第6話 漁師ギルド

(ナビちゃん、ビギナーマイニングキットって何が入っているの?)

《採掘に必要な初心者向けの道具が入っているのです》

(今、私が着ている服ってスカウター専用だよね?)

《転職をすると、着用可能な装備以外は自動的にインベントリに収納されるのです。職業ごとに装備は登録されるので、元の職業に戻れば転職前の服装に戻るのですよ》


 と、いうことは今この場で転職すると私は全裸になるってことだね。

 まあ、所詮はアバターだから気にすることもないといえばないけれど、なんとなく恥ずかしい。


(試着モードで確認できるかな?)

《試着モードを起動したのです》


 視界に半透明なウィンドウが開き、自分のアバターが下着姿で表示された。

 少しほっそりとした身体に銀色の前下がりボブ、アクアマリンのような淡いブルーの瞳は少しクールな印象があって、大人っぽさを感じさせる。身長は140㎝だけどね。


(ナビちゃん、インベントリにビギナーマイニングキットを展開して)

《インベントリ内にビギナーマイニングキットを展開したのです》

(採掘家で最強の装備を試着)

《最強の装備を試着させたのです》


 ホログラムに表示された服装は、バトルウルフを倒した時と同じ格好だった。考えてみれば、ビギナーシャツとビギナーボトム、他は皮の装備を各種って感じだったから、レベル1の採掘師だとこれが一番いいことになるんだろうね。ただ、背中に背負っているのは青銅製のシャベル、腰にハンマーとタガネ、ブラシをぶら下げ、右手にピックを持っている。


(へえ、道具は本格的ね。これで着替えたら採掘家に転職できるのかな?)

《そのとおりなのです。この装備一式を採掘家の装備として登録できるのです。登録しますか?》

(うん、お願い。採掘家に転職してみても?)

《はいなのです》


 ナビちゃんの返事と共に、私のいで立ちがホログラムに表示されていた装備に入れ替わった。

 一瞬で背中にシャベルの重み、腰にハンマーやタガネの重みがかかり、鏡が無くても装備が変わった感覚を感じた。


 右手のピックを掲げてみると、結構な重さがあった。歩いたり走ったりする分には特に支障はないけど、持ち上げて振り下ろすというのはさすがにたいへんそうだ。これはSTRが高くない私にとっては効率の悪い職業なんだろうね。


 採掘家ギルドの登録が終った私は、採掘家の格好のまま漁師ギルドへ向かった。受付から採掘家ギルドに向かう途中、右側の扉と受付のレンカが言っていたから、こちらから見ると左側にある扉が漁師ギルドということになる。

 廊下の左側にある扉をノックをすると、中から「どうぞ」という声が聞こえた。

 おずおずと扉を開いて中を見た私は、思わず目を丸くしてしまった。


「い、生け簀が……」


 扉の先は、巨大な生け簀になっていた。全部で5つの生け簀があり、その間が田んぼの畔道のような通路になっている。5つの生け簀の中央に歪な陸地があるような感じで、そこに男性が1人で釣り糸を垂れていた。

 私は畦道のような通路を通って男性のもとへと歩いて行った。


「む、君は登録希望者か?」

「あ、いえ。伝書鳥屋のボルタ―さんからデニスさんに配達を頼まれた冒険者です」

「そうか、俺が漁師ギルド、グラーノ支部長のデニスだ」

「私はアオイと言います。こちら、お手紙です」


《クエスト「風に舞った手紙」が進んだのです》


 デニスは私から手紙を受け取り、「誰からだ……」と言って送り主の名前を確認すると、手紙を尻のポケットに入れた。

 続けて依頼票をデニスに差し出した私は、デニスのサインを受け取った。


「で、アオイは漁師になる気はないか?」


 デニスは何だか、期待に満ちた目で私を見つめてたずねる。

 正直なところ、釣りそのものに興味はないのだけど、採掘家のクエストで装備が貰えることを知ったばかり。でも、それだけでは何か物足りない。


「漁師になるといいことがあるんですか?」

「その出で立ちだと、北湖ダンジョンに行くのだろう?」

「はい、その予定ですよ」

「北湖ダンジョンの第3層は海だ。そこを攻略するために漁師は必須の職業といえる。その時になればわかるから、何故かは言わんが漁師になった方がいいぞ」


 理由をきちんと言ってもらえないと何だか怖いけれど、北湖ダンジョンの第3層の攻略に関係するというなら漁師になっておく方がいいだろうね。

 実際に第3層まで行ってから漁師にならなかったことを後悔しながら戻ってくる時間を考えると、今ここで時間を使う方が合理的だしね。


「わかりました、漁師の登録をお願いします」

「よし、ではこのビギナーフィッシャーセットと初級淡水餌、お魚図鑑をやろう。これを装備し、ここの生け簀で何でもいいから2匹釣りあげてみろ」


《漁師クエスト「釣りを覚えよう」が発生したのです。クエストを受けるのですか?》


  クエスト番号:FS-001

  クエスト種別:職業クエスト

  クエスト名:釣りを覚えよう

  発注者:デニス

  報告先:デニス

  内 容:釣りを楽しむためにも、まずは生け簀で2匹釣ってみよう。

  報 酬:経験値50×2 貨幣1000リーネ

      ビギナーギャザラーシャツ


「はい、わかりました」


《漁師クエスト「釣りを覚えよう」を受注したのです。漁師ギルド内の生け簀で魚を2匹釣り上げるのです》


「釣りは忍耐のとの戦いだ。目に見えるところに魚がいても釣れないときは釣れない。魚が餌を口先で突いているのが見えても、浮が揺れていても、餌を飲み込もうと噛みつくまで待っていないといけない。頑張れよ」

「わかりました」


 採掘家の装備と同様、ナビちゃんにお願いして漁師の装備を整えた私は、適当な生け簀で釣り糸を垂れた。

 デニスさんの言うとおり、目の前で泳いでいる魚の前に餌を運んでもすぐに釣れるというものではないみたい。

 でも、離れたところから小さなお魚が1匹だけスイーッと泳いできて、2回、3回と餌を突くと、パクリと噛みついた。その瞬間、ビビビッと糸を伝わって暴れているのが私の手に伝わってくる。魚は針が口に刺さったのが痛いのか、慌てて逃げようと右へ左へと泳ぎ始めた。

 スキル補助があるのか、右手で竿をまっすぐ上げると水面から魚が飛び出し、一直線に私の左手へと飛び込んできた。


「おおっ!」


《ハヤを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.2「ハヤ」が解放されたのです。

 漁師経験値3×2を獲得したのです》

(え、お魚図鑑って、冒険者手帳みたいに経験値貰えるの?)

《経験値はないのです。釣ったことがあるお魚の記録が残るのです》

(ざんねん)


 なんでも経験値が貰えると思っていたら、そうでもないみたいね。

 とりあえず、現実世界を含め、魚を釣り上げたのは初めてだと思うけど、お魚が食い付いた瞬間のビビビッとくる感触が何ともいえない。

 別に食べることが目的で釣ったわけじゃないので、私はハヤから針を抜き、生け簀に戻してあげた。

 再び餌をつけて、糸を垂れると2分ほどでまた魚が釣れた。


《カジカを釣りあげたのです。

 お魚図鑑No.1「カジカ」が解放されたのです。

 漁師経験値2×2を獲得したのです。

 レベルが上がったのです。

 漁師レベルが2になったのです。

 漁師クエスト「釣りを覚えよう」が進んだのです。デニスへ報告に行くのです》

(そういえば、2匹でクエスト達成だったね。じゃあ、早速報告を済ませて採集家ギルドに行かないと!)


 釣り上げたカジカもリリースし、私はデニスさんの元に駆け寄ってお魚図鑑をみせ、ハヤとカジカを釣りあげたことを報告した。


「よくやった、これは報酬だ。次はレベル5になったら来るといい」


《漁師クエスト「釣りを覚えよう」を達成したのです。

 経験値の上昇を確認しました。

 レベルが上がったのです。

 漁師レベルが5になったのです。

 ビギナーギャザラーシャツを入手したのです。

 1000リーネを入手したのです》 


 わあ、クエストを終えたら一気にレベル5になっちゃったよ。





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