第29話 屋台メニュー開発

俺は宿屋でシュバルツを眺めながら悩んでいた。

こいつに名前をつけた時もそうだったのだが、黒ビールを飲みたくなってきた。この世界では食文化はそこそこ発展しているようだが、酒の種類が少ない気がする。街の酒場で見るのは大体エール・ワイン・蜂蜜酒なのだ。蒸留酒も存在はしているらしいが、街ではまだ見たことがない。

俺がいつも飲んでいるのは、無限物資の飲み慣れた普通の缶ビールだ。これは毎日飲んでも飽きないお気に入りのビールなのだが、たまには気分を変えて違うものも飲みたくなる。シュバルツの顔を見る度に黒ビールを思い出してしまう。黒エールなら醸造所の人なら作れるかもしれない。しかし、俺はエールよりビール派なのだ。何とかして黒ビールを作ることはできないだろうか。いや、黒ビールを作る前に普通のビールをまず作れるようになる必要がある。俺の持っているビールをエール醸造所に持っていって研究してもらうか。まずは俺の思い出せる限りのビールの製造知識を企画書としてまとめることにしよう。

エールとビールは発酵の仕方が違うのだ。エール酵母とラガー酵母だったか・・・発酵時の温度や発酵期間・熟成期間の違いだな。

思い出しながら分かる範囲でまとめてみた。

アルコール度数一%未満だが手作りビールを作ったことがある。その時の経験も書いておくか。でもあれはビールの素となるモルトエキスが缶詰になって最初から出来上がってるんだよな。麦芽から作ったことはないからなあ。そこは本職の人たちに任せるとするか。大事なのは発酵させる温度と時間だろう。この世界のエールは大体酸味が強かった。あれは発酵時の温度が高すぎるからだと思う。発酵時の温度を低くして発酵期間を長くして試して欲しいと書いておいた。黒エール・黒ビールは麦芽を焙煎して焦がしたものを1割ほど混ぜて試すようにとも書いておいた。


よし、この企画書をフィデルさんに持っていって醸造所を紹介してもらおう。

フィデルさんのお店に到着だ。シュバルツをお店の人たちに紹介しておいた。シルビアさんがシュバルツを撫でている。美人と動物って絵になるよね。でもシュバルツが怯えてるように見えるのは気のせいだろうか。

応接室でフィデルさんと向かい合い、俺がどうしても黒ビールを飲みたいと熱い情熱を込めて事情を説明する。企画書を提出してどこかのエール醸造所を紹介してもらえないかと頼んでみた。

「分かりました。この企画は我がローレンス商会が責任を持って実行いたしましょう。」

そういって企画書とサンプルの缶ビールを持ってどこかに行ってしまった。

醸造所を紹介してくれるだけで良かったのだが、どうやらローレンス商会に新しく酒造部門が設立されてしまったようだ。まあ、後は任せて俺好みのスッキリしたキレのある苦味が楽しめる黒ビールが出来上がるのを期待して待つとしよう。


シュバルツを迎えに行くとシルビアさんにブラッシングされていた。ワイルドボアの毛を使った最高級のブラシなんですよといつもの素晴らしい笑顔で勧められた。もちろん買った。

ところでこの新しいローレンス商会本店なのだが、以前から気になっていたことがある。一画に何もないスペースがあるのだ。しかも結構広い。シルビアさんに聞いてみることにした。

「以前から気になっていたのですが、あの広いスペースはなんでしょうか?」

「ああ、あれはですね。商会長が店内にイートインスペースを作って飲食事業もやりたい、と言い出して確保されているスペースなのですよ。人手不足で全く進行する気配のない企画ですが。」

「ほお~。飲食事業まで手を出されるのですか。そういえばさっきは酒造部門が設立されていましたよ。酒場にでもするんですかね?」

ハハハと俺が笑っていたのだが、シルビアさんは溜め息をついていた。

「あの方は野心が大きいのは結構なのですが、計画性がないんですよね。それに飲食事業の足がかりとして、今度の領都祭で屋台出店するからメニューを考えるようにと言われているんです。」

「おお、祭りがあるんですか。楽しみですね。先日は肉祭り状態でしたからメニューは肉以外が良いでしょうね。」

「よろしければルノさんも一緒にメニューを考えて頂けませんか?」

「分かりました。私に任せてください。」

あああああ!面倒事を引き受けてしまったああああああ!!!

シルビアさんにお願いされると断れないよね。気付いたら即答で引き受けてしまってたわ。


市場を歩きながら何を作ればいいのかと悩む。祭りの屋台で真っ先に思いついたのはたこ焼きだった。しかし、オクスリビア子爵領は内陸で海産物はなかなか手に入らない。それにソースも作るのは無理だと思う。だが、たこ焼き器は多分作れる。鉄板を買ってきて金属魔法で変形させれば良い。手に入るもので似たような物を作るか。トマトがあるからタコの代わりに使うか。トマトとくればチーズだ。ソースの代わりにチーズにしよう。とりあえず試作だな。


たこ焼き器はとりあえず形にはなった。多分大丈夫だと思う。しかし、通常の火の魔道具では駄目そうな気がする。火の通りが均一にならないだろう。火力も足りない。専用の火の魔道具を作ることにした。火の魔道具に作り変えた魔結晶を複数配置したので燃費は悪いかもしれないが、試作用なので気にしないことにする。

小麦粉・水・卵・オリーブオイルを混ぜてみる。いい感じの状態になったところで分量をメモしておいた。熱しておいたたこ焼き器に流し入れて、丁度良いサイズにカットしたトマトを入れてみた。焼いていると学生時代に文化祭でたこ焼きを焼いたのを思い出すな。彼氏彼女がいる連中はみんな出払ってしまって、残った者でなんとかしようとした。しかし、残った者がみんなすごい不器用な奴ばかりで、まともにたこ焼きを焼けるのが俺だけだった。俺は頑張った。決して嫌ではなかった。なぜなら俺の前には行列ができていたからだ。俺の焼いたたこ焼きを待っている人がいるんだと思うと、すごくやりがいを感じた。結局文化祭が終わるまで俺はたこ焼きを焼き続けた。そして今!その実力を見せてやろうじゃないか!

焼き上がったたこ焼きを串でひっくり返していく。

うむ、十年近いブランクを感じさせない完璧な動きだった。俺の青春は無駄ではなかったのだ。

そして焼き上がったたこ焼きもどきにチーズをかけて食す。

うん、微妙だな。少なくともおいしくはない。しかし、作っている間に思い出したのだ。以前食べたフォレストバードとトマトソースのピザだ。あれをたこ焼きの形にすればいいのだ。

肉は今回は封印するつもりだったが、やはり肉は正義だ。あったほうがいいに決まってる。マジックバッグからフォレストバードの肉を取り出す。トマトは潰して煮詰めて即席のトマトソースにする。裏ごしとかは面倒なので今回はやらない。試作だからね。本番ではトマトソースは既製品を買えば良いのだ。生地を焼き直して焼いたフォレストバードの肉をタコ代わりに入れる。焼き上がったらトマトソースとチーズをのせる。

うむ、トマトソースで色合いも美しくなった。いざ実食。うん、いける。これはうまい。生地か、肉に味を付けた方がいいかもしれないが、そこはローレンス商会の方々に考えてもらおう。

そうだ、ベビーカステラもこれで作ってみるか。砂糖は高いからなしだな。小麦粉・蜂蜜・卵・牛乳で適当に作って焼いてみる。うん、悪くないね。本番はこれにカットしたフルーツを放り込んでやろう。

明日早速見てもらいに行こう。シルビアさん喜んでくれるかな。


オリーブオイルはあんまり使わないから結構余ったな。これでたこ焼き器アヒージョにするか。一口サイズのカマンベールチーズとトマトとフォレストバードを準備。うむ、いいつまみになるな。ビールがすすむぞ。たこ焼き器作って良かったな。

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