第2話 グラーノの冒険者ギルド
「わあ……」
思わず小さな声が出てしまった。
ナツィオの町は人がとても増えていて、大盛況という言葉がぴったりの雰囲気だった。まだ始めたばかりの人たちがたくさんいるようで、紙を片手に走り回る人たち、床下や木樽の中を覗き込んでいる人たちがたくさんいる。
運よく、認識阻害(弱)の効果が消えることはなかったようで、私のことは誰も気づいていない。
私はひと頻り人の多さに驚いたあと、パウルさんのところに行ってサインを受け取った。
「本当にすぐに会えたね」
「ええ、私の言ったとおりになりましたね」
「ああ、本当に」
ほんの少しだけ和やかな時間が過ぎた。サインを受け取り、少しだけ会話を済ませたら、私は再びテレポを使ってグラーノへと移動した。
「グッドマンさん、パウルさんのサインをもらってきましたよ」
《クエスト「忘れてはいけない」を達成したのです。
経験値の上昇を確認しました。
1000リーネを入手したのです》
「おお、この右上がりの文字は明らかにパウルのものだ。よくやったね」
「パウルさんとは仲良しなんですよ」
「じゃあ、このボクとも仲良くしてくれると嬉しいよ」
「もちろんです」
私は笑顔でグッドマンさんに返事をした。グッドマンさんはどこか嬉しそうに頬を綻ばせ、でも恥ずかしそうにして頭を掻いていた。
「では、報告に行ってきます」
「そうだね、冒険者ギルドのマリーちゃんによろしく言っといてくれ」
「はいっ」
返事をした私はグッドマンさんに手を振ってその場を離れた。
再びポータルコアに向かって歩いていくと、まるで道路がポータルコアを囲うように一周しているのがわかった。その周回道路から東西南北に道が広がっている。こういうのをロータリーって言うんだっけ。
冒険者ギルドは町の西側にあった。ポータルコアを中心としたロータリーから伸びる太い道路沿いだ、
私が中に入ると、カウンター席にいる男たちが嫌らしい目つきで私を見ていることがわかった。どう見ても、絡んでくる気でいっぱいなのがよくわかる。まあ、冒険者ギルドって足をひっかけたりする酔っぱらいがいたりするのが定番だもんね。私闘は禁止されているはずなのに不思議。
受付には黒髪がとても美しい女性がいた。褐色の肌に艶があり、ビシッと伸びた背筋がとても格好いい。
私は簡易鑑定でその女性がマリーさんであることを確認すると、ツカツカと進んで声を掛けた。
「こんにちは、ナツィオのギルドマスターから紹介状をいただきまして」
「なるほど、Dランク冒険者のアオイさんですね。こちらで少々お待ちくださいね」
同時に差し出した冒険者カードを確認したマリーさんは丁寧にも私にお辞儀をすると奥の部屋へと入っていった。
(格好いいなあ)
後ろ姿から見てわかる、キュッと上を向いたお尻や、筋肉質な足腰が私にそういう印象を与えた。
「よお、お嬢ちゃん! おつかいか何かでここに来たのかな? ここはお嬢ちゃんのような小さいハーフリングの来る場所じゃねえんだぜ?」
酒臭いスキンヘッドの男が私を煽ってきた。
相手をしてあげたいけれど、ギルドのルールでは「冒険者同士の私闘は禁止」なので手を出すわけにもいかない。
「おい、聞いてんのか? チビ!」
私をバカにするように上から見下ろすスキンヘッドは、ぷはあと臭い息を吐き出した。アルコールっぽい香りと、酸化した皮脂の匂い、雑菌が繁殖して出す化学物質の匂いなどが意識の中に刷り込まれ、不快という言葉しか頭の中に湧いてこない。
まあ、とにかく臭いので私は自分の鼻をつまんだ。
「ゴーザ!!」
「はいっ!!」
突然、ギルド内に響いた太い男性の声に、スキンヘッドが姿勢を正しつつ飛び上がった。
「お前はまた新人を肴に酒を飲もうってのか。やめとけ、お前が5人束になっても、いや10人で束になってもそいつに勝てやしない」
「ギ、ギルマス、さすがにそりゃないでしょう」
「その子はDランクだ。しかも独りでバトルウルフを倒してきたらしい。確かお前さんは……Eランクだな?」
「何かの間違いだ! こんなチビがバトルウルフと戦えるわけがない!!」
「事実だ。ナツィオのギルドマスターから紹介状を受け取った。このとおりだ――すまん、字が読めないんだったな」
「――クッ」
(ナビちゃん、こいつ――ゴーザにウォッシュして、ドライしてやって)
《了解なのです!》
棒立ちになっているスキンヘッドの身体が一瞬で泡で包まれ、洗い流された。すぐにドライで乾かされていく。
「わはは、アオイだったか。そんなにこいつぁ臭かったか?」
「ええ、それはもう」
私は鼻をつまんでいた指を外し、ギルマスに向かい合った。
ギルマスは身長2ⅿ近い虎人族で、簡易鑑定によるとゲイルという名前だった。
「くそっ、覚えてろよ!!」
ゴーザが私に捨て台詞を吐いて酒場の方へと戻っていく。
感謝されることはあっても、私が恨まれるようなことは一切ないはずなんだけどな。なんで私に向かって言ったんだろう。
ああ、ギルマスには歯が立たないのがわかってるから私に矛先を向けてるってわけね。
「グラーノの冒険者ギルドへようこそ。俺はギルドマスターのゲイル。レオポルドからの紹介状は確かに受け取った。これは報酬だ」
《メインクエスト「グラーノへ進め」を達成したのです。
スキル書<鑑定>を入手したのです。
20,000リーネを入手したのです》
「到着してすぐで何だが、君には町の北にあるダンジョンに入って欲しい」
《メインクエスト「北湖ダンジョンを踏破せよ」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》
クエスト番号:M.004
クエスト種別:メインクエスト
クエスト名:北湖ダンジョンを踏破せよ
発注者:ゲイル
報告先:ゲイル
内 容:王都への連絡経路を確保するため、ダンジョンを
踏破し、ボスのホブゴブリンの棍棒を持ち帰って
力量を示して欲しい。
報 酬:経験値10,000×2 貨幣50,000リーネ
(はい、受けます)
《メインクエスト「北湖ダンジョンを踏破せよ」を受注したのです。ダンジョンボスのホブゴブリンを倒して棍棒を持ち帰るのですよ》
クエストを受けたものの、私はなぜダンジョンを踏破する必要があるのか――それが理解できなかった。
「ダンジョン、ですか」
「そうだ。もちろん町で困っている人がいれば助けて欲しいし、冒険者以外の稼ぎ扶持として生産職に就くのもいい。例えば採掘家になればダンジョン内で採掘ができるし、海があるので漁師の仕事もできる。ただ、最終的にダンジョンの踏破を目標として活動してほしいということだ」
「それはどうして?」
「情けない話だが、王都へとつながる黒の森にオークたちが棲みついた。そのせいで王都から商人や冒険者が戻って来れなくなっているようなんだ」
あれ、どこかで聞いたような話だね。
「伝書鳥で王都と連絡はとれないの?」
「王都に伝書鳥は飛ばしたが、一週間経っても帰ってこないのだ」
「ここから王都まではどれくらいかかるの?」
「馬車で一日もあれば往復できる」
なるほど、その距離を伝書鳥が一日で往復できないのは何か王都で問題が発生している可能性があるということね。
「私以外にも冒険者はいると思いますけど……」
と言って、私は酒場の方へと目を向ける。親の仇を見るような目で私を見つめているスキンヘッドが1人。他にもモヒカン頭や頭の前半分をそり落とした男や、ひし形に髪を残した男などがいて、昼間だというのに酒を浴びるようにして飲んでいる。
「グラーノの町にいる冒険者は殆どがEランクでな。奴らに任せると死にに行かせるようなものだ。だが、Dランク冒険者であれば話は違う。今、この町にいるDランク冒険者は君だけだ。しかも、同じDランクでも、ダンジョンを踏破した者であれば誰も文句は言わない」
「わかりました」
かくして、私はグラーノの北側にあるというダンジョンの攻略に駆り出されたのだった。
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