幕間 配信エルフの1日(2)

 5時間ほど経った。

 俺たちは雑談や、質問コーナーなどを挟みつつ、配信を続けていた。

 さすがに配信直後のように視聴者はいない。話を途切れさせないようにと思って頑張ったけれど、もう日本は真夜中というのもあって視聴者数は現時点で64,564人。登録者数が多くても時間が長ければ他のチャンネルに人が流れたりするのはしようがない。


「かなりMOBを倒したと思うけど、なかなかレベルが上がらないね」


 5時間かけて、ようやくレベルが8。もうすぐまたレベルは上がると思うけれど、さすがにずっと狩り続けるというのも疲れた。


【添い寝マグロ】「マゾゲー」

【Péngmèi'Y】「もう300匹は倒しているよ」

【Ropbert’T】「みんな、がんばって」

 …………


「もう、第1エリアのエリアボスがいる森のところまで来ちゃったよ」

『レベル9になったらボスに挑戦できるにゃ』

「じゃあもうひと頑張りしますか」

『賛成!』

『そのあと休憩でいいと思う』


 そうして更に突貫羊を10頭ほど狩ると、俺たちのレベルが全員9になった。


【山羊おにぎり】「おめー」

【John'J】おめでとうございます!

 …………


「ありがとね、5時間と少しかけてようやく全員がレベル9になりましたよ。いよいよ、エリアボスとの対戦です!」


 俺たち4人は森の入口に向かって歩いていく。こういうところでも解説を入れるのを忘れちゃいけない


「ここは静寂の森という名前で、この入口の先にいるボスモンスターを倒すのが最初のミッションなんだよね。ボスモンスターはバトルウルフと言って、体高が3ⅿもある巨大なオオカミ。噛みつきだとかがメインだからそんなに難しい敵でもないかな」


 森の入口周辺には疲れたようにして座り込んでいる人たちがたくさんいた。その様子を配信用のカメラが撮影する。


【Maggy'B】「疲れた人がたくさんいます」

【Yōushì’X】「みんな、がんばりすぎです」

【ツナマヨ】「何かあったのかな?」

【Grape’J】「この人たちはボス戦に失敗した人たちですか?」

 …………


 周囲の人たちの疲れも理解できる。俺もかなり疲れてきているからね。

 でも、ボス戦までもう少し。

 先頭を歩いていたタカサンとミャーコの声がパーティトークに響いた。


『こ、これは』

『なんなのこれは、にゃ。『メインクエストを受けないと進めません』って言われたよ、にゃ』


 ニャ―コも頑張ってきたけれど、ここでロールプレイが崩壊したみたい。

 でも、メインクエストを受けないと進めないだなんて、ベータテストになかった条件だ。

 慌てて俺も静寂の森入口に手を翳した。


《メインクエストを受けていないため、戦闘エリアに入ることができません》


「あら、本当に入れないわ。どうしましょう」


【Maggy’B】「他の人たちも同じではないだろうか」

【Nguyen'G】「私も同じ状況です」

【Nguyen'A】「私もです」

【Jose'R】「他の配信者もメインクエストを見つけていません」

【添い寝マグロ】「これは、詰んだ?」


『他のプレイヤーも同じみたいにゃ』

『僕がきいた人たちもそうだったよ』


 正式版からいくつかのクエストが実装されるとは聞いていたけれど、こんなにも重要なクエストがあるだなんて考えもしなかったよ。

 今からナツィオの町に戻るとしても、走って30分くらいかかる。その間、配信を切って移動するのもありかな。


 俺はナツィオの町の方へと視線を向けた。その視線の先には、俺たちのような初期装備ではなく、皮の胸当てやベルト、ブーツに手袋といった「冒険者らしい格好」をした女の子――ハーフリングが向かってくるのが見えた。遠くから見てもわかる銀髪に前下がりボブの髪型は、スポーン場所で白い虎人族の男に絡まれていた女の子だ。


【Nguyen'A】「その子、服装が皆と全然違います。何か知っているかも知れません」

【John'J】「私もそう思う。話しかけてみたらどうだろう」


「そうね、そうしましょう」と言って、俺はハーフリングの女の子へと近づいていった。


 だが、いきなり声を掛けるなんて俺にとっては難易度が高い。

 見た目が子どもサイズなのもあって、背徳感のようなものが身体の中に生じてくる。

 ハーフリングの女の子は、俺のすぐそばを通り過ぎてしまった。


 でも今は配信中。ちゃんとしないとだめだ。


「ねえ、あなた。その装備はどうしたの?」


 勇気を絞り出して声を掛けたのだけれど、ハーフリングの子はそのまま進んでいく。委縮して俺の声が小さかったのかも知れない。


「聞いてる? あなた、その装備はどこで手に入れたの?」

「装備って、どれのことです? その前に、どちらさまですか?」


 ハーフリングの子がこちらを睨むような目線で返事をした。

 自分のことだけど、確かにとても無礼だったと思う。


「あ、ごめんなさい。私はローラって言うの。見てのとおりエルフ族よ」

「私はハーフリングのアオイと言います。とりあえず、服はチュートリアルで貰ったビギナーシャツと、ビギナースカートですね」

「え? ちょっと待って、あの鬼畜なチュートリアル応用編をクリアしたっていうの?」


【John’J】「イエスキリスト!」

【Nguyen'C】「あのチュートリアル応用編を終わらせたの!?」

【添い寝マグロ】「マジかっ!」

 …………


「ええ、確かにちょっと難しかったかな」

「マジかおい……」


 あ、ついロールプレイを忘れて、素の自分の反応をしてしまった。





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