《ヒト族に対して良い感情を持っていない国もあるのです。言動には気をつけるのですよ》
(……うん)
ナビちゃんと話をしながら領主が住むという城の前にまで来た。
城は堀に囲まれていて、町とは跳ね橋で繋がっている。この堀は、北側を流れる川から引き込んだという水道の一部になっているみたいだね。跳ね橋の下のあたりで地下へと流れ込み、暗闇の中へと消えている。
上水道としてはとてもいい仕組みだけど、下水はどうなってるのかな。
などと思いながら、10分ほど歩くと町の北側にあるという1つめの門にやってきた。石組みの外壁の中にアーチ状にくりぬかれた門があり、高さ4ⅿほどの鋼鉄製の扉がついている。現在は開け放たれているが、何かあったときに閉じるのがたいへんそうだ。これを人力で開閉するというのだろうか。
まじまじと見つめながら門を潜り、北へ繋がる跳ね橋を渡る。
「なるほど、こうなっているのね」
橋を支える支柱を積み上げた石で作り、その上に跳ね橋がついた門を複数つくる。万が一ダンジョンスタンピードが発生しても、跳ね橋を上げてしまえば町に向かってくる殺到するモンスターたちは谷の底に落ちてくれる。町の中には簡単には入ることができないように設計されているんだね。
橋の上から外へと視線を向けると、一面の森林が広がっていた。
《こちらに見えるのは黒の森、逆側に広がるのがグラーノ平原なのです》
(グラーノ平原?)
《グラーノ農業地帯の西側に広がる草原地域なのです。西の端に見えるのは迷いの森、南西にあるのはグラーノ山林地区なのですよ》
(迷いの森の向こう側にあるのが嘆きの海岸だっけ?)
《そのとおりなのです》
確か、グラーノの町に進むときにそんなことをナビちゃんが言ってたものね。
(黒の森の先には何があるの?)
《宿場町ビビオがあるのです。その先にある騎士の森を抜けた先に王都アレンツブルグがあるのですよ》
(へえ、王都かあ。大きな町なんだろうなあ)
《そのときまで楽しみにとっておくのですよ》
(そうね、そうするよ)
とはいえ、数時間過ごしているとはいえ、グラーノの町に着いたばかり。王都に向かって進むのはまだまだ先のはずだから、今考えても仕方ないよね。
そうして橋上を歩くこと10分。私はカルデラ湖になっている北湖の南端に到着していた。ナビちゃんの言うことに間違いはなく、確かに湖の中央に島があった。問題は、この湖の南端から中央に渡る方法なんだよ。
(これしか方法はない、わよね……)
《そうなのです。この吊り橋を渡って島に渡るとダンジョンに入れるのですよ》
目の前にあるのは、中央にある島まで続く50ⅿほどの吊り橋。鋼鉄製のワイヤーという立派なものはないようで、木の蔓でできている。
(何の蔓なのかは知らないけど、私の小さい身体で渡ったところで切れるという心配はないけどさ……吊り橋ってすごく揺れるよね?)
《大丈夫なのです。揺れるだけでは落ちないのですよ》
(いや、そういう問題ではなくてね?)
橋桁は幅が2ⅿ近くあって、一定間隔で木が組まれて梯子のようになっている。中央部分には歩きやすいように木版がずっと連なるように並べられているけど、ハーフリングの身体では手すり代わりになる蔓を持って中心を歩くことはできそうにない。例えば左側の蔓を持って歩くと、橋の重心は左に傾いてしまうので間違いなく傾いてしまいそう。
見ただけでそんなことを想像しちゃうから、上を移動したり、風が吹いたりすると大きく揺れそうで心配になるよ。
《プレイヤーの人たちは落ちないようになっているのです。それに、この橋の中央付近からナマズが釣れるのです》
(絶対に渡らないといけないのね……)
漁師のクエストを終わらせるなら、嫌でも釣りはしないといけない。
だったら私も腹を括ってこの手すりを持てない吊り橋に挑戦するしかないよね。
私は恐る恐る片足を伸ばし、吊り橋の上へと左足を運んだ。
ギシリと軋むような音を立てるかと思ったけれど、全くしない。
あれ、意外といけちゃう?
2歩、3歩と静かに足を延ばしても軋むような音はしないし、傾きさえもしなかった。
(なるほどね……私だけだと、たいして影響はないってことね)
《プレイヤーはたくさんいるので、この橋はプレイヤーには影響されないように作られているのです》
(あ、そうか。私だけがここに来ているからわからないけど、もっとたくさんのプレイヤーが来るんだものね。それこそ10万人とか、100万人とか殺到したら普通なら蔓が切れちゃうわよね)
《そういうことなのですよ》
例えばある日、1万人がここに殺到して蔓が切れてしまうとする。
先に島に渡っていた人たちは町に帰れなくなるかもしれないし、次の日にもダンジョンに向けて集まってくる人たちが渡れないことになる。そんなことでゲーム進行が停止していたら、みんなゲームをやめちゃうもんね。
「蔓が切れたり、揺れて落ちたりする心配がないなら先ずはナマズ釣りから始めましょうか!」
誰もいない橋の上で、私は独り呟いて島に向かって歩き出した。
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