第25話 土佐犬
外に出ると、すぐに楓に電話をした。
10コール以上待っても出ない。出るまでコールしてやる、とムキになっていると『只今電話に出ることができません』のアナウンスが流れ、留守電に切り替わることなく電話が切れた。アイツ、本当にホストクラブへ行ったんではないか。イライラしながら何度もかけ直した。
『なに?今、食事中!』
5回目でやっと楓が出た。
「食事中じゃねえよ。こっちは飯も食わないで聞き込みしてんだよ」
『しょうがないじゃない。こっちはレストランよ。食事しながら、聞き込みのタイミング伺ってんじゃない。そっちはどうだったのよ』
楓の話している後ろで、ルーシーがワインをオーダーする声が聞こえた。やっぱり、ただ食事を楽しんでいるだけだ。
「まずはそっちが状況教えろよ。まさか、まだ何にも聞けてねえのか」
もう夕飯の時刻をとうに過ぎている。楓の態度と、腹も減っていることでイライラMAX状態だ。
「もう、貸せ貸せ貸せ。替われ替われ替われ」
業を煮やし、ダンゴムシは俺からスマホをもぎ取った。
「おう。こっちは今ホストクラブを出たとこだ。大学の頃にも大麻で同じようなことがあったらしい。その時も女が逮捕されて、元倉はお咎めなしだ。親が揉み消したとしか思えねえ。こりゃ、親も執行対象だな。そっちはどうだ」
ダンゴムシは数回頷いただけで、すぐに電話を切った。冷めた目でこちらを見た。
「落ち着いたか?」
「すみません」
謝るしかない。俺は何をイラついているのか。
「家が金持ちで、クラスメイトからはあんまりよく見られていなかったそうだ。かといって無視されてたわけじゃなく、みんな適当に接していたそうだ。本人は自分が嫌われてたなんて思ってねえ感じだな。お坊ちゃまによくある話だ。ゆっくり飯食ってから帰るって」
「ったく!ホント、女性陣は呑気ですよね」
「向こうさんは収穫ねえんだ。こっちは情報仕入れただろ。こっちの勝ちってことで、いいんじゃねえか」
ポンポンと肩を叩かれた。
そんなことで勝ち負けではないのだが、もし楓たちがホストクラブの方へ行って、情報まで聞き出していたら、俺は拗ねていたと思う。勝ちってことで、自分を納得させるしかない。
ホテルに戻ったのも、俺たちが先だった。
ロイホは澤村に連絡して、高知の男について調べていた。俺たちの顔を見ると、早速報告してきた。
「名前は、
「そういういらん情報はいい。誰だ、岡田以蔵って」
「幕末の土佐藩士ですよ。幕末の四大人斬りの1人です。知らないんですか?」
ダンゴムシは、自分の半分くらいの年数しか生きていない青年に突っ込まれてムキになった。
「知ってるよ。あれだろ、人斬り抜刀斎だろ」
せっかく得意気に答えたのに、それはマンガです、とロイホに溜息を吐かれた。ダンゴムシは、そっぽを向いて鼻の横を掻いていた。そんな彼を無視して、ロイホは報告は続けた。
「それで、この岡田健一という男は、高知市内の居酒屋でアルバイトをしています。多分、所長とそこで出会ったんでしょうね。小中高と学校の成績は最悪です。医師を目指して挫折したというのではなく、単に医者の家系に生まれたのに1人だけ頭の出来が悪かった、という感じでしょう。高校は南国市の最低偏差値の学校を卒業しています。逮捕、補導歴もありません。所長は、こんな男のどこを気に入ったんでしょうか」
ダンゴムシは、またタバコを吸いにベランダへ行ってしまった。さっきまでは俺が楓と揉めて不貞腐れていたのに、今度はダンゴムシだ。ダンゴムシにも、もっと大人になってほしいが、ロイホももうちょっと歳上を敬う気持ちを持った方がいいと思う。それは注意したところで治るものでもない。
部屋に2人きりになってしまえば、ロイホの投げかけに答えるのは自分になる。
「多分、健一って名前で、高知の人だから、土佐に住んでる岡田健一だから、トサケンって渾名付けやすかったからじゃないかな」
「でしょうね」
パソコンの画面には、岡田健一の身分証の写真が映し出されている。土佐犬というからには、もっとイカツい顔をイメージしていた。映し出されている岡田健一の顔は真面目で優しそうな印象。もっと具体的に言うと、体は貧弱で顔は面長、肩幅が狭く弱々しい。もっともっと具体的に言うと、勉強はしているのに一向に成績が上がらない頭が弱いタイプ。プラス、いじめられっ子。
「本気のバカっすよ」
ロイホも同じ印象らしい。
「それで、ロイホがそこまで平然と悪口言えちゃうってことは......」
「そうです。まだ来てないです」
時間は夜の11時を回っている。これから到着するとは思えない。道に迷ってしまっているバカなのかもしれないし、そもそもこちらに向かっている保証はない。澤村の誘いを本気にするほど、バカじゃなかったのかもしれない。
扉の外が騒がしくなってきた。カードキーを差し込んだ音がしてガシャッとドアが開く。美味しかったよね、と呑気な女子トークが聞こえた。楓たちが帰ってきた。
「あれ?新人くんは?」
「来てないです。っていうか、来ないんじゃないですかね。当てにしない方がいいですよ」
ロイホは、楓たちに岡田健一の画像を見せて、役に立たなさそうですし、と捨て台詞を吐いてパソコンをパタンと閉じた。
チラッとベランダに目をやると、慌ててタバコを揉み消し、身体中に消臭剤をかけまくるダンゴムシの姿が見えた。その様子をルーシーが目を細くして、じっと見つめている。
「よし。それじゃあ、その当てにならない奴のことは放っておいて、明日から俺とシンイチで元倉洋介を張るぞ。リトルハンドたちは、元倉の父親を当たってくれ。今日はもう遅い。寝る」
ダンゴムシは淡々と喋りながら。ルーシーと目を合わせることを避け、寝室に逃げた。足早に通過したダンゴムシのあとを追うように、鼻をクンクンさせ、
「ヤッパ、アイツ、タバコ
とルーシーが言った。
俺は、とりあえず明日に備えて寝ましょう、とこの場を取り繕って、俺も楓と話すことを回避した。なんだか今日は、体の疲れというよりも心労の方が大きい気がした。大抵は、そちらの方が体力を奪われるものだ。
女性陣たちが先にシャワーを浴びるので、順番を待っているうちに、ソファで眠ってしまった。
翌日、客室電話機の着信音で目が覚めた。
時計を見ると6時。外はまだ日が出始めたばかりの時間。こんな早い時間に何事だ、と緊張が走る。女性陣も寝室から出てきた。ダンゴムシとロイホが俺を見つめる。客室電話からは、俺が1番近い距離にいた。
この部屋に電話をかけてくるのは支配人しかいない。このホテルに怪しい人物がやってきたのか。不知火たちの関係者にこの場所を突きとめられたのか。それとも里穂たちに何かあったのか。それなら携帯に連絡があるはずだ。
受話器を握る手に汗が滲む。
『浅野さんですか?早朝に申し訳ございません。あの、お客様がいらっしゃっているのですが』
「え?」
『すみません。最初はそのような宿泊者はいないと断ったのですが、澤村様の名前を出したり、なにか面接がどうだとか言ってるのですが。もしご存知ないようであれば、適当に対処致しますが』
「その人、細くて肩幅狭い人ですか?」
『ああ、そうですね。かなり細身の人です』
「じゃあ、通してください」
多分、岡田健一に間違いない。昨日来なかったのは仕方ないとして、なぜこんな早朝なのだ。
ダンゴムシたちは、電話の内容がなんだったのかと俺の様子を伺っていた。
「あの、岡田さんが来たみたいです」
しばらくすると、部屋のチャイムが鳴った。
ダンゴムシは俺に行けと顎をしゃくる。
扉を開くと、男は勢いよく入ってきた。
「高知からやってまいりました!岡田健一と申します!今日は、よろしくお願いします!」
頭を90度以上下げて、早朝だというのにデカい声で挨拶をしてきた。
やっぱり、頭が弱そうだ。全員の溜息が部屋に充満した。
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