第27話 調査開始〜地味な作業
ルーシーが寝室から出てきて、不機嫌そうな顔をした。岡田健一が自分のサバイバルナイフを使っていることに不満を示している。
チラッと床に目を移した。視線の先には、真っ二つに割れた電話機がある。
「オ前ガ、ヤッタノカ」
岡田健一は半泣きのような顔で頷いた。
ルーシーは電話機の前にしゃがみ込み、壊れた電話機の片割れを持ち上げた。その切り口を見て、フーン、と唸った。そして岡田健一の方に振り向き、ワタシノ、と棒読みの日本語で話しかけた。
「はい?」
「ソレ、ワタシノ、ナイフ」
「あっ、すみません」
岡田健一は慌てて、両手で大切そうに持ち替えた。グリップ側をルーシーに差し出した。ルーシーは受け取ったナイフの刃をチェックして、また、フーン、と唸った。
「トニカク、オ前、体臭イ。シャワー浴ビテ着替エロ」
すみません!とまた大声を出して、自分の肩や腕を嗅いで臭いを確認した。そして助けを求めるような目を俺に向けてきた。
「たしかに、臭いです。それに、寝癖も凄いですよ」
え!とまた大袈裟なリアクションで、部屋の姿見で髪を確認して、本当ですね、と泣いてるのか笑ってるのかわからないような顔をした。
「それにしても、なんでこんなクソ早い時間に来たんだよ」
ダンゴムシは電話機を持ち上げて、満足そうに眺めて言った。ロイホは壊れた電話機を見て、あちゃー、と態とらしく頭を抱えて「こりゃ、弁償しないとですね」とニヤけていた。
「逆にお待たせしてしまいました。お待たせしすぎたのかもしれません。澤村さんから電話いただいて、すぐに家を出たんですけど、こんな時間になってしまいました」
俺たちは顔を見合わせて、首を傾げた。
「お前、ここまで何乗ってきた?」
「ちょっと奮発してタクシーで来ました」
「はあ?高知からタクシーか?」
「
「「「フェリー?」」」
3人の声が重なってしまった。どうりで遅いわけだ。
「フェリーは徳島からじゃないと出てないんで、そこまでの移動にも時間がかかってしまいました」
「飛行機だったら3時間くらいですよ」
ロイホが言った。
「いやー、フェリーが1番安かったんです。あんまりお金持ってないので。お待たせして申し訳ない」
「だったら、そう言ってくれればよかったんですけど」
いつ到着するのかわからないで待っていた時間を返してほしい。文句を言っても仕方がない。俺の着替えを岡田健一に渡し、シャワーへ促した。
岡田健一がシャワーを浴びている間、リビングには全員が集まった。ミントがカウンターキッチンでニコニコしながら、アイスミントティーを淹れていた。
俺たちがダイニングテーブルを囲んで座っている。ロイホがノートパソコンを開いた。今後の打ち合わせをする構えだ。打ち合わせには、必ずミントの淹れたアイスミントティーがある。
「皆さん、朝からバタバタしてて気づいてないかもなんですけど」
ミントは、みんなの前に紅茶を配っていると楽しそうな顔をして言った。
「浅野さん、顔の腫れ、だいぶ引きましたね」
ミントの台詞で、全員からの注目を浴びる。みんな口を半開きにして感嘆の声を上げた。
「え?本当に?」
俺は顔のガーゼを剥がして、姿見で顔を確認した。まだ眉間は黒く変色しているが、腫れは完全に引いて、元の顔に戻っている。触るとまだ痛いが、ガーゼ無しでも大丈夫そうだ。流石はドクター。治療は荒いが、いい仕事をしてくれる。
「さてと、本題に入るか」
ダンゴムシが仕切り始めた。
元倉洋介に関しては、ホストからの情報で充分だ。ろくな奴ではないことが判明したので、他の同級生に話を聞くまでもないと判断した。あまり多数に調査した結果、本人の耳に入り警戒されても困る。
俺とダンゴムシは元倉洋介を張り込みし、楓とルーシーは父親の
ロイホとミントは、ホテルに残りリモートでサポートすることになる。
岡田健一には、俺たちの方に同行させ、一通りの仕事の流れを覚えさせる。要は、研修みたいなものだ。
早速、今夜から調査はスタートさせる。
ボディソープの匂いと共にバスルームから岡田健一が出てきた。体が細いので、俺の服でも入ったが、身長が高いのでパンツの裾が短かった。
「まずは、アイツにも服買ってやらんとな」
夕方、岡田健一には六本木ヒルズにあるファストブランドで服を一通り買ってやった。六本木ヒルズに向かう途中で、「これが六本木ヒルズですか!」とドン・キホーテを見て感動していた。ドン・キホーテくらい高知にもあるだろ、という気持ちをグッと堪えて、おとなしくしていてください、と注意した。田舎者丸出しで、何かにつけて騒ぐので目立ってしまう。現に、女子大生風の2人組に笑われている。それなりにオシャレをした人たちの中で、50代と40代と30代のオッサン3人組という展開だけでも目立つのに、田舎者リアクションでこれ以上目立たないでほしい。
六本木に来たのは、とあるクラブを張り込むためだ。ロイホの調べによると、元倉洋介が毎晩のように通っているクラブがあるらしい。1日目は空振りだった。
楓たちの収穫は、裁判官である父親の秘書官が女性だったということだけだった。女性秘書官ということで不倫の線で着目したが、秘書官に対する父親の横柄な扱いにパワハラの線で調査してみる、ということで1日目は終わった。
2日目。元倉洋介はクラブに現れた。同年輩のチャラそうな友人3人と同伴でやってきた。クラブのフロアで手当たり次第女性に声をかけているのは友人たちの方で、元倉洋介本人はおとなしく隅のスツールに腰掛けていた。その日は誰も引っかからなかったようで、2時間ばかり滞在して不機嫌そうな友人たちと別れた。今のところ目立った様子はない。
3日目。また元倉は昨日のメンバーと共にクラブに現れた。今日は派手な3人組が引っかかり、友人たちは上機嫌だった。女性3人と、元倉たちは4人であったため、次第に男女で意気投合しペアが成立し出してくる。元倉はあぶれて、1人でカクテルを飲んでいた。
「アイツ、本当に俺らが調べてる奴か?ぜんぜん、おとなしいじゃねえか」
ダンゴムシはカウンターで、バーボンのロックを飲みながらボヤいた。
「失礼します」
黒いスーツを着た従業員に突然話しかけられた。店長か経営者なのか、他の従業員よりも高級そうなスーツを着ていた。
「昨日もいらっしゃってましたね。いつもご利用ありがとうございます」
言葉ではお客様にご挨拶、といった感じだが明らかに俺たちのことを不審に感じているような態度だった。2日続けて同じ時間に来店し、たいして酒を飲むわけでもなく、女を引っかけるわけでもなく、ただただフロアを見ているオッサン3人組は目立つ。店の責任者として、俺たちの様子を伺っているのに違いない。これも、想定内だ。
「あの、すみません。お店にはご迷惑をかけませんので」
そう言って俺は1枚の名刺を見せた。そこには高校の名前と学年主任の肩書が印字されている。
「私はこの学校の生活指導をしている飯田と申します。今、未成年の深夜の徘徊について取り締まり運動をしています。お店側も年齢チェックなど義務付けられていますが、万が一紛れ込まれている可能性も否定できません」
スーツの男は、どう答えたら良いのか戸惑っていた。酒を提供する飲食店は年齢確認が義務付けられていても、お客様に不快な思いをさせないために、年齢確認は徹底されてはいないだろう。商売のことを考えると、未成年と思しき客が現れても、容認してしまっていることもあるのではないか。
そのことについて店側も、徹底していると言えば嘘になるし、あまりやっていないと答えるのも責任問題になるので、リアクションが取れないでいる。こちらの様子を伺っているのだ。もちろん、そうなるように仕向けたのだ。
こちらは未成年の補導をすることが目的ではない。現にカウンターにいたバーテンが、ボックス席の若いグループに何やら声をかけ、その若いグループが席を立ったが、気づいていないフリをした。俺たちが見ているのは元倉洋介たちのグループなのだ。
「大丈夫です。お店に迷惑をかけないよう、補導するときは外に出てからにしますので」
そう言うとスーツの男は、軽く会釈をして去っていった。こういう場合、店側は名刺を受け取らない。風評被害を被るのを避けるためだ。生活指導の人間が入っていたことになれば、未成年の客側からは避難されるだろう。ここは、知らなかったで済ませたいはずだ。俺たちも、偽物の名刺を受け取られては、後で調べられたら困る。
これで暫くの間は、このクラブに出入りする理由ができた。心置きなく、元倉洋介を張れる。
暫く傍観していると、1人の女が元倉洋介たちグループと合流した。他の派手な女たちと比べて、比較的地味な女だった。その日は、その後変化はなく、適当に騒いで解散していた。
4日目は特に何も無し。元倉の友人は昨日引っかけて意気投合した女を連れて来店したが、元倉自身は現れなかった。あとで合流する可能性もあるので、暫く張っていたが最後まで現れなかった。
「結構、地味なんですね」
岡田健一がボヤいた。後で合流した昨日の女のことを言ってるかと思ったが、彼が言っているのはこの張り込みのことを言っているらしい。
「お前、いきなりとっ捕まえて拷問するとでも思ってたのか」
ダンゴムシが答えると、まあ、とニヤついていた。岡田健一という人間は、やっぱり危ない奴なのかもしれない。
「面倒臭いから、とっ捕まえて白状させちゃったらどうですか?」
突飛なことを言うので注意しようとすると、それより先にダンゴムシが思い切り彼の頭を叩いた。周りの客に少し見られたが、岡田健一はおとなしくなった。この人たちとの張り込みは、ヒヤヒヤする。
こうして何も起こらないまま4日が過ぎた。
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