第34話 レイプ

 女は白いベッドの上で尻をついて、後退りしている。音声が小さくよく聞こえなかったが、来ないで、という声が聞こえた。


「お前ら!理恵子に何するつもりだ!」


 元倉淳一郎が固定された椅子の上で暴れた。椅子の脚がガタンと音を立てて跳ね上がる。


 画面には、腰にタオルを巻いた男の体がフレームインしてきた。画面では首から下しか写っていないので、男の顔が見えない。嫌な予感しかしない。音声のボリュームが大きくなった。


「うるせえ。黙れ!」


 男はベッドの上で女に馬乗りになり、女の頬を張った。


「やめろ!理恵子になんてことをするんだ!」


 元倉淳一郎は、息子の時よりも明らかに狼狽している。嫌な予感は的中した。女の頰を張った半裸の男は、ダンゴムシだ。ルーシーはその画面を直立不動で見ている。


 何やってんだよ!秘書官の澤入理恵子は、元倉淳一郎の愛人だったとしても相良親子の執行対象者ではない。元倉親子を蔑めるためであっても、無関係な人間を巻き込むのはルール違反だ。だから第2案を俺に言わなかったのか。それに嫁の前で何をやっているんだ。


「ちょっと......」


 俺はダンゴムシのいる別室に向かおうと、カメラを構えるのをやめて振り返った。ダンゴムシの強行を止めなければならない。振り返ると、目の前に立ち塞がったのはルーシーだった。


「ちょっと......。止めないと」


 ルーシーは俺の肩を掴み、元倉淳一郎ヲ撮レ、と促す。

 画面では、ダンゴムシが腰のタオルを外し、下半身が露わになった。秘書官の髪を掴み、下半身を顔に近づけている。その画像をルーシーは無表情で凝視していた。


「早ク終ワラセテクレ。モウ、見タクナイ」


 抑揚のない口調。ルーシーにこんな顔をさせて、どうするんだ。

 ブランクが空き過ぎて、『執行』のやり方を忘れてしまったんじゃないか。俺たちがやろうとしてるのは、こんなことじゃない。やっぱりダンゴムシを止めて、目を覚まさせないと!

 画面では、ダンゴムシが女を平手打ちし、女の足首を持って足を広げさせていた。


「わかった!謝る!謝るから、やめてくれ!」


 椅子をガタガタさせて、元倉淳一郎を暴れた。

 ルーシーは無言で彼を指差す。俺はカメラを構えるしかなかった。


 息子の時には、威厳も名誉もプライドも捨てれなかった男が、愛人の時には簡単に全部投げ捨てた。やたらに謝罪の言葉が長い。早くカメラを撮り終えて、ダンゴムシを止めなければ。


 叫ぶようにありとあらゆる謝罪の言葉を並べ、秘書官を助けるよう懇願した。


「終ワリカ?」


 ルーシーが訪ねた。ルーシーは頷いた元倉淳一郎の顔面に、靴のヒールを叩き込んだ。鼻や口から血を飛ばし、元倉淳一郎は椅子ごと後ろに倒れた。折れた歯が地面に転がる。白目を剥いてひっくり返っている。どうやら父親も失神したようだ。


 急いでカメラの停止ボタンを押し、別室に走った。

 別室の扉を開ける。


「こんなこと、もうやめてください!」


 そこには、パソコンを覗いているロイホとダンゴムシとドクターと野口くんの姿があった。

 4人は俺の顔を見て、キョトンとしている。

 ダンゴムシは、さっき着ていた服のままだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る