第23話 歌舞伎町へ

「依頼人と会ってきたが、信憑性は高いな。不知火との関係もないだろう。『内偵』に進めても問題ないと思う」


 ダンゴムシが報告した。ダンゴムシとロイホ、楓と俺でテーブルを囲み、今後のミーティングをした。ミントとルーシーは購入してきた洋服の見せ合いをしている。お互いに褒め合って楽しそうだ。ダンゴムシはその様子を横目でチラッとだけ確認し、話を続けた。


「対象者の方は元倉洋介もとくらようすけ。父親は最高裁判所の判事だ」


 ロイホがキーボードを叩く。


「ありました。元倉昌晃もとくらまさあき。第3小法廷の判事って書いてあります。なんすかね、この第3小法廷って」


「依頼人の相良裕美さがらひろみは、思い出したくもないから娘と元倉が写ってる写真はほとんど捨てちまったと言っていたが、娘の携帯に写真が残ってた。厳格な家庭での優等生ってつらしてるよ」


 ダンゴムシがスマホの画面を見せてきた。娘のスマホから転送した写真が写っている。髪型は真ん中で分け、髪色は暗めの茶色。色白で睫毛が長く、どこか女性的な印象。韓国のアイドルでいそうな綺麗な顔立ち。とても覚醒剤に手を出すようなことをする顔立ちではない。だが今の不良は、むかしの不良と違って、見た目で判断しにくい。

 優等生の笑顔の隣に、肩をくっつけて寄り添う依頼人の娘の姿。この時は何も知らないで浮かべている娘の笑顔に、胸の奥にチクっと刺さる感触。


「高校の同級生で、大学卒業後に再開して付き合うことになったらしい。母親も、交際相手が高校では生徒会長をやるような優等生の元倉だということで最初は安心していたらしい。だから突然の麻取の家宅捜査が入ったのが信じられなかったんだとよ。麻取の話じゃ、1年ほど前から元倉がマークされてたらしい。元倉の調査をしてたら、引っかかったのが娘さんだということだ」


 お利口さんが羽目を外して、悪ぶってみたというところだろう。始末が悪いのは、他人に罪を被せたことだ。ダンゴムシから詳細を聞いていると、依頼人の娘も学生生活は真面目に過ごしていたと言う。学生時代を真面目に過ごし、社会人になったところで学業から解放されて、ほんの少し魔が差してしまったのだろう。


「じゃあ、この元倉洋介を調べるんですね」


 俺がダンゴムシに聞くと同時に、ロイホのエンターキーを叩く音がした。


「小中高の名簿と、大学の同じ学部の生徒の名簿を調べました」


 ロイホがパソコンの画面をこちらに向けた。


「まず俺たちは同級生に聞き込みだな。闇雲に聞いたって効率が悪い。とりあえず高校の同級生と、大学は同じサークルの人間から聞き込みをしよう」


「高校の同級生は、依頼人の娘と同じクラスだった2年の時のクラス名簿から当たりましょうか」


 俺も意見を出した。被害者が娘だということで、自分と照らし合わせてしまう。自然と気が入ってしまう。ダンゴムシは頷いた。


「よし。内偵決行だな。聞き込みは男女分かれた方が聞きやすいだろう。雑誌のルポライターってことで娘の逮捕の情報を集めていることにしよう。ルーシーがいると不自然だから、女子生徒の方はリトルハンドとミントで当たってくれ。俺たちは男子生徒を当たる」


 ロイホは手際よく検索した名簿を全員に一括送信した。楓がミントに声をかけた。ルーシーもついていくと駄々をこねたが彼女は目立つし、日本語がおかしいから雑誌のルポライターというのも不自然になってしまう。ダンゴムシは『内偵』には慣れていないため、夫婦で留守番してもらうことになった。


「じゃあ、試しに新人も連れてってほしいんだが、まだ来てねえのか」


 夜の7時を回り、到着する時間を余裕持って考えても遅すぎる。


「来ないんじゃないですか。所長が酒の席で仲良くなっただけでしょ。その人だって、俺たちの仕事のことなんて信じてないと思いますよ」


「だろうな。時間も時間だから、内偵は明日にするか?」


 こんな時間に家に押しかけるのも不審に思われそうだ。アポを取るのも難しくなる。


「あ、でもこの人とこの人なら、この時間でも聞き込みできそうですよ。1人は高校の同級生で飲食店で働いてます。あともう1人が大学のサークルの同期で、新宿でホストやってます」


 ロイホがパソコンに向かいながら言った。いつも思うのだが、彼はどうやってそういうことを調べるのだろう。聞いてもややこしいことを説明されるだけなので聞かないが、不正行為であることぐらいは知っている。


「ホスト?面白いじゃん。行こう、行こう」


 楓がはしゃいで、ミントを誘った。ダンゴムシは言葉の意味がわからないルーシーにドイツ語で説明した。ルーシーは、酒ガ飲メルノカ、と女子3人で盛り上がっている。


「客のフリして行けばいいんだよね。1回行ってみたかったんだよね、ホストクラブ」


 そういう場所はちょっと苦手だと言うミントに対して、ルーシーは酒が飲めることを喜んでいるのだが、楓はなんで燥いでいるのか。


「ダメだ!ホストクラブなんか行くところじゃない!」


「えー、なんでー。なに起こってんの?客のフリした方が喋らせやすいんじゃないの。お酒も入ってるし。高いお酒は頼まないよ」


「そうじゃない!」


 たしかに酒が入っていた方が警戒心が少なくなって喋ってくれるかもしれない。聞き込みに行くだけだとわかっている。でも、楓にはああいう場所へ行って欲しくない。それに1回行ってみたかったって、いったい何を着たいしているのだ!


「浅野さん、ヤキモチですか?」


 ミントが意地悪を言った。という単語に、またも首を傾げるルーシーにダンゴムシが耳打ちをした。ルーシーは小馬鹿にするような目つきで、オマエ、ダサイナ、と言った。


「ダメだダメだダメだ!とにかくホストクラブは客としてじゃなく、外に呼び出して聞き込みをする。ホストの方は俺が行く。楓はレストランの方に聞き込みに行って!」


「シンちゃん、なんでそんな怒ってんの。シンちゃんだって営業やってる時、接待とかでキャバクラくらい行ったことあるでしょ」


「そんなの、ない!接待でも断ってた!」


 実際は2.3回行ったことはある。でも、絶対だから楽しくないし、ああいうところは苦手だ。べつに話したい相手ではないのに話さなきゃいけない状況が、気を遣ってしまうので疲れるだけだ。あんなところに好きで通う人の気持ちがわからない。知らない女性と話するだけなんて、それも高い金を払って何の得があるのだろうか。浮気症の男たちが、あわよくばと期待して行くところだという認識だ。俺は行かないが、まだ風俗の方が健全に思える。


「よく揉める夫婦だな」


 ダンゴムシが俺たち夫婦を揶揄うと、その嫁は、


「オマエタチ、欲求不満ナノカ?」


 と真顔でこちらを見据えていた。を知らなくて、なぜという単語を知っているのだ。ダンゴムシは嫁に、どういう日本語の教え方をしているんだ。


 渋る楓を無理やり説き伏せ、女性陣でレストランの方に行くことを指示した。もしかしたら高知の人が来るかもしれないので、ロイホは部屋で待機。その間に澤村に連絡をして、高知の人の情報を聞き、素性を調べておくことも指示した。ホストクラブへは、俺とダンゴムシで行くことになる。


 早速『内偵』に出掛けることになったが、楓はエレベーターの中でもプリプリと怒っていた。


「まあまあ、楓さん。私たちだけで美味しい物食べてきちゃいましょ」


 ミントがフォローし、そうだねー、と機嫌を直したかと思いきや、


「お腹いっぱいになったら、帰りにホストクラブでも行っちゃう?」


 と、挑発的な態度。


「あのなぁ。あんなところ行っても、ちっとも面白くないぞ。それに、年齢を考えろ」


「あぁ?なにそれ。ワタシがオバサンだって言いたいの」


「よせよせ。こんなとこで夫婦喧嘩するな」


 ダンゴムシが仲裁に入る。


「日本人ハ、スキンシップガ足リナイ」


 またもやルーシーが余分な茶々を入れる。

 エントランスの外を出ると、方々に散った。俺もムキになり過ぎたと、楓を呼んで謝ろうとすると、彼女は舌を出してプイッとそっぽを向き、歩いて行ってしまった。


「更年期じゃねえのか」


 ダンゴムシが女性陣の背を見ながら、ぼそりと言った。


「そうかもしれないですね。最近、楓は少しのことで怒るんですよ。こういう小さい喧嘩が増えたような気がする」


「違う違う。お前の方だよ」


「俺ですか?」


「そう。お前ももう40だろ。男も更年期、あるらしいぞ」


「ダンゴムシさんもあったんですか?」


「俺の場合は、常に気が短いから」


 あっさり言うダンゴムシに納得させられてしまった。

 そう言えば、なんだか最近イライラすることが多い。頭痛薬を飲むことも増えたし、夜寝てて変な時間に目が覚めることも多い。原因といって考えられることは里穂のこともそうだし、殺し屋の方の仕事についても、だ。不知火の件が片付けば、この仕事をひと段落すると決めたのだ。そのどちらかでも片付けば、このイライラは治まるのかもしれない。

 ホテル前でタクシーを拾い運転手に、新宿歌舞伎町まで、と伝えた。運転手は、俺たちが夜のお遊びに出掛けると思ったのか、ニヤついた顔をした。最近、そういう細かいことでイラついて仕方がない。

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