第20話 覚悟の在り方
メールの内容は、被害者にあった母親からのものだった。
娘が覚醒剤所持で逮捕されてしまったというものだった。娘は交際相手に誘われたと証言しているが、交際相手の方は証拠不十分で起訴されなかったという。捜査の手が自身に届いても言い逃れができるよう、娘に保管させていたのだそうだ。娘の尿検査だけが引っかかり、交際相手には陽性反応が出なかった。交際相手の父親は裁判官で、母親は事件を揉み消されたのだと主張している。娘は初犯であり、所持していた量や使用回数も少なく執行猶予がついたが、薬の副作用ではなく人間不信でおかしくなってしまっているという。
『
メールはそう締め括られていた。
「これ、どうします?」
俺たちがタバコを消すと、ロイホはそう言ってパソコンを俺たちの前のテーブルに置いた。そして、バスルームから消臭スプレーを持ち出し、部屋からベランダまでスプレーを噴射した。ダンゴムシに向かってかける。冷てえな、とロイホの手からスプレーボトルを引っ手繰った。
「服にも臭い付いてますよ」
「顔にもかかってんだよ!自分でやる」
「で、どうします?」
「どうするって、俺たちもそれどころじゃねえしな」
「だけど、この人無視するわけにもいかないじゃないですか」
「じゃあ、今はできないって、なんか断りのメールとか送るしかねえな」
「でも、それって信用問題にならないですか」
「悪戯かもしれねえじゃねえか」
ロイホとダンゴムシが言い合っている。ダンゴムシは今回の襲撃で頭がいっぱいだ。互いに譲らない姿勢だ。ロイホは、むかしなら適当に相手の意見に合わせて動いていたが、あの香川警備保障襲撃後も殺し屋を続けてきた自負がある。彼は殺し屋という仕事に向かい合い、4年のブランクのあるダンゴムシには譲れないものがあるのだろう。それが彼なりのプライドか。そんな彼の成長と比べて、あまり変わらないのが自分だ。
むかし、まだ俺と自分の姉が夫婦だということを知らなかった義弟の樹に言われた言葉を思い出した。
『こいつ、全然覚悟できてねえ』
このままペットサロンで生活できればいいのではないか。それを言い出せない自分がいる。困っている人を助けた恍惚感もある。そういう人を見過ごせない自分もいる。だから、依頼がある以上続けなければならないと思っている。でも、それは言い訳に過ぎない。心の隅で自然と依頼がなくなればいいと願っている。でもそれは自分の意志ではない。
娘の進路だってそうだ。父親として里穂とちゃんと対峙していない。里穂が進学を考えていないことを楓のせいにしていた。もっと里穂のことを考えてくれ、と楓に押しつけていた。たとえ里穂とぶつかることになっても、父親として俺の口から発するべきなのだ。
全てが他人任せ。殺し屋として、父親として、そして夫として覚悟が足りない。
「お前なら、どうするよ」
ダンゴムシに決断を求められた。俺はなんと答えたらいい。
「今は、お前が所長だろ」
俺が所長なのか?
先代の澤村が引退して、それを受け継いだのは俺たち夫婦なのだから、婿の俺が所長になってしまうのか。俺は大した仕事ができないからと、また楓に責任を押し付けてしまいそうになる。
俺は、そういう決断をするようなことを避けてきた。でも、それじゃあダメなんだ。4年前、俺は変われたと思っていた。自ら決断したと思っていた。けれど、何も変わっちゃいなかった。
ダンゴムシとロイホが、俺をじっと見つめている。
俺の返事待ちだ。彼らは彼らで、俺のことを立ててくれているのだ。決断を他人任せにしていられない。
この沈黙を破るのは、俺の決定打しかないのだろう。俺は頭をフル回転させた。
「とりあえずなんですが、『内偵』だけはしてみましょうか。もしかしたら本当に困っている人かもしれないし、また不知火たちの
黙っている俺を横目に、ロイホが言った。その意見に俺は異論を発した。
「昨夜の拉致失敗で、こちらの反撃は予想してなかったと思います。向こうも慎重に動くのではないでしょうか。また依頼して
2人は唸った。
「ロイホくんの言うように、この依頼者に会ってみましょう。対象者を『内偵』して、『執行』に値する人物であれば遂行しましょう。今の俺らには、まず実践が必要です」
ダンゴムシは唇の端に笑みを浮かべた。
「現所長が言ってるんだ。そうしよう」
ダンゴムシは分厚い掌を俺の肩に乗せて言った。
だから所長じゃないって、と言いたい気持ちをグッと堪えた。
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