第29話 決行日の決定
そこには下着姿の元倉淳一郎が、体を縛られている姿だった。上部に白い物が映っている。カメラはベッドの下に仕込まれているようだ。その向こう右半分に四つん這いになった元倉淳一郎の姿が。猿轡を嵌められて、涎を垂らしている。
「なんだ、こりゃあ」
ダンゴムシが素っ頓狂な声を上げた。
ルーシーはウンザリというように、両掌を上に向けて首を振った。楓は腕を組んで、見てて、とスマホを指差す。
画面にフレームインしてきたのは、黒いテカテカのブーツを履いた女の足。ヒュンッと風を切る音がして、元倉淳一郎の体がビクッと跳ねる。更に数回。その度に罵声が聞こえる。
女がしゃがみ込み、元倉淳一郎の白髪を掴み上げた。真っ赤な口紅で、銀縁のメガネをかけている女だった。女は罵倒を浴びせた上に、元倉淳一郎の顔に唾を吐きかけた。
「何見せられてるの、俺たち」
「この趣味を弱みに付け入るのか?」
「違う。この女が秘書官なのよ」
真っ赤な口紅をしていたからわからなかったが、よく見ると以前見せられた写真の女だ。
「なんだよ。この女、自分で『執行』してるってことか?」
「ソウジャナイヨ。明ラカニ、コノジジイ喜ンデル。気色悪イ」
恍惚な表情の元倉淳一郎と、世界中の汚い言葉を罵倒し続ける秘書官。仕事中のパワハラの関係とは逆転している。
「ここ5日間で、彼女がホテルに連れ込まれるところを目撃したのよ。仕事中はパワハラで、仕事後はその延長で、そういう関係を強要されているのかと思ったら、こんな感じよ。もしセクハラ行為が行われていたら、私たちも女として止めようかと思って。現行犯でその場で『執行』しようかと悩んでたんだけど、証拠がないじゃない。だから、ミントさんに客室係のフリして、元倉の予約があった部屋に隠しカメラ仕込んでもらったの。そしたら、これよ」
「不倫相手ト、反対行為ヨ」
「なんか、使える?」
画面から目を背けるルーシーと、これが何か執行の題材にならないかと期待するうちの嫁。んー、怖い。俺は俺で、その画像に映し出される知らない世界から、目を逸らすことができない。こんなことして、いったい何が楽しいんだ。裁判官のような法律に固められた重い仕事をしていると、気でも狂ってしまうのか。女は見たことがない巨大な器具を持ち出し、元倉淳一郎の後ろで何かをしている。元倉淳一郎が犬の遠吠えのような声を出し、それにも関わらず女は何度も鞭を打つ。なんだか気分が悪くなってきた。
「じゃあ、『執行』の内容だが」
ダンゴムシが仕切る。決行は来週の金曜日。俺とダンゴムシは元倉洋介、楓とルーシーは元倉淳一郎を拉致する。父親の元倉淳一郎の前で、元倉洋介を拷問にかけるというのだ。拷問の係は試験的に岡田健一がやることになった。岡田健一が得意とするナイフでジリジリと拷問にかけるのだ。岡田健一は知識として、安全な血管の場所を把握しているので、死に至らないが派手に見える拷問のやり方を考慮する。ナイフは、ドクターから手術用のメスを調達することになった。岡田健一が白衣を着て、息子の臓器を取り出していく、と父親に脅しをかけるという案も出てきた。
その間も、スマホでは元倉淳一郎と秘書官の奇行が続けられている。秘書官の女は、尖ったヒールで元倉淳一郎の頭を踏みつけている。
「ふわぁー、なんて残酷な」
ダンゴムシはその映像にチラッと視線を移し、独り言を言う。どっちが残酷なんだか。
あっ。とダンゴムシは声を出し、ロイホと岡田健一を呼び寄せた。俺も呼ぼうと手招きをしたが、やっぱりいいや、と言って2人を連れ出した。
「え、なんですか。俺も......」
と言いかけると、
「シンイチは、当日までのお楽しみだ」
と楽しそうに言って、2人を別室へ連れて行った。
決行日まで1週間。その間も澤村や実家にも連絡を取った。どちらにも変わったことはないようだ。実家の店にも不知火が来ている様子もない、という連絡を受けた。
今は元倉洋介の『執行』に集中するしかない。
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