幕間 ある虎人族プレイヤーの1日(1)

 りんごんと鐘が鳴った。授業終了の合図だ。

 檀上に立っていた社会学の教授が「今日はここまで」と言って教室から出て行った。


 大学のキャンパスは教室というたくさんの仮想空間を、キャンパスという更に大きな仮想空間の中に再現し、授業やゼミはメタバースの中でのみ運用されている。

 教室の入退出をメタバースの学校側で管理しているため、学生たちは面倒な出席カードに名前を書き入れる必要がなく、教授は授業開始と同時に出席カードを配り、終了時に集める必要がない。そのかわり、学生たちは非常にサボりにくい環境にあるのだが、それはまた別の話だ。


 俺、天城あまぎ翔一しょういちは開いていた電子テキストと手書きノートのウィンドウを閉じて席から立ち上がろうとしていた。


「翔一、いよいよ今日からだぜ。もちろんサービス開始と同時にログインするんだろ?」


 俺に声を掛けたのは、同じゼミにいる白川ゆずるだ。偶然にも俺たち2人はアルステラのベータテスターをしていたので、気が付けばこうして話をするようになっていた。


「ああ、当然だよ。お前もだろ?」

「そりゃそうさ。だけど、ベータテストが終って全リセットだしさ、新しい種族がいっぱいできるらしいから迷ってるんだよなあ」

「俺はベータと同じ種族でいく。キャラ名も同じにするつもりなんだ。せっかく慣れた身体 だからね」

「ってことは……虎人族のカケルでいいんだな?」


 弦はまわりに聞こえないよう、小声で俺に確認した。他にもベータテスターをしていた人や、今日からアルステラを始める人もいるかも知れないからな。リアルバレをしないように配慮してくれたんだろう。

 俺は小さく頷くと、すぐに弦に聞き返した。


「おまえはどうすんだよ」

「種族はまだ決めてないけど、獣人かヒトにする。キャラ名は同じかな」

「ツキカゲ……だっけか。どこかで待ち合わせするか?」

「いいねえ、キャラクリ終わったらキャラIDを俺のルームに送ってくれよ」

「了解! じゃあ、またあとでな」


 俺は弦に挨拶をすると、そのまま教室を出た。


《帝都大学のキャンパスからログアウトします。よろしいですか》


 俺は画面に表示された【YES】ボタンに指を伸ばしてタップした。視界がゆっくりと緑に塗りつぶされると、更にメッセージが表示される。


《仮想キャンパスからログアウトしました。5秒後にAR表示に変わります》


 視界に表示された文字を、機械的な女性の声が読み上げると、視界は俺の部屋の中へと変わった。


 さて、まずはトイレを済ませてバイトに行きますか。


 メタバースの活用が進んだことで、世の中の多くの企業では在宅勤務が当然になってしまった。

 それまで、ランチ営業や夜の営業をしてきた飲食店も営業形態を変更せざるをえなくなり、多くの店がお弁当や一品料理の宅配サービスを始めるようになった。俺もフードデリバリーのバイトをして生計を立てている。

 まあ、一日中寝転がって大学で授業を受けているわけだから、運動不足解消のためにもいいバイトだと思っている。


 20時になって、俺はバイトを終えて帰宅した。

 アルステラのサービス開始まで時間があまりないのは残念だが、俺は母親が作ってくれたカレーを食べて風呂に入ると、早速XRDを装着してキャラクター作成へと進むことにした。


 弦にも話したとおり、キャラクターは虎人族を選び、見た目に特に拘らず、ベータテストと同じ設定にした。

 俺はこのお気に入りの白虎人を使ってベータテスト期間のトップ10プレイヤーにまで上り詰めた。だから何よりも愛着があった。


  名前:カケル

  種族:虎人族(男)

  職業:ファイター

  レベル:1

  ステータス:

   HP: 121

   MP: 21

   STR: 46

   VIT: 48

   AGI: 18

   DEX: 28

   INT: 17

   MND: 8

  加護:虎戦士の加護

  スキル:簡易鑑定、インベントリ、マップ


 白い虎柄の顔、丸太のような太い腕にがっしりとした足腰。猫人族のようなしなやかな動きはできないが、最強レベルの体力と力がある虎人族は格好いい。


《チュートリアルへようこそ。ここではアバターの動かし方、動き方に慣れていただくため、基礎編、応用編、実践編の3種のプログラムを用意しているのです。基礎編から始めるのです?》

「いらないよ。ベータテストで散々プレイしてきたからさ。遊び方は十分知ってる。あと、口調を丁寧に変更してくれ」

《承知しました。最後に武器を選んでください》

「大斧で頼む」


 表示されている俺のアバターの背中に、2ⅿ近い長さがある片刃の大斧が装備された。初期装備だからデザインとかイマイチだけど、武骨な印象もあって悪くない。


《初心者の斧を選択しました。<斧スキル>を取得しました》

「うん」


 俺は慣れた手つきで画面上のアバターを回転させ、自分好みの白虎人になったことを確認した。

 現実世界でも身長が高い俺は筋肉がつきにくい。正確には同じ筋力があっても、背の低い人と比べたときに、背が高い……骨が長い人はそれだけ見た目には反映されにくいんだ。確かに筋肉は嘘をつかないが、背の高い人間はなかなか見た目に反映されないのが辛い。

 しかし、アルステラの世界は違う。最初から筋骨隆々な種族を選べば好きなだけ大胸筋や上腕二頭筋、割れた腹筋等々、見て楽しむことができる。


《キャラクター作成、チュートリアルを終了しました。ログアウトしますか?》

「ああ、キャラクターIDをシステムメッセージに送信しておいてくれ」

《キャラクターIDをシステムメッセージに通知しました》


 作成したキャラクターIDをPUTのシステムメッセージとして送信するように指示し、俺はゲームを一旦、ログアウトした。





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