第7話 最初の町・最初のクエスト

 サービス開始と共にログインした私は、アルステラの最初の町、ナツィオの門をくぐったところにいた。私の周囲には同じようにログインしてきたヒト族の男、熊人族の男、虎人族の男に、異様に胸の大きな兎人族の女などが次々と現れていて、完全に私を囲むようにして立っていた。

 意外にも私と同じように小さな種族でプレイする人が少ないのかも知れないとは思いつつ、たくさんの人に埋もれるようにして隠れてしまっている小さな人たちを探してみた。


「おいおい、このゲームってこんなガキが遊べんのかよ?」


 明らかに悪者顔をした虎人族のプレイヤーが不満げな声を上げた。その人を嘲るような視線はまっすぐに私を見つめていて、その言葉は明らかに私をバカにしていると思った。


「はあ? あんたなんなの?」


 少しカチンときた私は、男を睨み、言い返していた。

 だってさ、始まったばかりのゲームだというのに、この偉そうな態度はなに?

 もしかして、ベータテスターってヤツ?


 私よりも遥かに背が高く、筋肉質で強そうに見えるし、パラメータ的にHPの値や攻撃力は私が低いと思うけれど、今は共にレベル1。強さやレベルの高さで自分が偉いと思っているなら大きな勘違いだよね。


 私以外のプレイヤーはほとんどがヒト族、エルフ族に獣人たちだった。そのプレイヤーたちの視線が私と虎人族の男へと注がれる。

 その空気を変えたのは、豹人族の男だった。


「おい、やめとけ。正式サービスで新しい種族が増えただろうが」


 豹人族の男が、虎人族の肩を捕まえて話しかけた。

 確か、ハーフリングは正式サービスで追加された種族。豹人族も同じだったはず。


「なあ、この身長であのでかい魔物と戦えると思うか?」


 虎人族の男がたずねた。


「知らねえよ、それよりレベル上げにいくぞ」

「そういや、正式サービスで全リセットのやり直しだったな。とっととレベル上げに行くか」

「おうよ! 俺さ、ベータの最終日にいい狩場を見つけたんだぜ、行ってみるか?」

「そりゃ行くしかないだろう」


 再度、私のことを見下すような視線で見ると、虎人族と豹人族の男は門の外へと走って行った。

 あまりに気遣いのない言葉に唖然としていると、ログインしたばかりのプレイヤーたちは次々と虎人族の男を追うように町を出て行った。

 穴場みたいなの見つけたって大声で言ってるんだもの、そりゃみんなついて行っちゃうよね。「大男総身に知恵がまわりかね」って言うけど、ほんとだね。


 さて、かく言う私は何すればいいか全然わからなかった。とりあえず、虎人族の男について行く気はなかったから、人がログインしてスポーンしてくる場所から距離を置いた。


「そこのハーフリングのお嬢さん、困っているなら話を聞かないか?」


 背後から声を掛けられた。声の主を探して視線を向けると、そこには軽鎧を着て槍を持った人のよさそうな壮年の男が立っていた。


「なにか?」

「ああ、わしはこの町の門番をしているパウルという。見ない顔だし、お嬢さんは初めて来たのだろう?」

「ええ、まあ」

「だったら、冒険者ギルドと職業ギルドに登録をしておくといい。あと、この町にはポータルコアというのがある。ポータルコアに手を触れると、他の町から一瞬で移動できるようになる。他の町にもあるから、見つけたら必ず触れておくといいよ」


 パウルさんは話をしながら紙に何かを書いて、私に手渡した。


「これは依頼票だ。依頼を出した人が書き、達成したことを確認したら達成のサインをする。これを冒険者ギルドに提出すれば、依頼達成と認められるんだ」


《クエスト「門番パウルの初心者指導」を自動受注したのです》


  クエスト番号:001

  クエスト種別:サブクエスト

  クエスト名:門番パウルの初心者指導

  発注者:パウル

  報告先:パウル

  内 容:冒険者ギルドに登録

      職業ギルドに登録

      ポータルコアを登録。

  報 酬:経験値25×2 100リーネ レザーキャップ


 機械精霊の声が頭の中に響き、目の前に受けたクエストの内容が表示された。


(あ、この人はNPCなんだ……)


 私もアルステラを始める前にあるていどの情報は収集していた。ベータ版ではクエストはほとんど実装されていなかったんだっけ。


《正式サービスから各種クエストが実装されているのです。実装されたクエストは、メインクエスト、サブクエスト、職業クエスト等の種類があるのです。メインクエスト、サブクエストは成果が冒険者ギルドに反映され、ギルドランクに影響するのです。職業クエストは、装備や新たなスキル、魔法などを手に入れることができるのです》


 私の考えを見透かすように機械精霊がクエストのことについて説明してくれた。


 町の外に出てもベータテスターたちが偉そうにしているなら、ウザイもんね。とりあえずクエストをしよう。


 私は、NPCのパウルさんに冒険者ギルド、職業ギルドの場所と、ポータルコアの場所を確認し、礼を言ってから歩き出した。


《町のマップを開いたのです。正面にある広場の中心にポータルコアがあるのです。その向こう側に立つ建物が冒険者ギルドなのですよ》


 私は機械精霊の案内に従って、まずはポータルコアのある広場に入った。広場中央には青白く光る物体が見える。


(あれがポータルコアかな?)

《はい、ポータルコアなのですよ。触れようとするだけで登録できるのです》


 機械精霊の言うとおりにしようと、私はポータルコアに近づいた。

 ポータルコアは高さ3メートルくらい。チェスのポーンのような形をしていて、何かが内部で共鳴しあっているかのような音を立てていた。

 私は機械精霊が言っていたように、ポータルコアへと手を差し伸ばした。すると、私の気持ちを察したように、ポータルコアから何本もの細かい糸のようなものが伸びてきて、私の指先に絡みついた。

 延びてくる光る糸が触手のようで気持ち悪いんだけど、包み込まれているとポカポカと暖かい感じがしてとても心地よかった。

 光の糸は薄く私の全身を包み込むと、すぐに消えてなくなった。


《ナツィオのポータルコアを座標登録したのです。

 都市移動スキル<テレポ>を習得したのです。

 クエスト「門番パウルの初心者指導」が進行したのですよ》

(都市間移動の短縮ができるスキルなのね。素敵だわ)

《今後は市街地、フィールドで使用すると希望するポータルコアの前に瞬間移動することができるのです。ダンジョン内では使用できないのですよ》

(へえ、ダンジョンがあるんだ……って、次は冒険者ギルドね。あれかな?)


 ポータルコアの向こう側、石畳で舗装された道路の先に一際大きな建物が見えた。マップに表示された目印と、その建物が一致することを確認すると、私は冒険者ギルドへと足を向けた。


 冒険者ギルドの建物は周囲の中で目立つくらいには大きかった。

 大きめのスイングドアを押し開いて中に入ると、昼間だというのに酒を飲むいかついヒト族の男たちに、楽しそうに踊る女冒険者、料理を頬張って幸せそうな顔をしているハーフリングらしき人、そのハーフリングに説教をしている髭モジャのドワーフ……大勢の人がそこで騒いでいた。どうやら、一階の一部は酒場になっているらしい。

 隙間だらけのスイングドアを開けた瞬間に喧噪に包まれたところを見ると、かなり気合の入った防音処理――魔法なのかもしれないけど――が施されているみたいね。

 気をとりなおして正面を見ると、受付らしきカウンターがあって、女性が退屈そうに肘をついて立っていた。私はすぐに簡易鑑定をかけた。


  名前:リジー

  種族:ヒト

  職業:冒険者ギルド ナツィオ支所職員(受付)


 どうやら、受付係のNPCで間違いないようだった。


「すみません、冒険者登録をお願いします」

「あっ、はい、ごめんなさい。冒険者登録ですね。こちらを記入してください」


 私が120㎝近くあるカウンター越しに声をかけたものだから、リジーはとても驚いたような顔をした。私は目から上しか出ていないので、驚かれるのも仕方がないよね。

 受け取った登録用紙には名前、年齢、誕生日、職業しか書くところがなかった。まあ、ゲームのプレイヤーなんだから、出身地「東京」とか書いても意味がないよね。機械精霊の話だと有料アイテムで変更できるっていうんだから、種族を申告する意味もないし。


「書いてもらっている間にギルドの説明をしますね。冒険者ギルドはランク制度がありまして、最初は皆さんEランクからのスタートになります。その後、クエストへの貢献度に応じてD、C、B、Aとランクが上がります。ランクが上がれば、様々な特典が受けられますよ。あ、書きあがりましたか?」


 私は書きあがった登録用紙をリジーに渡した。受け取ったリジーは登録用紙に目を通すと、何やら機械のようなものを取り出した。


「ここに水晶玉がありますよね。ここに手を載せてもらっていいですか」


 私はリジーに言われたとおり、水晶玉の上に手をのせた。

 水晶玉の上に手を載せると、どういう仕組みなのかはわからないけど、水晶玉がぼんやりと光り、すぐに消えた。


(なんで光ったのかな?)

《冒険者カードを発行するため、アオイの魔力を記録したのですよ》

(へえ、そうなんだ)


 と返事をしたものの、私にはよく理解できていない。あくまでもVRの世界設定なんだけど、現実世界の科学的思考がどうしても邪魔してくる。


 リジーがボタンらしきものを押すと、その機械から赤銅色のカードが出てきた。手に取ったカードの内容を確認し、リジーが私にそれを手渡す。


「はい、お待たせしました。Eランクのギルドカードです」


《クエスト001が進行したのです》


 私がカードを受け取ると、飛び回る機械精霊の嬉しそうな声がした。








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