第15話 侵入者

「なんで?」


 俺は子供みたいな声を出してしまった。

 井上誠は警察とも繋がりがあるのか。それとも全く無関係で、俺たちの稼業が警察に目をつけられてしまっているのか。多分、後者なのだろう。

 俺たちの仕事は、たとえ人を殺していないとしても、法に引っかかる事だらけだ。傷害、盗聴盗撮、ハッキング、数えたらキリがない。だが、俺たちを取り締まろうとしても、やり方がおかしい。なぜ、拉致みたいなマネをしたのか。拉致をして、その後どうするつもりだったのか。


 常盤麗子、本名不知火依里の写真は能面のように無表情であった。経歴では、警察学校卒業後、目黒署、新宿署を経て、6年前に公安部に配属されている。


「公安って?」


 間抜けな質問しかできない。


「俺らのこと、テロリストかなんかだと思ってんだろうな」


 ダンゴムシはダルそうにポケットに手を突っ込んで、フラフラとリビングで行ったり来たりしている。手持ち無沙汰なのか、リモコンを取りテレビを点けた。午前の情報番組では、また井上誠の関連する土地開発のニュースをやっていた。ダンゴムシは適当にリモコンを操作し、チャンネルを変えた。俺たちの知りたい情報は、朝の情報番組なんかでは得られない。


「里穂は?」


 娘の姿が見えなかったので、不安がよぎった。


「里穂ちゃんの部屋にいますよ。慶太と勉強してます」


 俺は胸を撫で下ろした。学校に向かっていたら、娘が狙われるかもしれない。昨日の出来事を振り返ると、相手は何をしでかすかわからない連中だ。あれで終わるとは到底思えない。


「だから今日は土曜日だって言ってるじゃない」


 妻に諭される。


「ああ。だけどしばらくは学校休ませよう」


「シンちゃん。あの子たち、来週はもう夏休みよ」


 珍しく夫として妻に指図したのに、あっさり返されて体裁が悪くなった。よくよく考えてみると、ミントも夏休みだから慶太も一緒に連れてきたのだ。


「ともかく、だ。相手が公安だったら、もうここも調べ上げてるだろう。ここも危険だ。どっか別のところに隠れねえと」


「ダンゴムシさんは、警察にも詳しいんですか?」


「あ?べつに。ドラマとか見てると公安って、なんか危ねえ奴らがやってそうじゃん」


 あっけらかんとした感じで、ダンゴムシが面倒臭そうに答えた。


 ガガガッ。


 その時、玄関の方で物音がした。

 最後に家に上がってきたのはミントだ。みんな一斉にキッチンにいるミントの方を見た。


「私、玄関閉めましたよ」


 アイスティの用意をしていたミントは小声で答えた。


 カシャンッ。


 シリンダー錠が開く音。

 そして、ガガガッとまた鍵が差し込まれる音。うちは賃貸オフィスの1フロアを改装して、住宅にした家だ。元々あったドアを、普通のマンションによくある2つ鍵穴があるドアにしてある。縦に長く棒状に把手が付いていて、その上下にシリンダーが付いているタイプだ。間取りはリビングを広くするために、必要最低限の部屋数にしてある。玄関から見て、両側がトイレと風呂。短い廊下があり、リビングに繋がる。そのリビングのドアが半開きになっており、玄関の音が聞こえた。

 みんなに緊張が走る。半開きのドアを見つめる。


「チェーンは?」


 ダンゴムシが小声で聞くと、ミントは小さく首を振った。全員の意識が玄関に集中していた。

 ダンゴムシはキッチンから刃の長い包丁を選んだ。ルーシーはコンバットナイフを取り出した。楓は、バーベルのウエイトが外されたシャフトを槍のように構えていた。

 ダンゴムシはアイコンタクトで何か俺に訴えてくるが、何をすればいいのかわからない。何か武器にないか辺りを見回すと、違う、とダンゴムシは掠れた小声を出した。リビングのドアを顎で示した。玄関が見やすいようドアを全開にしろ、ということだ。


 いや、もう玄関開いてしまうんですけど。俺が1番危険じゃないか。リビングのドアをチョンと蹴って開けると、ガシャンッと鍵が開けられた。ドアがゆっくりと開く。

 スッと俊敏な動きで、ダンゴムシが俺の前を通り過ぎ、玄関の壁面に背中をつけ、包丁を逆手で構えた。


「コングラッチュレイショーン!」


 ドアが開かれ、男の姿が現れると同時にダンゴムシが男の首を掴み、男の体を壁に叩きつけた。


「デリャー!」


 ルーシーが飛ぶように走り、コンバットナイフを振りかざした。


「待て待て待てー!俺だ、俺だ!」


 その男は、みんなが勝った顔。

 開かられた玄関のドアの向こうで、


「まあ、みなさん。お元気ねえ」


 と、呑気な声をあげたのは義母の和江かずえだった。

 そしてダンゴムシに押さえつけられ、壁で身動きが取れなくなっているのは、義父で先代の所長、澤村だった。

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