第6話 チュートリアル
機械精霊の案内に従ってチュートリアルを開始すると、すぐに視界が切り替わった。
目の前に鏡があり、その中にはさっき作ったアオイの姿がある。
《チュートリアルへようこそなのです。ここではアバターの動かし方、動き方に慣れてもらうため、基礎編、応用編、実践編の3種のプログラムを用意しているのです。基礎編から始めるのです?》
「基礎編というのは?」
《基礎編はXRDを使ったVR世界での身体の動かし方を学ぶのです》
VRゲームは仮想世界のキャラクターを動かし、跳んだり、走ったりしてプレイする。これに慣れていないとXRDを装着した状態でベッドやリクライニングしたゲーミングチェアの上で跳ねたり、走ったりしてしまうことがある。それを防ぐために、まずはゲーム内では実際の身体を動かす意識をしないよう、練習するところから始める……ということだと思う。
「応用編というのは?」
《ゲーム内では立体的な動きができるようになるのです。ここではそのための身体操作を覚えるのです》
「壁とか駆けあがったり、空を飛んだりする感じなのかな?」
《将来的に覚えられる魔法やスキルに関係することですので具体的なことは控えるのです。でも、概ねそのようなことだと考えれば合っているのです》
「わかったわ。実践編はMOBと戦う感じ、ってことでいいのかな?」
《職業に応じた戦闘訓練だと思うといいのです》
「了解、じゃあ念のため基礎編からお願いするわ」
《チュートリアル基礎編を開始するのです。よろしいのです?》
「お願いします」
チュートリアル基礎編が始まった。鏡が消え、ゲーム内のフィールドのようなところに飛ばされ、歩く、走る、止まる、回る、跳ぶ……普通の動作から始まり、殴る、蹴る、避けるといった戦闘的な動作まで続けて練習させられた。
チュートリアル基礎編をクリアすると、視界の景色が変わった。気が付くと、目の前にまた鏡が設置されていた。
《以上で基礎編は終了なのです。受講報酬はゲーム内のメッセージでお送りするのです。続けて応用編を始めるのです?》
「お願いします」
返事をすると、今度は石が敷き詰められた舞台のようなところに移動させられた。
《まずは高くジャンプするところから始めるのです》
「こ、こう?」
チュートリアル応用編は、機械精霊から説明があったとおり立体的な動きが追加されたトレーニングだった。
高く跳び、着地する。側転、半回転ひねりを加えた側転、バク転、バク宙など、最初はアクロバティックな動きから始まった。
現実世界の自分ではできない動きなんだけど、アバターが機能として持っている能力をそのまま引き出すだけでできる。それに気づかずに現実世界ではできないからアバターでもできないと思い込んでしまうとできなくなってしまう。いかに先入観なくアバターのポテンシャルを引き出せるかどうかがVRゲームを楽しめるかどうかのポイントになるんだよね。
《ウォーミングアップはここまでなのです。ここからが楽しいのですよ》
「え、結構たいへんだったけど、先があるの?」
機械精霊の言葉に返事をしたが、有無を言わせず街の中に景色が変わった。
《そうなのです。壁を蹴り、柱を蹴ってこの狭い出口を通り抜け、その先で建物の間を飛び越えて窓から……》
機械精霊がどのようにするのか、ポリゴンを使って説明してくれた。これはもうパルクールだ。建物の間や階層を壁や僅かな足場を使って駆けあがるスポーツだね。
アバターにはこれができる能力が最初から備わっている。だから、それを余すことなく私が再現すればいいだけ。
「いくよ!」
機械精霊のお手本が終って、私は深呼吸してから走り出す。
壁を蹴って駆け登り、建物の二階や三階へと上る。建物と建物の間を飛び越え、狭い窓に両脚を伸ばして前屈した状態で突っ込み、着地して開いた扉を潜って廊下を走り、左右の壁を蹴って屋上へと上がる。公園の木に飛び移り、隣の木の枝に飛び移って、更に隣の枝へ。続いてまた木を飛び移って移動する。
最後は路地の突きあたりに辿り着くと、壁をのぼって城壁の上へあがってゴールだ。
現実世界の私には絶対にできないことだけど、ゲームシステムのアシストがあるせいか、スイスイとできてしまうのが何だかとても楽しい。
最後に、10m以上ある左右の壁を、交互に蹴って登るという課題をこなして終了した。
これはAGI値の低いキャラクターだったらクリアできないんじゃないかな。それくらい激しい動きなんだけど、どうなんだろう。まあ、私には関係ないか。
《おめでとうなのです。応用編も合格なのですよ。受講報酬はゲーム内のメッセージでお送りするのです》
「サンキュー」
2回目でクリアできた。1回目はルート確認と様子見だったから予定通りって感じだね。
ゲームの中での運動なので、特に心拍数が上がるだとか、疲れで力が入らなくなるようなこともないからかな、余計に楽しく感じたのだと思う。
再び鏡の前に戻ってきた。
そこに映るアオイは汗ひとつかくこともなく、人形のように冷たい表情で立っていた。
わざと笑顔を作ってみると、アバターであるアオイの表情が明らかに作った笑顔へと変わる。眉を八の字にして困った風な顔を意識して作ってみる。
他のゲームで経験しているせいか、そのあたりもちゃんとできるようになっていて少し安心した。
《最後に、実践編を始めるのです?》
「今、何時?」
《日本標準時で20時35分なのです》
サービス開始まであと25分しか残っていない。サービス開始後はログインしてから長く遊んでいたいから、トイレなどを済ませておきたい。
ついでに言えば、サービス開始時はアルステラを再起動しないとゲームサーバに接続できないから。どちらにしてもログアウトしないといけない。
「何分かかるのかな?」
《最短で約10分ていどなのです》
「じゃあ、お願いします」
画面が一瞬揺らぐと、私は闘技場のような場所に立っていた。
《実践編を始めるのです。武器を選択するのです》
視界の中にスカウター用の武器がずらりと表示された。
短槍、ナックル、ウィップなどがあるけれど、私が手に取ったのはこれ。
〈初心者のナイフ〉
刃渡り30センチ程度で、切る、刺すことを目的としたナイフ。
攻撃力+10。
すべて「初心者の」という名がつく武器で、攻撃力も似たようなものがほとんど。逆に中距離、長距離と離れて戦うものほど攻撃力が高く設定されている感じ。当たりにくいのかな。
《初心者のナイフを選択したのです。
チュートリアル実践編を開始するのです?》
「うん、お願い」
目の前に全身鎧姿の身長2メートルはありそうな大きな男性NPCと、魔法使いらしき格好をした女性NPC、神官職らしき格好の女性NPCが現れ、MOBを相手にした戦い方や、パーティ戦の立ち回りを教わった。
そして、10分が経過しようとする頃になって、男性NPCが私に向かって言った。
「おめでとう。チュートリアル実践編は終了だ。これはその記念品だ、受け取るといい」
「あ、ありがとう、ございます?」
鎧の中から汗の匂いが漂ってきそうだが、私は水晶が埋め込まれたシンプルなピアスを受け取った。
《冒険者のピアスを受け取ったのです。装備するのです?》
「あ、うん。お願いします」
既に耳には穴が開いているのか、何の抵抗もなくピアスが装着された。
《実践編終了の報酬は、ゲーム内メッセージでお送りするのです》
「了解っ!」
《間もなくサービス開始時間なのです。アルステラを終了するのです?》
「機械精霊さん、ゲームの中のアシストはしてもらえるの?」
《適宜、サポートするのです》
「じゃあ、ゲーム開始後もよろしくね。終了しちゃってください」
《アルステラを終了するのです》
ゲーム終了と共に、視界が私の部屋に変わった。私は慌てて起き上がると、トイレへと駆けこんだ。
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