第24話 旅立つ準備
バートさんは少し驚いたように目を見開くと、私の手のひらからフォレストウルフの牙を摘まみ上げた。
NPCも簡易鑑定が使えるのかな、と思ったが訓練員というくらいだから、フォレストウルフくらいなら倒せる実力がある人なんだろうね。
「確かにフォレストウルフの牙だな。では、卒業試験もこれでお終いだ。次はグラーノのスカウターギルドに行くといい」
またグラーノだ。レベル15を目安に、一人前ということにして次の町へと送り出す仕様なんだろうね。
町の中で受けることができるクエストはもうないみたいだし、町の人に挨拶を済ませたらグラーノに行くことにしよう。
「ということで、これは私からの卒業祝いだ。君が素晴らしいスカウターに育つことを祈っているよ」
《職業クエスト「フォレストウルフを倒せ」を達成したのです。
スカウトベルト(STR+10)を受け取ったのです。
スカウタースキル 罠解除を覚えたのです。
4,000リーネを入手したのですよ》
残念、レベルは上がらなかったよ。でも、グラーノに向かう途中に冒険者手帳を埋めていけばすぐにレベルが上がる気がする。
「ありがとうございます」
「君のような優秀なスカウターがこの町から出たことを誇りに思うよ。頑張ってくれたまえ」
「はい、では失礼します」
最後にバートさんは握手を求めてきた。どこか近寄りがたい雰囲気のある人だったけど、なんだか純粋に応援されているようでうれしくなった。
扉を開けてバートさんの部屋を出ると、先ほどと同じように他のプレイヤーたちが数人立っていた。
前を歩いている猫人族の女性を追い越したけれど、私のことを認識している様子がなかった。やっぱ、認識阻害万歳だね。
(本当にこの町でしておくことって、他にないかな?)
ポータルコアがある広場に到着すると、なんだか心配になってきた。
《生活魔法を全て習得することを推奨するのです。足りないものは魔道具店で買い揃えることができるのですよ》
(じゃあ、手持ちの魔法書から読むことにするね)
《それがいいのです》
ナビちゃんのアドバイスを受け、私はインベントリから魔法書を取り出した。地面に座って最初の一冊を手に取った。
(生活魔法<ドライ>ね……)
《衣服や身体を乾燥させる魔法なのです。<ウオッシュ>と組み合わせて使用するといいのです》
なるほどね、と思いながら魔法書を開いた。
「――ッ!」
見開き状態になった魔法書が光り輝き、思わず私は目を腕で塞いだ。
パラパラと勝手にページが捲られていく音が聞こえると、光が消えた。
手元を見ると、魔法書が消えてなくなった。
《生活魔法<ドライ>を覚えたのです》
(おおっ、読むというより使う感じなのね)
《そうなのですよ。では次の魔法書を使うのです》
ナビちゃんがインベントリから次々と魔法書を取り出してくれるので、私は表紙を開いて覚えていった。
《生活魔法<ウオッシュ>を覚えたのです》
《生活魔法<イグニッション>を覚えたのです》
ウオッシュは衣服や身体を洗浄する魔法、イグニッションは着火の魔法。
この場所でイグニッションを使うことはできなさそうだけど、ウオッシュとドライは試してみようかな。
<ウオッシュ>
魔法の起動を念じると、おへそのあたりから泡が全身を包み、最後に水塊が現れて全身の泡を洗い流して消えた。もちろん顔もたっぷりと濡れたが、泡のせいかどこかサッパリした気がする。
<ドライ>
今度は足元から温かい風が吹き上げて、着用している装備ごと隅々まで乾燥させてくれた。髪もサラサラだ。
(さすがは生活魔法というだけあって便利ね、これ)
《生活魔法は便利なものが用意されているのです。でも、ナビちゃんに指示してくれれば起動するのですよ》
いつも通りの口調で説明したあと、ちょっと拗ねたようにナビちゃんが言った。機械精霊とはいえ美少女なので、拗ねた仕草も可愛らしい。
(ごめんごめん、次のお試しはナビちゃんにお願いするから)
《約束なのですよ》
ナビちゃんは頬を膨らませて私の前で両脇腹に拳を当ててひらひらとホバリングしている。可愛らしいね。
とりあえず手持ちの魔法書は覚えたから、次はサビーネさんの店に行って他の生活魔法書を手に入れるとしようかな。
そこらじゅうをプレイヤーが走り回っているけど、誰も気づいてくれないというのは少し寂しいような気がするけれど、目立つよりは全然いい感じ。
サビーネさんの店に着くと、他のプレイヤーがたくさんいた。でも、職業ギルドのエミリーさんと同じように、私にしっかりと対応してくれる。
「あら、アオイちゃんいらっしゃい。今度は何の用事かしら?」
「生活魔法の魔法書を下さい。えっと、ウォッシュ、ドライ、イグニッション以外のもの全部でおいくらですか?」
「生活魔法の魔法書は1冊100リーネなの。残りはウォータくらいじゃないかしら。はい、これね」
《100リーネと引き換えに生活魔法<ウォータ>の魔法書を入手したのですよ》
「ありがとうございます。他の魔法書はありますか?」
「残念だけど入荷してないわ。グラーノだといろいろ買えるわよ」
「そうですか、ありがとうございます。グラーノに行くので、ちょうど良かったです」
「あら、もうお別れなのね。寂しくなるわ」
「でもまた来ますよ。では、ありがとうございました」
私は日本人の性というか、深くお辞儀をしてその場を辞した。
《生活魔法<ウォータ>を覚えたのです》
買ったばかりの魔法書を開いて覚えたら、そのまま鍛冶屋のロビンさんのところに行った。
またナイフを売りつけようとしてきたので、挨拶だけ済ませて逃げるようにして店を出る。
「グラーノの鍛冶屋にフォルジュってのがいるから、たずねるといいぞ」
「ありがとうございます」
他の冒険者がいるというのに、ロビンさんが出口まで来て大声で言ってくれた。私は振り返って礼を言った。
代官のハリーのところに行くと、まだ屋敷の前に立っていた。ステラさんも同じだ。この2人、家に帰る気がないんだろうか。もしかして、探さないといけないのはハリーさんの方では……などと思いながら挨拶をした。
ステラさんにも挨拶をすると、道中に食べろとクッキーをくれた。感じが悪いと思っていたが、すごくいい人だった。
いや、この町の住民はいい人ばかりだ。プレイヤーの方がよほど性質の悪い人が多い気がする。偏見はよくないけど、門の前で体が小さいことに何だか文句を言われたからね。
パウルさんを除き、ひととおり挨拶を済ませた私は再びポータルコアの前にまで戻ってきた。
(ナビちゃん、現実時間で今何時かな?)
《日本時間、4月29日AM4時35分なのです》
(じゃあ、少し仮眠とるね。ログアウトお願いします)
《ログアウトするのです》
数秒後、AR表示に変わった世界で私はベッドに入り、XRDを外して暗闇の世界へと意識を落としていった。
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