第33話 今夜はHearty Party

 画面では腹にメスを入れ、血が滴る映像が映し出された。数センチ切ったところで岡田健一が振り返る。


「続けていいんですか?」


「やめろ。やめてくれ」


「じゃあ、暗証番号を教えてくれます?」


 ギリギリと奥歯の音が聞こえた。まあ、暗証番号を聞き出せなくても、そんなものはロイホの解読ソフトで簡単に解ってしまう。暗証番号を答えないことで、息子の拷問が始まるというストーリーが欲しいだけだ。自分の強欲の罪を感じて後悔してほしい。仮に暗証番号をすぐに答えたとしても、拷問は始まる。その時は絶望を味わう羽目になる。


「答えねえと、息子がミンチになっちまうぞ」


 そんなに切り刻まないと思うんだけど、脅し文句としては効果的面だ。ダンゴムシを睨みながら唇を震わすだけで、元倉淳一郎は返事をしない。ダンゴムシは岡田健一に顎をしゃくって、継続するように促した。


 画面のメスが皿に数センチ進む。ここで岡田健一はモニターに映る動きとは別に、元倉洋介の脇腹に少しメスを入れている手筈だ。寝ていた元倉洋介はその痛みで体を少し動かす。離れたここから見ても、元倉洋介が体を捩る動きが見て取れた。


「おい」


 元倉淳一郎もそれに気づいた。息子の呻き声が聞こえる。

 岡田健一が別の場所にもう1度メスを入れた。


「痛え!」


 そのタイミングで、ビダビタビタッと大量の液体が床に溢れた。その液体は、血だ。


「おい!おい!おい!」


 元倉淳一郎は大声を出した。ダンゴムシは俺にだけ聞こえる小声で、アイツはパンクロッカーか、と言った。この場面で巫山戯ないでほしい。


「痛え!痛え。何してんだ!」


 女受けしそうな元倉洋介の顔が歪んだ。


「おい!麻酔はしてないのか!」


 また元倉淳一郎の大声。この状況で1番気にするところが、麻酔をしてるかどうかなのか。麻酔をしていれば、息子が切り刻まれてもいいのか。この父親はどうもピントがずれている。


「痛え!痛えよ!」


「おい!ま、麻酔をしてやれ!頼む!」


「おい!麻酔ってなんだよ!俺は何されてんだ!おい!」


 親子揃って「おい!」の合唱だ。父親は白髪に腐った足の裏みたいな顔をしていて、甘いマスクの息子は全然似ていない。たが、「おい!」の言い方がそっくりだ。他人を見下した偉そうな言い方。これが遺伝子の影響なのか。


「おい!お前ら誰だ!なんで俺にこんなことしてんだ!」


「おい!洋介!」


「なんで父さんまでいるんだよ!おい!」


「おい!」


「おい!」


「おい!」


 パンクバンドのライブだ。俺たちもコール&レスポンスしなきゃならないのか。そのライブの中、急に岡田健一が歌い出した。これは、ダンゴムシの演技のアドバイスだ。「怪しい闇医者が歌いながら内臓取り出してたらヤバいだろ」映画でサイコパスな奴が童謡を歌いながら人を殺したり、愉快犯の爆弾魔がビルの屋上でクラッシックを鼻歌で歌いながら指揮をしてたり、とヤバい奴を演出できるというわけだ。

 だけど、岡田健一が歌い出したのは竹内まりやだった。しかも『今夜はHearty Party』、なんだその選曲は。

 ビダビタビタッー、とまた大量の血。これは看護師のルーシーが血糊の入った袋から演出のために零しているのだ。


「おい!痛え!なんだよ!血が出てんじゃねえか!おいおいおい!」


「おい!麻酔は!麻酔はどうした!」


「私なりに幸せ感じて〜る〜♪」


「おい!」


「おい!」


 ピタン!ルーシーが銀のトレイの上に肉の塊を放った。それは鶏のもも肉なのだが、元倉淳一郎が見るモニターには体から内臓が取り出される映像が映っている。ビダビタビタッー、またルーシーが血糊の袋を破いた。はぁ〜、と元倉淳一郎は腰から力が抜けてしまったようで、両足投げ出して、頭を椅子の背凭れの上に倒した。


「何!何した!おい!」


 息子の元倉洋介は、やっとモニターの画像に気づいた。パックリ割れた肌色の胴体。首を持ち上げ、自分の腹を見れば赤く染まっている。実のところは痛みを出すために少しメスで切っただけ。赤く染まっているのはルーシーが零した血糊。トレーの上には赤く染まった肉の塊。


「うぅぅぅわあぁぁぁぁっ!何してくれてんだよ!」


 叫ぶ元倉洋介に向かって、テテテテレフォン♪と歌いながら、また別の肉の塊を持ち上げて見せる岡田健一。そのニヤけた顔を見て、失神する元倉洋介。ルーシーが元倉洋介の頭側に周り、パチンと彼にビンタした。


「寝テンジャナイヨ。最後マデ見ナ!」


 ダンゴムシも父親の元倉淳一郎の後ろに周った。背凭れに頭を預けて天井を見ていた彼の白髪を掴み、息子の手術台の方に顔を向かせる。


「ちゃんと見ておけ。お前が手塩に育てた息子の姿を」


「やめろ!おい!」


「みんなが集まれば

 We're gonna have a hearty party tonight♪」


「痛え!おい!やめてくれー!おいおい!」


 これじゃあ竹内まりやのコンサートにパンクロッカーの観客が来たみたいになっているではないか。カオスだ。


「お前の息子の内臓、今だったらまだ元に戻せるぞ。そろそろ暗証番号教える気になったか」


 血でビダビタになった床。泣き叫ぶ息子。歌いながら内臓を取り出す医師。元倉淳一郎は眼球を真っ赤にして震えているが、口を真一文字にしてその狂気の沙汰を見据えている。見ていてキツイ。どんな悪人であろうと、同じ目線で見てしまう。これが彼らに対する罰なのだから、中断させるわけにはいかない。俺の個人的な願望だが、頼むからもうここで弱音を吐いてくれ。


「暗証番号は教える気はないんだな」


 ピタン。3つ目の肉の塊がトレイの上に置かれた。元倉洋介はまた失神した。ビダビタビタッ。今度は血糊ではなく、尿を漏らしたらしい。


「まあ、金はいいや。あの辺の内臓売れば、幾らかにはなるだろう」


 そう言われて元倉淳一郎はダンゴムシを睨んだ。実際はあの血糊でベタベタな鶏のもも肉を買ってくれる奴はいない。そろそろ本題に入るところだ。


「じゃあ、アンタの謝罪動画を撮らせてくれ」


 俺はダンゴムシの側に行き、用意されたハンディカムを構えた。録画ボタンを押す。


「これで相良さん親子に謝罪してくれ。そうしたらお前の息子は助けてやる」


 カメラをズームして、元倉淳一郎の胸から上をアップにした。彼のシャツの襟は汗で肌にベッタリと張り付いている。ダンゴムシに引っ張られた髪は乱れ、血走った目でカメラを睨む。震える唇から出た言葉は、こちらの予想を裏切った。


「......言わん」


「アンタ、裁判官だろ。何が有罪か、誰が悪いのか、冷静な判断で教えてくれよ」


 予期しない言葉に、ダンゴムシは狼狽えた。


「冷静に判断しても、悪いのは洋介だ。私は何も悪くない。息子をそんな目に合わせて、お前らの気がすむなら好きにしてくれ。私が謝罪などする必要はない」


 コイツは自分の息子を見捨てるのか。息子の悪事を揉み消したのは、自分の保身であることが浮き彫りになった。父親として最低の人間。


「はあー、やっぱりそうなっちゃう?じゃあ、第2案だな」


 ダンゴムシはそう言って、ロイホたちがいる別室へ消えた。第2案を聞かされていない俺は、これからどうなるのか検討がつかない。息子を見捨てる最悪な父親に、どんな制裁をくわえるのか。


 元倉洋介の手術を映す画面が真っ暗になった。そして画面が切り替わる。

 画面には下着姿の女の背中が映っていた。


 元倉淳一郎が、はっと息を飲んだ。


「り、理恵子!」


 画面に映っているのは、秘書官の澤入理恵子の姿だった。




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