幕間 ある虎人族プレイヤーの1日(3)
静寂の森に続く街道入口には大勢のプレイヤーが集まっていた。俺たちと同じで、魔物を倒してレベルを上げながら静寂の森のエリアボスを倒しに来た奴らばかりだ。
「おい、カケル。あれはなんだと思う?」
ツキカゲに言われて視線を上げると、街道入口の近くに人だかりができていた。アルステラはプレイヤー同士であっても身体に触ることができず、すり抜ける仕様になっている。だから、大勢集まるとそこに人が重なって見える。
「プレイヤー同士のトラブルじゃねえか?」
「いや、そうでもなさそうだ。ちょっと見て来るわ」
「おう、なんかわかったらパーティトークで話してくれ」
「了解!」
立ち上がったツキカゲが人だかりの方へと走って行った。
今日からサービス開始だというのに、既にアルステラの攻略サイトのようなものを作っている情報屋らしきプレイヤーが先ほどからうろついていた。だが、メインクエストを受ける方法は未だに明らかになっていないらしい。
溜息をついてパーティメンバーであるKurullinやRiddleへと目を向けると、同じように疲れた顔をしていた。
5時間近くかけて数えきれないほどの魔物を一緒に倒してきて、メインクエストを受けていないから先に進めない状態。しかもメインクエストの発生条件がわからないまま1時間もここで待っているわけだ。日本時間の21時からプレイ開始して、現実の方では既に4月30日の3時。眠くもなってくる。
『Riddle、寝るなよ。寝たら強制ログアウトだからな』
俺は眠そうにしているRiddleに声をかけた。眠気が一定以上になるとバイタルアラートが出てしまうからだ。
『おう、わかってる。わかってる』
『Riddleはどこからアクセスしているんだ?』
『わたしはグレートブリテンからアクセスしています』
『わたしは中国からアクセスしています』
自動翻訳機能付きというのは便利でいい。外国人と違和感なく自国語で話ができるんだから、これほど便利なことはない。
『俺とツキカゲは日本からだ。こっちの時間は夜の3時だぜ。眠いのはこっちの方なんだから、我慢してくれよな』
『わかってる、わかってるよ。でも、アルステラがはじまるとおもったらきのうからねむれなかったんだ』
『こうふんするきもち、よくわかる』
まあ、俺たちは夜中になってからスタートだから前日はぐっすりだ。逆に正午からプレイできるとなると前の日から眠れないってのもわからなくはないかも知れない。
『おい、どうやらメインクエストを発生させたプレイヤーが見つかったみたいだ』
『なんだって!?』
『その人、なんて言ってるの?』
『俺たちは、どうすればいいんだ?』
ツキカゲの言葉に俺たちの眠気が吹っ飛んだ。知らずに俺は立ちあがってツキカゲがいる集団の方へと歩きだしていた。KurullinやRiddleも同じだ。よほど気が逸っているんだろう。
『あ、カケルはこっちに来るな。ちょっと相手が悪い』
『え、なんだよ。どういう意味だ?』
『町でお前が喧嘩を売っていた小さい女の子がいただろ?』
『おい、俺は喧嘩なんて売ったつもりはないぞ。心配してやったんだ』
『カケルがどう思ったかじゃない、相手がどう受け取ったかが大事なんだよ。で、あの小さい女の子がメインクエストを発生させた最初のプレイヤーだ。お前が来るとややこしくなるからそこで待ってろ』
『ねえ、女の子に向かってなんて言ったの?』
『カケルは、チビがこのゲームでプレイできるわけがないって言ったんだよ』
『バトルウルフは3ⅿもあるんだぜ、あんな150㎝もない子どもキャラで勝てるわけがないじゃないか』
『あの子、チュートリアルを全部クリアしたらしい』
『おお神よ! あの応用編をクリアするなんて、信じられない!!』
Riddleがすごく興奮してる。あ、Kurullinは口を開けたまま呆然としてるよ。
『チュートリアルってそんなに難しいのか?』
『なんだ、カケルはやってないのか? チュートリアルは基礎編、応用編、実践編がある。基礎編はVR慣れするためのものだけどな、応用編はオリンピックの体操選手だとか、パルクール選手のような動きが入って来て脱落者しかいないと言われてる』
『天才だ』
『Kurullin、その子に会いたい。友だちになりたい!』
『ああ、見かけたら声を掛ければいいんじゃないかな。140㎝くらいのハーフリングで、ビギナーシャツに茶色の皮の胸当て、キュロットスカートを履いてる。あれが報酬らしい。革のブーツやグローブも着けているからすぐわかるだろう』
『ありがとね、ツキカゲさん』
『で、今まとめに入っている。町で9つのクエストを完了すると冒険者ランクがDになって、メインクエストが発生するらしい。最初はパウルという門番からクエストを受けるらしいぞ』
『わかった。合流して皆で町に戻ろう』
『オッケー』
『了解!』
『お、おう……』
あの門の前にいたチビで、人形みたいに可愛い女の子が現在トップってことか。もし、あの時の言葉で怒らせていたなら謝らないとな。
いや、俺は心配してやったんだ。感謝されることはあっても、謝る必要なんてないな。
気が付けば他のプレイヤーたちがどんどん町の方へと走り出している。
少し離れたところから見ていると、確かにそこには前下がりボブの髪型をした少女が見えた。誰よりも冒険者らしい装備を身体に纏っていた。
『おい、いつまでボケッとしてんだよ。行くぞ、ほら』
ツキカゲに何度も声をかけられ、俺はようやく町に向かって走り出した。
30分掛けて町に戻ると早速、門番をしているパウルというNPCに声を掛けた。
「なんだ、あんたら何も話を聞こうとせずに街を出て行っただろう。説明は要らんのかと思ってたわい」
「いや、すまんがそこにいることに気付かなかったんだ」
「まあいい。最初は町の広場にあるポータルコアに触れること。冒険者ギルドと職業ギルドに登録することだ。依頼の形にしてやるから、あとで俺のところに持ってくるといい。冒険者ギルドで実績として数えてくれるからな」
「おう、ありがとうよ」
視界で飛び回っている機械精霊がクエストの受注完了を教えてくれた。
俺はまず冒険者ギルドへと向かった。
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