第32話 一匹狼

スピーダー一号機は快走している。俺の股間にはシュバルツの頭がある。

速度は二段階目で走っているが、既に馬車より速い速度だ。真っすぐの直線距離がしばらく続くはずなので、これなら最高速度の三段階目まで上げるか。

うーむ、最高の乗り心地だ。浮いてるから尻に衝撃がこないのが良い。二号機を作る時は後部座席も作ってシルビアさんをドライブに誘うのもいいかもしれないな。

あ、前方に馬車発見。ちょっと迂回して追い越すか。馬をびっくりさせないようにしないとな。

護衛の人に警戒されてた気がするけど問題ないだろう。俺は不審者ではない。

今日は一つ目の村は通り過ぎて二つ目の村で宿泊予定だ。影空間で一泊してもいいのだが、せっかくなので村の宿を楽しみたい。スピーダー一号機は影の中に入れておいた。盗まれる心配はない。

この村の宿屋も綺麗に掃除された清潔な部屋だ。それでいて良心的な価格。帰りもここに泊まろうかな。

夕食は川魚の塩焼きが出てきた。俺は魚より肉派なのだが、久しぶりの魚はうまかった。そういえば港町もあるんだったな。海の魚も食べたくなってきた。スキルスクロールの購入後は港町目指すかな。

晩酌は部屋で一人飲みだ。今日の酒は一段とうまく感じる。念願の一人旅が叶って、初日は順調な旅路だ。ようやくこの世界を自由に見て回れる。しかし、明日にはダンジョン都市:ダグエーテラのあるシルベスター伯爵領に入る。治安が悪いのはダンジョン都市だけでなく、伯爵領全体が良くないと聞いている。盗賊なども出てくるかもしれないし、気を引き締めなければならない。


翌日の道中、俺はオクスリビア子爵領の警備隊の方々に取り囲まれていた。

この先は伯爵領から盗賊が流れてくることが多いので、巡回警備しているそうだ。道中は十分気をつけるようにと警告された。決して俺が不審者だったから止められたわけではないはずだ。


しばらく進み、そろそろ伯爵領に入ったかな、と考えていると街道横から木が倒れてきた。

盗賊か!道を塞ぎやがった!

まずい、最高速度で走っていたからブレーキは間に合わない!緊急回避魔道具を起動して飛び越えるしか無い!

倒れた木の後ろから男が立ち上がった。

「おい!止まれ!身ぐるみ置いtガッ・・・」

バキッ!と顔面にスピーダー一号機が直撃して男は倒れた。

あああああ!!!人を轢いてしまったあああ!!!!

だって高度上げて木を飛び越えようとしたタイミングで、あの人立ち上がるんだもん!避けれないよ!

ちらっと後ろを見ると轢かれた人は動いていた。良かった、死んではいないようだ。しかし、どうしようか。人身事故だぞ。事故現場から動いたらいけないのでは。でもあれはどうみても盗賊だよね。とりあえず次の村の詰め所で正直に報告しよう。


村の詰め所でさっき起こったことをありのまま話した。街道に急に木が倒れてきたこと。盗賊と思われる十人くらいの集団だったこと。魔道具の乗り物がぶつかったことを説明した。スピーダー一号機の前面部分の凹んでる所を見せて、ここが盗賊と思われる人の顔面に当たってしまいました、と正直に自首した。

情報感謝します、とだけ言われて俺は無罪放免になった。

今日はもっと先まで進む予定だったが、そんな気分にはなれなかった。スピーダー一号機は魔道具部分の損傷はなかったので、凹んだ部分だけ直した。ついでに前面部分は少し補強しておいた。


その後は早めに宿をとって部屋に引きこもった。


人を轢いてしまった。危うく俺は人殺しをするところだった。相手は犯罪者だと分かっていても人を殺すのは駄目だ。いや、この世界の住人は生きるために殺すのだ。それを仕事にしている人たちだっている。冒険者や警備隊の人たちが犯罪者を殺してくれるから平和に暮らせるんだ。分かってるんだ。でも俺は人殺しをしたら駄目な気がする。俺が俺ではなくなってしまう気がする。さんざん魔物や動物を殺しておいて何を、とも思うが何か駄目な気がする。狩りは食うために、人間の生存圏を守るためにとあっさりと割り切れたのだが・・・。

精神耐性スキルがあれば人殺ししても何ともないぜ!ヒャッハー!みたいなことは俺にはできそうにない。

これまで冒険者ギルドに登録しようと思ったことは何度もある。高ランクの冒険者の人たちは格好良かった。憧れた。しかし、依頼掲示板に盗賊退治の依頼があるのを見ると俺には冒険者は無理だと思った。賞金首の張り紙の『生死問わず』の文字を見ると、ぞっとした。

この世界に来てから数ヶ月過ごして、生活も慣れてきていた。この世界に順応できたつもりだった。

でもやっぱり俺はこの世界の住人にはなりきれていなかった。

俺はこの世界の異分子なのだ。

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翌日も宿屋に引きこもってゴロゴロしていた。

シュバルツも何も言わずに影の中でゴロゴロしていた。退屈ではないのだろうか?

『なあ、シュバルツ。お前は退屈ではないのか?』

『影の中ほど心安らぐ場はないですよ。』

『そうなのか。俺も今日は影の中で過ごしてみるかな。今日は何もする気が起きないんだよ。』

『ああ。分かりますよ、その気持ち。意味もなく影の中でずっとゴロゴロしていたことが私もありますよ。』

『お前のはただ怠けてるだけだろう。それに影の中でゴロゴロしてるのはいつものことじゃないか。』

『影の中は誰にも干渉されない無の空間。落ち着くのですよ。』

『じゃあなんで俺と契約したんだよ。干渉されない空間に俺が入ってくるぞ。』

『主殿も影の一部のようなものですよ。私もですけどね。』

『影の一部?霊獣様の言うことはよく分からんな。』

『あなたも立派な一匹狼ということですよ。』

『ますます意味が分からんぞ。宇宙人と会話してるのか俺は。』

『群れを成すことでしか力を発揮しない人間とは思えないほどの、一匹狼の素養の高さを感じたのですよ。』

『なんじゃその素養は・・・。ああ、同じ空間に一匹狼が何匹いても結局みんな一匹ということか。』

『そうなのですよ。昨日の盗賊というのも醜い群れなのです。我々のような一匹狼こそが気高い存在なのですよ。』

『フフン。面白いことを言うじゃないか。そうだな、俺たちは一匹狼だ。この世界の住人に合わせる必要もないか。』

『はい。主殿は主殿のままで良いのです。』

『よし、ダンジョン都市行くか。でも明日からにしよう。今日は影の中でゴロゴロしていよう。』

『どうぞご自由に。一匹狼なのですから。』

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