第28話 調査開始〜5日目の収穫
4日目の楓たちの報告には少し進展があった。
父親の淳一郎の秘書官だ。秘書官の名前は澤入理恵子、41歳、独身。淳一郎のパワハラは、目に余るものがあった。楓たちが張り込みをしているところでも、秘書官の同僚たちの目の前でも堂々と行われていた。ただ澤入理恵子本人が訴えない限り、こういうケースは露呈しにくい。人材育成のためだとか、逃げ切られてしまう。俺はサラリーマン時代にそういう場面を幾度となく見てきた。本人が訴えていなければ、周りは口を挟めないのだ。
「ただねえ。なんとなくなんだけど、違和感があるのよね」
「なんだ、違和感って」
「もうちょっと調べてみる」
そして5日目。俺たちの方にも、小さい収穫があった。
クラブでは俺たちが立て続けに通い詰めているので、責任者のスーツの男は気軽に話しかけてくるようになった。俺たちが元倉洋介たちを張っているのに気づいたようだ。
「あの人たちは、成人してますよ」
責任者は、俺たちが元倉洋介たちのことを未成年だと勘違いしてマークしていると思ったのだ。
「あ、そうなんですか?常連なんですか」
俺はその勘違いに乗って、惚けた返事をした。
「はい。もちろん年齢確認もしてますし、いつもあちらのグリーンのシャツの方がクレジットカードで支払いされます。もちろんご本人名義のものですので、20歳超えていることは間違いないですよ」
元倉洋介はその日、オープンカラーのライトグリーンの半袖シャツを着ていた。こちらも元倉洋介は23歳と把握している。だが、素直に聞き入れてしまっては、かえって怪しまれると思い、少し疑っている態度を演出した。軽く頷いて返す。その態度に責任者は余裕な笑みを見せて、信じてくださいよ、と言った。この人たちにとって、学校関係者が出入りするような店だということも迷惑なはずだ。納得して諦めて帰ってほしいというのが本音だろう。
元倉たちは従業員の1人に声をかけ、男女8人立ち上がった。VIPルームに移動したのだろう。今日がその金曜日だった。
「本当ですよ。彼らは毎週金曜か土曜、もしくは金土続けてVIPルームをご利用になります。その際は必ずVIPルーム利用の方全員の身分証を確認させていただいてます。万が一、お連れ様で未成年の方がいますと、こちらの責任問題にもなりますので」
それなら本当に成人しているのだろう。だが、そんなことは俺たちには関係ない。
「中でかなり飲まれますからね。連れ込んだ女性が未成年ですと、こちらが困りますので」
「そうですか。じゃあ、俺たちは帰ります。お勘定を」
俺がほとんど責任者とやり取りをしていたが、ダンゴムシが口を挟んだ。これ以上聞き込みを続ける必要がないと判断したのだ。
「俺らもVIPルーム使いたいんだけど、来週の金曜日に予約できる?」
ダンゴムシは帰り際に責任者に声をかけた。責任者は意外そうな顔をした。俺たち教育者が、クラブで何をするのだろう、と危惧したのに違いない。
「学校の先生やってるとね、色々ある
俺はダンゴムシをチラッと横目で見た。芝居がヘタクソ過ぎる。全然、教師っぽくない。片や服装はちゃんとしたものの田舎者丸出しの岡田健一。自分で言うのもなんだが、まともな教師に見えるのは俺だけだ。新任教師としてロイホを連れてくるべきだった。
「申し訳ございません。来週の金曜日も予約されてます」
責任者はそう言うと、視線をVIPルームに移した。来週も彼らが予約しているということだ。俺たちは会計を済ませ、店を出た。
その辺のチェーン店で軽く夕飯を済ませ、もう1度クラブに戻り、近くのビルの非常階段から彼らが出てくるのを見張る。3時間ほど経ち閉店時間になると、客がダラダラと店から出てきた。
元倉洋介たちグループも他の客に混じり、店から出てきた。相当な量を飲んでいるのか足元はフラつき、タクシーを拾うものや、次に向かうのか徒歩で別方向に向かい、グループはバラバラに分かれた。みんな酔っているようだったが、地味な女は少し様子が違った。元倉洋介は介抱しようと近づいたが、女は遠慮しているのか、大丈夫です、と手を振っていた。タクシーが停まり、元倉洋介が地味な女に先を譲ろうとすると、首を振って元倉を先にタクシーに押し込んでいた。元倉の乗ったタクシーを見送ると、辺りをキョロキョロと見回し、フラフラな足取りで雑居ビルの隅でしゃがみ込んだ。吐いているようだ。
「大丈夫ですか?」
俺は女に声をかけた。女は持っていたハンドバッグを地面に置いて、アスファルトに両手をついて屈み込んでいた。ダンゴムシはハンドバッグを取り上げて、手際よく中身をチェックし、錠剤の入った小さなジップ付きの透明の袋を取り出して、俺に見せた。ダンゴムシは物を確認すると、さっとバックに戻した。
「姉ちゃん、バック放っておいたら、盗まれるぞ」
ダンゴムシが、横柄だが親切っぽく女に言うと、「ありがとうございます」と言ってバックを引ったくるように奪った。慌てて中をチェックし、胸に抱えた。多分、薬を確認したのだろう。依頼してきた母親に聞いたところ、娘はVIPルームで薬を飲まされ、自身に足がつかないように娘が薬を保管していたという。この女も同じように薬を保管させられているのだろう。
俺たちはタクシーを呼んで、吐き気が治まった地味な女をタクシーに乗せて、その場を去った。
ホテルに戻ると、早速、『執行』の予定を話し合った。決行は来週の金曜日。彼らがまた集まり、クラブから帰る時間、1人になったところを拉致。彼も薬をやっているところを麻薬取締官のフリをして連行する、という流れで決まった。
1週間、薬を保管させられている地味な女のことも心配だが、今変に手を出して警戒されても困る。この女も一緒に連行すれば楽なのだが、彼女はこの『執行対象者』ではない。依頼人の娘の話によると、薬をやらされたのは自分だけで、他の元倉洋介の友人たちは知らないという。友人たちが酒に酔っている中、自分と元倉だけが薬を楽しみ、秘密の共有といったところらしい。その方が口を漏らすリスクが下げられるのだろう。
できれば、彼女を巻き込みたくない。しかし、彼女が薬を持ってこないと元倉洋介も薬に手を出さないので始まらない。彼女が来なければ、ただの飲み会になってしまうのだ。彼女が途中で帰ってくれればありがたいのだが。
「これ」
ダンゴムシがテーブルの上に、ポイッとカードを投げた。女の名刺だった。携帯番号も印字されている。
「なにか役に立つかと思って、1枚抜いておいた」
ダンゴムシが薬を確認した時、カードケースから1枚抜き取ったらしい。
「携帯に電話して、途中で退室させられないですかね」
少し兆しが見えてきた。
「俺たちが呼び出しても出てこないだろ」
「病院からの電話ってことで、家族の誰かが交通事故に遭って重体だ、とか言ったら途中で出てくるんじゃないですか」
ロイホから名案が出た。ダンゴムシは、そんなに重要な事かと首を傾げたが、俺はその案に賛成した。
元倉洋介の拉致の方は、ある程度形になってきた。
「そっちも順調のようね」
楓たちが帰ってきた。今回はミントもついていったので3人で帰ってきた。
「そっちも、ってことはお前らもなんか収穫があったのか」
ダンゴムシの言葉に、嫁が答えた。
「オオ有リヨ。最低ノ父親ノ本性ヲ見タヨ。気分ガ悪イ」
スマホを点けると、父親の映像が現れた。そこには父親の霰もない姿が映し出されていた。
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