第39話 新たな刺客
20分ほど走っただろうか。大通りに出て人並みに紛れ、普通に歩くことにした。あまり走り続けてても目立つ。夜遅くなっても、飲みに出掛ける人は絶えない。
あのマンションから遠かったのだが、周りには神経を張り巡らせた。
思い出しただけでも吐きそうだ。あのマンションから少しでも離れたい気持ちで、足が早歩きになってしまう。他の2人も同じようだ。
少し歩き息を整えると、さっきダンゴムシが何かを拾ったのを思い出した。俺は、そういう現場から物を取ってくるのはマズいのではないか、とダンゴムシを咎めた。
「あれは違う」
「何が違うんですか。ああいう現場に何か落とすも取ってくるのも、警察の捜査なんかで足がついちゃうんじゃないですか」
「これは、俺たちへのメッセージだ」
ダンゴムシはクシャクシャに丸まったものをポケットから出した。それは封筒だった。端に血の飛沫が付いていた。
「俺たちへ?なんで?」
ダンゴムシは歩きながら太腿に封筒を当て、シワを伸ばし、封筒を俺に見せてきた。
封筒には普通なら宛名を書く場所に『GESBK』とプリントされていた。『GESBK』とは先代の澤村の時代に表向き探偵事務所として出していた屋号だ。
俺たちが関わっていた対象者が殺され、その死体の上に俺たちへのメッセージ?誰が、なんのために。
誰という点では、置いていったのはあのパーカーの男に間違いない。だが、なんのために。それは封筒の中身を見なければならない。
封筒を開けた。中に三つ折りにされた紙が入っている。
少し広げて中を覗くとパソコンで打たれた文字が目に入った。俺は慌てて紙を閉じた。
「なんて書いてあった?」そう聞くダンゴムシを無視して、辺りを見回した。雑居ビルとビルの隙間を見つけ、2人をそこへ手招きした。
「なんだよ。なんかマジぃこと書いてあったのか」
俺は紙を広げてダンゴムシに見せた。
「なんだ、これは」
そこには『中途半端な復讐は制裁にはならない。遊びの素人集団は手を引け』と書かれていた。
「もしかして、不知火たちが......」
俺もダンゴムシと同じことを考えた。しばらくの沈黙を破って、とうとう仕掛けてきたのか。でも、現役の警察官が殺人なんかするのか。なんのために。法律では裁けないものを独断で行っていることが気に食わないのか。警察の威信にかけても、俺たちのやっている行為を排除するつもりなのか。その妨害を殺人という手段を使うのか。信じられない。
「あれじゃないの。この人たちも、俺たちと同じことしてんじゃねえか」
イズーは、あたかも自分は名推理をしたような顔で、人差し指を立てて話し始めた。
「あれだよ。オカモトは死んでない。死んでる芝居だ。不知火たちとグルで、あんな事件に巻き込まれた俺たちがビビってこの仕事から足を洗わせようとしてんだよ」
「じゃあ、依頼人は?」
ダンゴムシが詰め寄る。
「依頼人もグルだ」
「その依頼人の子供は?お前だって依頼人の息子に会っただろ。警察でもない人間が、あそこまで芝居うつか?高校生とはいえ、まだガキだぞ。一般人がそんなことまで協力するか?」
「あれだよ。実は親が警察官で、む、息子は将来俳優を目指してる、とか」
イズーは段々自信をなくし、声が小さくなっていく。
「相手が不知火たちなら、このメッセージ通り素人が手を出すなということなのだろうが、そこに殺しまでされると説明がつかない。不知火たちじゃないとすると、誰なんだ?」
ダンゴムシは自分の髪の毛を掻きむしった。
「最近、俺たちみたいな仕事をしている奴らがいるって噂では聞くんですけど」
以前、楓と話しているときにそんな話を耳にした。俺たちと同じような復讐代行業者みたいなのが、他でもあるらしい。俺の地元の静岡でも似たようなことをやっている連中がいるようだ。
「同業者が自分たちの仕事を取られないように、俺たちを牽制してるってことか?」
「それにしたって殺人までします?やっぱ、あれ殺してないんですよ」
イズーは自分の思いつきを肯定するように、無理やり話をこじつけようとしている。仮に殺人に見立てたとしても、あんな短時間であんな死体を細工できるだろうか。
メッセージの1行目『中途半端な復讐』という言葉が引っかかる。それでは制裁にならない、ということは殺すまでやらないとということに繋がってしまう。
「ともかく、相手がわからなきゃ、目的もわからん。ここで考えてたって仕方ない」
そう言うダンゴムシに目を向けると、彼の背後に背の高い男が立っていた。
「やっと見つけた」
男は雑居ビルの壁に手を付き、やや息を切らしていた。ダンゴムシは振り返ると「お前か!」と言って拳を前に構えた。男は瞬時にビルの壁を突き放すように押して、その勢いでダンゴムシに殴りかかってきた。ダンゴムシは顎を引き体を仰け反らせて避けた。ダンゴムシは2歩ほど退がり、男と間合いを取った。男は両拳を顔の前に挙げ、ボクサーみたいな構えをしていた。
ダンゴムシは「お前か」と言った。俺も男の顔に見覚えがある。以前の依頼で内偵していた時、対象者の友人を訪ねて歌舞伎町のホストクラブへ行った。男は、そのホストクラブにいた奴だった。
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