第24話 ホスト
「お仕事中申し訳ございません。私、こういう者でして」
男2人でやってきた俺たちに訝しげな視線を送るフロントマンに、「週刊アタック編集部」と表記された名刺を渡した。もちろん、そんな雑誌はない。俺たちはこういう時のために、偽の名刺をいくつか用意している。
男は雑に名刺を受け取り、興味なさそうに裏返しにしてカウンターに置いた。
店の奥からは、激しい音楽と野太い叫び声が聞こえる。なんとも騒がしい場所だ。
「
俺は元倉洋介の大学時代のサークル仲間の名前を伝えた。
「佐藤。誰?」
そうか、こういうところは源氏名というものがあるのか。中には真剣にこの仕事に向き合っている人間もいるだろうが、このフロントマンの男は覇気がなく、他人に興味がないという態度。コミュニケーション能力が低いタイプの人間だ。身なりはホスト然としているが、肌が汚く歯並びが悪い。ついでに頭も悪そうだ。取り立てていい男でもない。できる人間であれば、この時間接客対応中であるだろう。指名がないくせに、自分を磨くなどの努力をしないからフロントをやらされているのではないか。
べつに夜の仕事を蔑んでいるのではない。むしろあんなに気を遣う仕事はない。駆け引きなどもトップクラスの営業マンに匹敵すると思う。俺にはマネできない。
でも、中には甘い考えで始めた結果、想像してたものと違うと感じながらも、他の道を探すこともできず惰性で続けている人間も多いのだろう。惰性でやってるから、同僚になんか興味もないし、ただ時間が過ぎるのを待つしかないのだ。
それはホストに限ったことではない。普通の企業でも、同じような奴はいくらでもいる。実際、俺がサラリーマンの時だってそうだった。だから、うだつの上がらないフロントマンを揶揄する資格もない。
「借金とかですか?」
フロントマンは俺には気怠そうな態度を取っていたが、ダンゴムシを見て一瞬たじろいだ。派手な柄のシャツに髭面ひげづらで、目付きの鋭い男を見れば、誰だって借金取りだと思うだろう。
店内フロアからキャーキャーと黄色い声がしている。そちらから、金色の長髪の男がやってきた。歩く姿は颯爽としていて、多分この店での人気ナンバー1、もしくはトップクラスのキャストなのだろう。俺たちを見て、男の2人組だとしても、いらっしゃいませ、と挨拶をし、少し失礼します、と軽く頭を下げた。トップクラスの人間は、どんな相手でも仕事中は客として対応する。人を見た目で判断しない。逆に言えば、どんな人からも金が生まれると無意識下に体が動くようになっている。
「フロアが手一杯です。4番にロジャーグラードをお願いしていいですか」
金髪は敬語を使っているが、フロントマンが姿勢を正して返事をしていた。本質的にできる能力を持っている人間は、たとえどんな部下や同僚であっても格下に見ない態度をとる。
「忙しそうなので、後でまた来ますよ」
金髪に告げると、どういったご用件ですか、と丁寧に尋ねるので、さっきフロントマンに聞いたことと同じことを聞いた。
「ああ、ルーカスですか。少しお待ちください」
金髪は名前を告げただけで、誰のことかわかったらしい。できる人間は、全てのスタッフの本名も頭に入っているのか。それとも見た目若そうだが、彼はここのオーナーなのか。それにしても源氏名がダサい。澤村の付ける渾名に匹敵している。元倉洋介と佐藤明紀が所属していたのは映画愛好サークル。それで、ルーカスとはネーミングが安直過ぎる。
「4番にロジャーグラード出したら、ルーカスを呼んできてくれませんか」
はい!と体育会系の返事をして、フロントマンはフロアに消えた。
「あのー、お金のことでしたら僕が肩代わりしましょうか」
金髪はダンゴムシに言った。やはりこちらも借金取りと勘違いしている。平然とした態度で言うところ、金髪は腕っ節にも自信があるのだろうか。金額を聞かないところ、相当稼いでいるのだろう。端正な顔立ちから、金、喧嘩にまで全てにおいて自信が満ち溢れている。
「いやいや、違いますよ。俺たち雑誌ライターで、佐藤さんにちょっと聞きたいことがあるんで」
気に入らないのか鼻で笑いながら、ダンゴムシは睨んだ。
「アイツ、何かやらかしたんですか」
「そうじゃなくて。今追っている奴と同級生なので、学生時代の素行とか、まあ、そんなとこです」
ダンゴムシは言葉尻を誤魔化した。
「あれこれ聞いて、面白おかしく書くんですね」
金髪はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。ダンゴムシは目を逸らさず睨んでいる。
「接客中ですと悪いですし、閉店するお時間にもう1度来ますよ」
俺は慌てて2人の間に入った。
「大丈夫ですよ。ルーカスはまだ入ったばかりなので、接客はしてません」
オシボリや雑務仕事ばかり、といったところか。
佐藤明紀は訝しげな顔でフロントにやってきた。金髪が軽く用件を伝え、フロント後方の控え室に案内してくれた。
「じゃあ、ごゆっくり。と言っても、この時間帯は猫の手も借りたいところなので、手短に」
どっちだよ、と突っ込みたい気持ちを抑えた。控え室のドアを開けて、フロアへ消えていく。その背中を佐藤明紀は頭を下げて見送った。店内フロアから「タクヤ、遅いー」としゃがれた女の声が聞こえた。
「なんすか?」
佐藤明紀は不機嫌な態度で俺たちの方を向いた。
店内は華やかにしているだろうが、控え室のソファは事務用品のようなビニール製のものだった。壁には事務用品のロッカーが並び、部室みたいな雰囲気。
そのソファにダンゴムシがドカッと座り、目の前のガラステーブルの上の灰皿に気づいた。徐にタバコに火を点け、突っ立っている佐藤明紀に、まあ座れや、と威嚇的な態度をとった。彼はおずおずとダンゴムシの前に座る。俺もダンゴムシの隣に座った。
「元倉洋介について聞きてえんだが」
佐藤明紀の前にタバコを放り投げ、吸うか?とダンゴムシが尋ねると、彼は首を振った。最近の若い奴の喫煙者は減ってきている。
「俺、最近アイツと連絡取ってないし、アイツの保証人にもなった覚えないっすよ」
やはり借金取りと思われている。
「元倉洋介の女がな、覚醒剤やっててあの女が逮捕されたんだよ。出元は元倉のはずなんだが、アイツは証拠が出なくて白。元倉ってのは、学生時代どんな奴だった?」
ああ、となにか含むような生返事をした。
「警察の人ですか?」
「だから、ルポライターだって言ってんだろ!」
ダンゴムシはガラステーブルを叩き、佐藤明紀の肩が飛び上がった。これじゃあ取調室だよ。
「アイツ、家も金持ちだし、真面目な態をしてたけど、裏じゃあ悪ぃことばっかしてましたよ」
俺はダンゴムシと顔を見合わせた。
「なんだよ、悪ぃことって」
「サークルって、特に活動内容とかもなくて。ただ女の子読んでDVDとか見てるだけなんですよ。サークル内では本気で熱く映画評論するようなグループもありましたが、俺と元倉はほとんど合コンみたいなことばっかしてて。まあ、その、ヤリコンみたいな。別に無理やりとかはないですよ。女もそのつもりで来てたし。でも、アイツ、その頃大麻とか持ってたな」
「大麻?」
ダンゴムシが睨むと、佐藤明紀は慌てて姿勢を正し、顔の前で掌を横に振った。まだ警察官だと思っているのかもしれない。
「俺はやってないですよ。喘息持ちなんで、大麻とかタバコとか、無理っす」
そういう佐藤明紀の顔に、ダンゴムシはふぅーっとタバコの煙を吹きかけた。態とらしく咳き込む佐藤明紀。
「大抵悪いことしても、親がなんとかしてくれるから大丈夫だって言ってましたね。でも、基本的に女に大麻持たせて、自分の手元には置いておかないようにしてましたよ。俺にも家にあると親にに見つかるからって俺に持っててくれって言ってきたことあって。俺はやらねえからって断っても、しつこくて。アイツは、そういう奴ですよ」
「それで、アンタが持ってたのか」
「いや、持ってないですよ。その時はアイツが付き合ってた女が持って帰りましたけど。洋ちゃんが困るならワタシが隠しといてあげる、とか言って。アイツ、女を騙すのも得意なんですよ。俺は、その時からちょっとアイツと距離取るようにしたんですよね。あ、たしかその時もその女、逮捕されて、アイツは捕まんなかったですね」
初めてじゃないのか。とすると、お利口さんが羽目を外して悪ぶってみたという印象とは少し違ってくる。確信犯だ。それに揉み消したのも初めてではないということになる。これは、父親も『執行対象者』に値するのではないか。
「もう、いいっすか?あんまり長いと怒られちゃうんで」
控え室の外からは、いらっしゃいませ、の声が聞こえた。また新規客が入店し、店は更なる賑わいが生じている。指名がないとはいえ自分が仕事を抜けていることに、気が気ではないのだ。ダンゴムシも怖いが、店の先輩たちも怖いのだろう。
「さっきの金髪、怖えのか」
既に腰を浮かせている佐藤明紀に、ダンゴムシはなんの脈略もなく思える質問をぶつけた。
「え?タクヤさんですか。タクヤさんは優しいですよ」
「アイツが、ここのNo.1なのか」
「もう1人シンバさんっていう人がいて、いつもNo.1を競ってます。そっちのシンバさんの方が怖えっす。っていうか、もういいですか」
佐藤明紀は立ち上がって、控え室の扉を開けていた。フロアの喧騒がどっと流れ込む。
「あのタクヤって奴は、なんか格闘技とかやってたのか」
控え室の扉に半身の佐藤明紀は、知らないっすよ、と言い放って出ていった。
俺たちも控え室を出ると、フロアの方は先ほどよりも騒がしくなっていた。しばらく誰か出てくるのを待ったが、忙しくて誰も出てこなかった。客ではない俺たちのことは誰も気にはしないだろう。
「タクヤって人が気になるんですか?」
俺はダンゴムシに聞くと、べつに、という返事。彼の余裕な態度が気に障ったのか。あまりにも素っ気ない返事だったので、それ以上聞くことはやめた。
踵を返し、俺たちは店を後にした。
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