第35話 反省会
失神している親子を叩き起こした。元倉洋介は自分の切り刻まれたはずの体を見て、しばらく放心状態だった。腹、脇、腕などにガーゼや絆創膏が貼ってある。痛みはあるのだが、問題の腹にはたいした傷がない。野口くんが処置をしたのだ。場所によっては数針縫ったが、大きな傷はなかった。岡田健一の言う安全な血管を切っただけなのだ。元倉洋介は裸で腹を何度も触って確かめている。
「なんで。なんなの?」
呆然と立ち尽くす元倉洋介の頰を、ダンゴムシは思い切り張った。元倉洋介は思わずよろけた。衰えたとはいえ、元ボクサーのビンタは痛いだろう。
「お前の内臓なんて、売れねえよ」
傷が開いたのか、脇腹を抱えて顔を顰めた。
ダンゴムシは岡田健一を見る。彼に何か言え、と促しているのだ。岡田健一は咳払いをして、真顔にしたらいいのか、笑顔で話したらいいのか迷って、結局口は笑って目が座っている気味の悪い表情になってしまった。
「こ、今度はマジで切り刻むからな」
元倉洋介は寒気がしたのか、体をブルンと震わせ、小刻みに首を縦に降った。血糊で真っ赤に染まった白衣で、この表情で言われたら、今後彼のトラウマとなるだろう。
椅子に縛られ横に倒れたまま、情けないくらいにシクシク泣いている元倉淳一郎の腹をルーシーが蹴った。
んふぅーっ、と変な声をあげる。コイツには女性から振るわれる暴力は快感になってしまうのか。幸せな奴だ。
「
さっき顔面を蹴られて歯が折れたせいで、うまく喋れていない。
「俺ゃあなんにもやってねえ。ここにゃあ、いねえよ」
「へ?」
ことの流れは、こうだ。
元倉淳一郎が謝罪動画を断った後、ダンゴムシはロイホのいる別室に向かう。ダンゴムシが部屋に入った直後、モニター画面が切り替わる。女の姿を映す。そしてダイニングが女を犯そうとする。この動画、元はAVで女優と男優の顔を、秘書官の女とダンゴムシにすり替えてあるだけだった。顔認証システムを利用して、対象の顔をすり替えることはロイホの手にかかれば非常に簡単なことらしい。だから、この場には秘書官の澤入理恵子はいない。レイプもしてなければ拉致もしていないのだ。
最近巷を騒がせているフェイクニュースというものは、こうやって作られるそうだ。
そう言えば、打ち合わせの後ダンゴムシは、ロイホと岡田健一を連れてホテルの別室でなにやらコソコソしていた。岡田健一を呼んだのは、コイツがアダルトビデオに詳しいからだ。後でダンゴムシに聞いたのだが、こんなシーンのAVはないか、と持ちかけたところ即答だったらしい。
息子の元倉洋介は、自分の腹を何度も確認していた。3つ目の内臓と外された時、もう死んだと思ったらしい。もちろん映像とリンクさせるために、そこら中を切ったのだから無傷ではない。たくさん傷をつけられたのに、ありがとうございますありがとうございます、と何度も頭を下げられた。そして今まで騙した女の子たちに謝罪してから自首すると言い出した。こちらは完全に殺せたと思って間違いない。勝手にしろ、とダンゴムシは答えた。
元倉洋介はチラチラと岡田健一を見ては震えている。岡田健一は初めての仕事で極度の緊張のため、顔が引き攣っているのが、彼の役回りである変態度合が強調され、元倉洋介はそれに恐怖を感じているのだ。「今度は本当に切り刻むからな」とダンゴムシに与えられた台詞を言ったのだが、その台詞と引き攣った顔がジョークだとわかっている俺から見ても、夢に出てきそうな恐ろしさがある。
一方、父親の淳一郎の方は、息子の洋介が自首すると言い出すと、「それは......」とまだ自分の保身のことを考えたことを言い出したので、またルーシーの蹴りが飛んだ。
「オ前ニ、人ヲ裁ク資格ナド無イ」
また顔面を蹴ったので、歯がポロポロと落ちた。それにしても顔面を攻撃したがる夫婦だ。
「テメェ、まだ変なこと考えてるようなら、今度はマジでお前の愛人レイプするぞ」
ダンゴムシもジョークを言ったのだが、ルーシーは膝を上げ、蹴る前の姿勢で止まりダンゴムシを睨んだ。ダンゴムシは慌てて、「コイツがな」と岡田健一を指差した。父親の方はまだ経過観察が必要だろう。
俺たちは最後に親子にもう1度念を押し、俺たちはその場を後にした。
「ルーシーは、このこと知ってたんですか?」
帰りの車の中で、気になっていたことをダンゴムシに聞いた。
「当たり前だろ。本気にされたら、後でボコボコにされるからなぁ」
「嘘ダト、ワカッテイテモ、嫌ダッタ」
あの無表情の顔は、ずっと我慢していた顔だったんだ。俺だったら、フェイクドアがだとしても楓が男を襲っているシーンなんて見たくない。
それにしても、なぜ俺には教えてくれなかったのか。ドクターと野口くんもあの別室にいたから、知らなかったのは俺だけ。ハブられた感じで、少し嫌だ。
「お前に言うとさ。やる前から否定されそうじゃん。それに1人くらいリアルな反応する奴がいた方がいいだろ」
そう説明されたら納得せざるを得ない。モラルの範疇を超えてるとか、ルーシーのことを考えるのなら別の案を考えようとゴネただろう。それに俺のリアルな反応が、元倉淳一郎に対して切迫感があったのも頷ける。してやられた感じだ。
一応、俺から楓に『執行』終了の連絡を入れた。
『父親の方は、第1案で落ちたの?』
楓の返答。楓も知ってたのか。
「第2案で落ちたよ」
『そうだろうね。ああいう欲の塊みたいなジジイは、息子を痛めつけたくらいじゃ落ちないのよ。いい弱みを見つけてきたでしょ』
楓は得意気に言葉が弾んでいた。
やっぱり俺だけハブられていた。
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