第31話 準備

 ハァ、ハァ、ハァ。断続的に聞こえるジジイの息がうるさい。元倉淳一郎から2メートルくらい離れた場所に2人で並んだ。高級ホテルのドアマンみたいに手を前で組んで立っていた。元倉淳一郎から見ると、自分の方に真正面を向いていないので、少し不自然な向きだ。体は扉の方を向いている。その扉に何かあることを醸し出す。


「おい!次は、次は何だ。何をするんですか」


 いくら声をかけられても、とりあえず無視。高圧的だった口調が崩れてきている。敬語で話しかけても返事をしない俺たちに、舌打ちをした。震え上がってるくせに、まだ舌打ちするのは肝が据わっているとかいう問題ではなく、単にコミュニケーションスキルが低いのだろう。他人との上下関係でマウントを取ることに慣れてしまい、いざ自分が下の立場であることを受け入れられないのだ。


 ガシャン、ガシャガシャ。扉の向こうで金属の音が響いた。小さい声だったが、ルーシーが岡田健一を罵る外国語が聞こえた。元倉淳一郎はビクンと肩を跳ね上がらせたが、ダンゴムシは彼に気づかれないように小さく溜息を吐いた。扉の向こうで岡田健一が粗相をしたのだろう。ちゃんと計画通りにやってくれるだろうか。

 ギシギシ、ギギギギーッと錆びた扉が開く。そこには白衣を着た岡田健一とルーシーの姿。映像モニターとアームの付いた機材を運び込む。ガタガタとキャスターの音がしている。キャスターの1つが、落ちている錆びた鉄パイプに当たり、カランと鉄パイプの転がる音が倉庫に響く。元倉淳一郎は、瞼がひっくり返ってしまうほど目を見開いて、その様子を凝視している。

 体が細くて冴えない顔をしている男と、ボタンがはち切れそうなほど小さい白衣から太ももを剥き出しにしている外国人の女を見て、元倉淳一郎は何を感じているのだろう。客観的に見て、組み合わせを失敗したかも、と後悔の念が押し寄せ、俺の方が溜息を吐きたくなった。


 この『執行』は2人の試験でもある。岡田健一はもちろんだが、ルーシーも俺たちとチームを組んで初めての仕事だ。戦闘能力はありそうだが、今後どういう立ち回りをしてくれるか、この機会に試したのだ。だが、辿々しい2人の動きを見ていると、少し心配になってきた。そんな辿々しい2人の動きを見ても、元倉淳一郎にはおかしいと思う余裕はないようだ。


 映像モニターは、60インチの大きめの画面。モニター画面を元倉淳一郎が見やすい位置に向ける。アーム付きの機材をはステンレス製ベッドの側面に配置。アームの先には小型カメラが搭載され、ベッドの中央が映るようアームの角度を真下に向けた。アームのサイドには明るいライトが取り付けられ、カメラで撮る場所を照らすように角度を調整している。

 準備が整ったところで、モニターの電源を入れた。画面には、銀色のベッド中央が画面いっぱい映し出された。状況が掴めない元倉淳一郎でも、このベッドの上で行われることをモニターに映し出すことくらい想像できているはずだ。


「おい!おいおいおい!な、なにをしようと言うんだ」


 元倉淳一郎は口をパクパクとさせ、唾を飛ばして叫んでいる。それでも、俺たちは無視を続ける。機材の調整が終わったところで、岡田健一とルーシーが俺たちの前を軽く会釈をしてから通過した。俺たちも会釈を返す。白衣の2人が扉の外に出ていった。

 今度はルーシーがキャスター付きのワゴンを引いて戻ってきた。キャスターがガタガタいう度に、ワゴンの上のトレーに乗っている金属がチャリチャリと音を立てる。そこにはメスなどの医療道具が載せられている。


 ヒャッと元倉淳一郎から喉がひっくり返ったような息が漏れる。


「なあ、なあなあ。ど、どうしたらいい?金か?金が欲しいんだな。そ、その相良という親子に幾らで依頼されたんだ。倍は払う。な、解放してくれ。それか、あれか。そ、その親子に慰謝料を払えばいいのか。100か。200か?」


「お代は結構ですよ」


 あまりにもうるさいので、我慢ができなかった。金はいつものように対象者からいただく。こういう輩は金があると報復とかバカなことを考える。俺たちは、そうやって執行対象者に人生をリセットするチャンスを与えてやるのだ。リセットさせる道筋として、暴力であり金銭を奪うことで裸一貫からやり直させる。悪い人格をのだ。これが俺たちの『殺し』のやり方。


「後でアナタから、銀行の暗証番号を教えていただくだけで結構です」


「じゃあ、なにか。私を拷問して暗証番号を吐かせるのか。そんなことしても足がつくぞ。そんなのは合理的じゃない。200じゃ足りないか?500か?それとも1本か?」


 また映画やマンガのような台詞。どうして悪役は悪役の台詞しか吐かないんだろう。


「アナタには、拷問なんてしませんよ」


 俺は自分で言うのもなんだが、優しい声をしている。拷問しないという言葉に、一瞬安堵した表情を見せるが、かえって目的が分からず困惑する。


 ガラガラガラッと、今度は岡田健一がストレッチャーを引いて現れた。上にはブルーのシートを被された人が寝かされている。


「だ、誰なんだ?!」


 岡田健一はニヤニヤした顔を元倉淳一郎に見せつけながら、目の前を通過した。唇が震え、小刻みな息が漏れ続けている。

 ダンゴムシが元倉淳一郎に向き直り、言った。


「アンタの息子だよ」




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