第3話 アルステラ Ver1.0――優渥なるアポストル
「お先に失礼します」
定刻の18時になり、私は職場の皆に向かって帰宅の挨拶をした。電話応対をしている人や、オンライン会議をしている人は手を振り、他の仲間たちは労いの言葉で帰宅する私に声をかけてくれる。
「
「
「良い連休を!」
……
「おつかれさん」
それぞれに違う返事を耳にして立ち上がると、私は皆に向かってお辞儀をし、オフィスの扉を開けた。
《仮想オフィスからログアウトします。よろしいですか?》
視界の中央に確認メッセージが表示された。
遠隔で会社に接続して仕事をするテレワークという仕組みは既に
仮想オフィスが私たちにもたらす恩恵は「通勤」という無駄な時間の排除。その結果、私たちは余暇を好きなことに費やすことができる。
アバターの指先で【YES】を選択すると、視界がゆっくりと緑色に塗りつぶされていく。
《仮想オフィスからログアウトしました。5秒後にAR表示に変わります》
視界に表示された文字を機械的な女性の声が読み上げると、緑だった私の視界はゆっくりと白一色に塗りつぶされた壁や天井の景色へと変わった。
ここは私が暮らす部屋。
リクライニングモードにしていたゲーミングチェアから身体を起こすと、ダークブラウンの床に、同色のベッドとソファ、テーブル等が視界に映る。他に目立つものといえば、運動不足解消のためのスピンバイクくらいしかない。ぬいぐるみや置物なんかもない殺風景な雰囲気は、他の人からすれば女の子の部屋という感じはしないかもしれない。でも、私はシンプルモダンな雰囲気が好きなので、この部屋をとても気に入っている。
《新しいメッセージが4件届いています》
現実世界に戻った私の脳内で、届いていたメッセージ通知が機械的な女性の音声で読み上げられていく。
通知を読み上げているのは、PUT(Personal Universal Terminal)と呼ばれる端末で、スマートフォンがあらゆる機能を兼ね備えた万能端末へと進化したもの。音声は、PUTにXRD(Extended Reality Device)を接続することで脳内に直接聞こえてくるようになる。
《CONNECT社からメッセージが届いています。件名、『アルステラ――
《システムメッセージ、『アルステラ――優渥なるアポストル』のダウンロードを開始しました》
アルステラはXRDと連動して仮想空間で遊ぶことができる最新型のVRMMORPGゲーム。全世界のプレイヤーが1つの仮想世界でプレイする仕組みになっていて、自動翻訳機能、自動負荷分散機能等の最先端技術が組み込まれているらしい。1年も前から各種のメディアで広告が展開され、事前購入者は既に1億人を突破して話題になっている。サービス開始は協定世界標準時の4月28日木曜日の12時。日本標準時間で今日の21時だ。
《CONNECT社からメッセージが届いています。件名、キャラクター事前登録開始のお知らせ》
《システムメッセージ、『アルステラ――優渥なるアポストル』のダウンロード、インストールを完了しました》
私が仕事をしている間にゲームアプリケーションのダウンロードとインストールまで終了していた。
「コマンド、メッセージボックス」
私が右のこめかみに手をあてて口に出すと、AR機能を用いて視界中央にメッセージボックスの中身が一覧表示された。私が指を伸ばし、その中で確認したいメッセージを選ぶと、メッセージボックスから一枚の手紙が出る。
*
件名:キャラクター事前登録開始のお知らせ
送信元:アルステラ運営チーム
水無瀬 日葵 様
この度は、当社ゲームソフト 「アルステラ ――優渥なるアポストル」 のお買い上げ、ありがとうございます。
本サービスは4月28日(木)21時より開始の予定ではございますが、同日18時より事前のキャラクター作成機能とチュートリアル機能を解放いたします。
ぜひ、キャラクター作成とチュートリアルでゲーム開始までの時間をお楽しみください。
なお、サービス開始時にはゲームサーバとの接続のため、再起動が必要となります。お気をつけください。
*
メッセージを読み終えて【CLOSE】をタップすると手紙が消えた。
「コマンド、クロック」
再び右のこめかみに手をあてて呟くと、視界の中心に時計が表示された。18時を少し過ぎたくらいの時間だ。
「うわっ、時間ないや」
サービス開始まで3時間もないことに気付き、私は慌てて準備を始めた。
小一時間ほどで夕食とシャワーを済ませた私は、早速ゲーミングチェアに横になり、アルステラを起動した。
オープニングは
うわぁ、すごくワクワクするっ!
この世界の中に自分が今から入って、いろんな冒険をするのかと思うと、本当にワクワクが止まらない。最後の戦闘シーンなんかは鬼気迫る感じで思わず見入ってしまった。
3分ほどのオープニング動画が終わると、視界中央に―― call “dive” to start! ――の文字が浮かび上がった。
「dive!!」
私は少し興奮気味に、ログインのための合言葉を叫んでいた。
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