幕間 ある虎人族プレイヤーの1日(2)

 現実世界に戻ると、弦から俺のルーム宛てにメッセージが届いていた。


 ――バイトお疲れさん。俺はやっぱり豹人族にした。黒豹だから期せずしてお前と白黒ペアってことになるな。IDは――――なので、ログインしたらフレ登録よろ!


 最後に黒猫がサムズアップしたスタンプが貼り付けられている。


「バイト上がってなんとか開始前にキャラ登録までできたよ。予定通り名前はカケルで、白虎人にしている。IDは――――なんでよろしく。とりあえず、門前に集合で!」


 俺は弦に返事を送信し、静かに21時のサービス開始を待った。


 サービス開始と同時にログインを済ませると、俺はアルステラの最初の町、ナツィオの門前に立っていた。他にもどんどんとログインしてくる人がいて、何人も重なって見える。


 とにかく最初は弦のフレ登録だな。


(機械精霊、フレンド検索。IDは――――、名前がツキカゲなら申請してくれ)

《キャラクターID、――――を検索。名前一致ししました。フレンド申請をしました》

《キャラクターID、――――がフレンド申請を受諾しました》

(ツキカゲにP2Pトークを設定)

《ツキカゲにP2Pトークを設定しました》

『ツキカゲ、聞こえるか?』

『おう、聞こえてるぜ。今、門の前にいるんだが人がすごいな。新しい種族を選んでる人がほとんどいない件』

『最初は様子見するのかもな。やっぱヒト族が多いよな』

『まあ、普段はなれない自分になれるからな。顔とかモリモリで作ってると思うぜ。とりあえず、エルフの女を見たら』

『おっさんだと思え、だろ?』

『アハハ、そうそう。まあ、俺らは出会い厨じゃないしな。とりあえずパーティ申請するぜ』


《ツキカゲからパーティ申請が来ました、受諾しますか》

(頼む)

《パーティ申請を受諾しました。P2Pトークを解除しました》


 パーティを受諾したことで、簡易マップの上にメンバーが青い点で表示される。どうやら、ツキカゲはすぐ近くにいるようだ。でも、何人も人が重なっているのでどこにいるのかわからない。

 だが、周囲を見回すと明らかに子どもにしか見えない女の子が立っていた。

 このゲームでは身長が3ⅿ以上あるモンスターが当たり前のように出てくる。こんな身体でどう戦うって言うんだ。


「おいおい、このゲームってこんなガキが遊べんのかよ?」


 倫理上、ゲームのキャラクターとはいえ子どもに戦わせるというのは問題があるということで、キャラクターを作る際に子どもを選べないはずだ。

 それを思い出して、つい声を出してしまった。

 基本、俺はゲーム内では少しガラの悪い言葉を話すキャラをロールプレイしているから、つい言葉遣いも荒くなってしまった。


「はあ? あんたなんなの?」


 俺の言葉に気付いただろう少女が俺に向かって言い返し、ガンを飛ばしてきた。かなり怒っているようだ。


 少々言葉が過ぎたが、今更謝るわけにもいかない。俺はベータテスト終了時にはトップ10に入ったプレイヤーだから、メンツもある。


 一触即発……とまではいかないが、険悪な空気が漂いはじめたところで俺に向かって話しかける男がいた。


「おい、やめとけ。正式サービスで新しい種族が増えただろうが」


 俺は目の前にいる黒い猫顔をした男を見て、すぐにこいつがツキカゲだと気が付いた。

 こういうのを渡りに舟というのだろうか。マジでいいタイミングに来てくれた。俺は少し感謝の気持ちを込めつつ、ツキカゲに向けて話す。


「なあ、この身長であのでかい魔物と戦えると思うか?」

「知らねえよ、それよりレベル上げにいくぞ」

「そういや、正式サービスで全リセットのやり直しだったな。とっととレベル上げに行くか」

「おうよ! 俺さ、ベータの最終日にいい狩場を見つけたんだぜ、行ってみるか?」

「そりゃ行くしかないだろう」


 こんな場所にいるといたたまれなくなる。さっさとフィールドに出て狩りを楽しむとしよう。


 フィールドに出ると、その様子はベータテストの時と同じだった。

 門の前から街道がずっと続いていて、その左右は草原になっている。草原には野兎やスライム、シュルー、ヒュージスキュラスがいた。


 俺とツキカゲは二人ペアになって町周辺の獣や魔物の討伐を開始した。


 三十分ほど経って、ようやく二人のレベルが上がった。


『なあ、妙にレベルが上がらないんだが……』


 少し不満そうにツキカゲが言った。倒した獣や魔物の数はわからないが、確かにレベルが上がらない。


『俺たちって、これまでに何匹くらい倒した?』

『今のでちょうど20匹目だな。2人パーティで経験値が半分になっているからかもしれないな』

『4人くらいになればパーティボーナスがあるんだっけか。どうする?』

『そうだなあ、ウィザードと僧侶を見つけたら勧誘するのも悪くないと思う。あ、女エルフはなしで』

『おいおい、もしかするとリアル女子かも知れないんだぜ?』

『いや、もう懲りた』


 友よ、今までのゲーム人生で何があったというのだ。まあ、深く聞いて泣き出されても困るんで、とりあえず要望通りウィザードと僧侶をパーティ勧誘することにした。


 更に30分近くかけて、俺たちはヒト族の男性ウィザードと、ヒト族の女性僧侶をパーティに迎え入れることができた。二人とも元ベータテスターで、ウィザードはRiddleという名前、女性僧侶はKurullinという名前だ。

 パーティを組むことのメリットは、話しながら遊べるという点が大きいが、パーティボーナスがあること。殲滅速度が上がるので経験値が溜まるのが早いというのもある。

 4人パーティになった俺たちは街道に沿って進み、どんどん魔物や獣を倒していった。

 町から離れると魔物のレベルは上がっていき、貰える報酬や経験値も大きくなっていった。


「ガシィィィーン!」


 突貫羊が俺の構えた斧に突っ込んできた。俺は金属部分でその角を抑え込み、他のメンバーが戦うための盾になった。


『今だ!』


 俺の掛け声に応じてツキカゲやウィザードの魔法攻撃、僧侶の物理攻撃が飛んでくる。

 ゲーム内では敵の属性に応じて用いる魔法を変えるのが基本だ。突貫羊はふさふさの毛皮を覆っているので火魔法を使うとよく燃えるが、燃えると毛皮のドロップ率と品質が低下する。だから、ウィザードの人は氷魔法を使って攻撃していた。


「アイスニードル」


 氷の針が飛んで、突貫羊の身体に突き刺さる。突貫羊は鳴き声をあげながらも、俺を突き飛ばそうと力をかけてくる。


「ハーイッ!!」


 僧侶であるKurullinが持つ棍棒が突貫羊の眉間にめりこみむ。堪らず突貫羊が悲鳴のような声を上げた。


 なにこの女子、怖い……。


 主に回復の役割を担う僧侶だが、レベルを上げて二次職になると神官、仙術師、モンクへと転職できる。彼女はそのモンクを目指しているらしい。修行服を着て棍棒や拳を使って戦う職業らしいのだが、衣装デザインがすごくいいのが気に入ったとか言っていた。気分は完全な修行僧なんだろう。


「トドメだっ!」


 最後にツキカゲの短槍が首筋に突き刺さると、突貫羊のHPが0になって消えた。その場には羊の毛とツノをドロップしていた。


《経験値、3を入手しました。

 レベルが上がりました。

 レベルが9になりました。

 羊の毛を入手しました。

 10リーネを入手しました》

「やったぜ、レベルが上がった!」

「俺もだ」

「おめでとう」

「おめでとうございます」


 最初からパーティを組んでいた俺とツキカゲに入る経験値は同じなので、レベルが同時に上がった。

 少しあとからパーティに参加した僧侶のKrullinと、ウィザードのRiddleはもう少しでレベルが上がるだろう。そうしたら四人でエリアボスに挑戦だ。

 これがベータ時代の王道パターンだったからな。


 20分ほどかけて突貫羊を追加で5匹ほど倒し、俺たち4人は全員がレベル9になった。

 俺たち4人はエリアボスがいる静寂の森にやってきた。

 街道が続く先は、紫色をした靄がかかっている。


「いよいよエリアボスとの戦闘だな」

「腕がなるぜ」

「あのオオカミの頭、かち割ってみせます」

「遠慮なく魔法をぶっ放します」


 俺たち4人は、それぞれに気合を入れて静寂の森入口に差し掛かった。


「あれ?」

「ん?」

「あら?」

「え?」


 4人全員が森の入口から押し返されると、俺の脳内に機械精霊の冷たい声が響いた。


《メインクエストを受けていないため、戦闘エリアに入ることができません》





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る