第21話 エレナの両親

 周囲に集まっていたフォレストウルフたちが森の奥へと消えていく。

 本当にバトルウルフを倒せば森に静寂が戻ってきたよ。


「こ、これは宝箱?」


 バトルウルフが消えた場所に、豪華な装飾がついた銀色の大きな箱が置いてあることに気が付いた。エリアボスに該当する魔物を倒したのだから、討伐報酬というやつなのかもしれないね。


(ナビちゃん、<罠察知>)

《罠はありません》

(ありがとう)


 宝箱に罠がないとわかり、私はワクワクしながら宝箱を開けた。


《戦狼の牙刀を入手しました》


 中には刃長40cmほどもある白銀色のナイフが入っていた。

 ブレード部分には疾駆する狼の意匠が彫り込まれていて、見るからに格好よくて、間違いなく良いものだよね。


 ドロップアイテムも手に入れたし、これで一安心だね。


「口調、戻していいよ」

《了解したのです。口調を戻したのですっ!》


 ナビちゃんの声を聞いた私は一気に緊張の糸が解けた。


「はああ、どう考えてもパーティプレイ推奨だよね、これ……」


 20分、いや30分ほど掛かったかな。なかなか苦しい戦いだったと思う。

 まだまだ序盤だからバトルウルフが魔法を使うなんてこともないので勝てた感じかもね。


 これがファイターとアタッカー、ウィザード、ヒーラーの理想的な4人パーティならどうだろう。

 ファイターがヘイトを集め、噛みつきや前脚での攻撃を防ぐ。その間にアタッカーやウィザードが火力の高い攻撃でHPを削る。残りHP50%で呼ばれる5頭のフォレストウルフも、それぞれが分担すれば楽に倒せるだろう。その間、バトルウルフは休憩しているわけだからね。


《確かに、パーティプレイが推奨されるのです。でも、ソロプレイもできる程度に調整されているのですよ》

(これで調整済みなの?)

《そうなのです、そのために初級治療薬などをクエストで貰えるようになっているのです》

(それはそうだろうけど……)


 治療薬を使うことが前提の攻略なんて、無謀が過ぎる気がする。

 私は使わなかったけどね。


《パーティプレイの場合、2人だと経験値は50%で報酬も半分になるのです、3人だと経験値が65%で報酬は3分の1、4人だと80%で報酬は4分の1になるのですよ》

(まあ、そう考えるとソロの方がお得よね)

《でも4人で戦うぶん、殲滅速度は早くなるのです。アオイは早く魔法を覚えるのです。魔法を組合せれば楽になるのですよ》

(魔道具屋に売っていたのは生活魔法しかなかったじゃない)

《次の町、グラーノで買えるのです》

(じゃあ、早く報告してグラーノに向かいましょうか)


 ナビちゃんの声で気が抜けた私だったが、少し会話をすることで気が楽になった。


《バイタルアラートなのです》

(ありがとう)


 バイタルアラートは、現実の身体の方に何かのサインが出た時にメタバース内に知らせる仕組みのこと。

 血糖値の低下、喉の渇き、便意などをXRDが読み取ってプレイヤーに知らせるようになっている。

 個人差があるんだけど、だいたい10分ていどの余裕をみて知らせてくれるようになっている。


 先にオスカーさんのところに行って報告をしてからにしよう。報告が終ればテレポで町に戻ればいいからね。


 私はフォレストウルフがいなくなった街道を走り、幽寂の祠に急いだ。


 商人たちが集まる場所に到着すると、オスカーさんが出てきてくれた。


「オスカーさん、無事バトルウルフを討伐しましたよ」

「おおっ、流石Dランクの冒険者だと言いたいところだけど、証明できるものってありますか?」

「これでいいですか?」


 私はインベントリから巨大なバトルウルフの毛皮と、長い牙、爪を取り出してみせた。


「この大きさはバトルウルフに間違いないね。それに素晴らしく状態のいい爪と牙だ」

《メインクエスト「バトルウルフを討伐せよ!」が進んだのです。ナツィオの冒険者ギルドで報告するのです》


 オスカーさんがとても感心した様子でドロップアイテムを確認している。

 私は全部の攻撃を避けていたから、盾や武器で爪と牙を削るようなことをしていない。逆に毛皮の方は右脇腹と首のあたりがボロボロだと思うけど。


「毛皮も素晴らしい。これは町に戻ったら私に売ってくれないか?」

「そうですね、ギルドに報告を済ませてからでよければ」

「では、我々も町に戻ることにします。そうだ、先ほどアオイさんがわけてくれた初級治療薬を使った商人がお礼を言いたいそうです」


 と言って、オスカーさんが奥にいる夫婦らしき2人に声を掛けに行った。

 2人はオスカーさんと入れ替わるように私の前にやってきた。


「先ほどは治療薬をいただき、ありがとうございます。ご覧のとおり傷も癒えて元気になりました」

「いえいえ、薬で傷が治っても失った血は戻ってきませんからね。しっかり休んでくださいね」

「ありがとうございます。私はナツィオで道具屋をやっているマルチン、こちらは妻のシベルです。町に戻ったら必ずお礼をさせていただきます」


 ――ん? マルチンとシベル? ああ……


「エレナちゃんのご両親ですね。エレナちゃんからご両親を探してきて欲しいといわれていたんです。2人ともお元気になられてよかったです」

「え、エレナはどうしていました? 予定よりも遅くなって食べるモノにも困っているんじゃないかと話していたんです」

「ああ、うん。今日、冒険者ギルドでパン粥を食べていたから大丈夫じゃないかな?」

「そ、それはアオイさんがお代を?」

「まあ、そうなりますね……」

「も、申し訳ありません。治療薬を下さっただけでなく、娘の頼みを聞いて探しにいらしていただき、更に娘に食事まで……お金で解決しようとしていた自分が情けない。とはいえ……そうだ、これを受け取ってください」


《条件発生型クエスト「両親を探して!」を達成しました。

 3,000リーネを入手しました。

 冒険者手帳を入手しました》


「あ、ありがとうございます」


 私は少し戸惑いながらお礼を言った。だって、こんな形でクエストをクリアするなんて思ってなかったからね。町に戻ってエレナちゃんと再会したときに報酬が貰えると思っていたもの。


 冒険者手帳ってなんだろうね。まあ、それもこれも全部後回しにして、一旦はナツィオに戻りましょう。


《バイタルアラートなのです》

(うん、町に戻ってからログアウトするね。ナツィオの町に<テレポ>をお願い)


 視界が揺らぐと、次の瞬間にはナツィオのポータルコアの前に私は立っていた。


(ナビちゃん、ログアウトお願いします)

《ログアウトします》


 AR表示に切り替わるのを待って、私はトイレに駆け込んだ。


 XRDをつかったメタバースの中にいる間でも、ちゃんと排泄に関する身体のサインは意識の中で感じるんだよね。だから、ログアウトする頃にはかなりトイレに行きたいと思っていたんだ。







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