第14話 女の素性

「なんだよ、このでけえ荷物」


 ダンゴムシが最初に指摘したのは、常盤麗子の大きいバッグだった。住む所を追い出されたので全部の荷物を持ち歩いてるそうです、と答えると、そんなわけあるか、と冷たく返された。


「髪もボサボサで、それなりにホームレスっぽくしてるけど、コイツ家無くして今どこで寝泊まりしてんだ?」


「ホテルとか、漫喫とかですかね」


「全財産無えんだろ。そんなところに泊まる金あるのか」


「じゃあ路上生活とか......、あ、知人の家に泊まらせてもらってるとか」


「それだったら、こんな荷物持ち歩いてるわけねえだろ。確認してねえのか?」


 他にも、ホームレスの割には服装がきっちりしている、こちらの人数を聞いてくるところが怪しい、相手のスケジュールを把握していること、それも切羽詰まった当日であることが都合良すぎること、名前が芸能人に似ていて嘘くさい、などなどポンポン不審点をダンゴムシに出されて、俺は小さくなるしかない。


「お前ら、この女にハメられたんだよ」


 楓は、寝室から里穂を連れてきた。


「えー、びっくりする人って、誰?」


 里穂は眠い目を擦りながら不機嫌な声を出したが、ダンゴムシの顔を見ると、ぱあっと明るい表情になった。


「よう!大きくなったなぁ」


「ダンゴムシ!」


 里穂はダンゴムシに駆け寄り、小さかった頃のように飛びついて彼の首にぶら下がった。重たくなったなぁ、とデリカシーに欠ける冗談を言われ、里穂はダンゴムシの肩を平手で叩いた。そして、ダンゴムシの隣にいた金髪の女性に気づいた。


「オ前ノ、娘カ?」


 ルーシーに聞かれ、楓が頷いた。


「初メマシテ。ワタシ、ジョージノ妻、ルチナ。以後、オ見知リ置キヲタテマツソウロウ


 そう言ってルーシーは、唖然としている里穂にハグをした。


「ごめん。うちの嫁、ちょっと日本語おかしいんだよ」


 そうダンゴムシが言い訳をすると、


「ナニ言ッテヤガル。日本ノ、ソルジャーノ挨拶ダロ」


 と、ルーシーは胸を張った。その様子を嬉しそうに見ている里穂。久しぶりに見る娘の笑顔。その笑顔がこちらを向き、


「パパ、なに、その顔。蟹みたい」


 と冷たく言い放った。また、俺は小さくなる。

 笑いながらダンゴムシは肩を組んできた。


「娘って、大変そうだな」


 しょんぼりする隙を与えず、ルーシーがダンゴムシのTシャツの裾を引っ張った。何やら小声で話しかけている。ドイツ語なのか、よく聞き取れない。


「オウ!クラッベ」


 と、ルーシーは俺の方を指差して豪快に笑っていた。


「クラッベってなんですか?」


 ダンゴムシに聞くと、蟹だよ、と言ってまた笑い出した。どうやらこのメンバーでは、既に俺がイジられ役の構図が出来上がってしまったようだ。


 ロイホがリビングに降りてきた。

 昨日は俺たちの内偵をサポートしていた。ハッキングした防犯カメラで俺たちに指示を出す役目だ。ミントは慶太がいるから帰宅したが、ロイホは遅くまで店のスタッフルームにいた。そのため、そのままうちの客間に泊まっていったようだ。


「大丈夫ですか?」


 ロイホは心配した顔をしていたが、俺の方を見て笑いを堪えたのは一目瞭然だった。もう腫れた顔についてイジられるのが面倒だったので、軽く手を挙げて返事として済ませた。


 昨日車の中でダンゴムシに、なぜ助けに来られたのかを聞いた。日本に帰ってきて我が家に顔を出したところ、異変に気づいたロイホが慌てていたと言う。そこでロイホに指示を出してもらいながら、俺たちを追跡した、という流れだ。


「まあ、怪しいところだらけだな」


 ダンゴムシは話を元に戻した。


「とにかく、この女が井上誠と繋がってるのか、また他の連中なのかわからねえ」


「井上誠が関連してるのだとしたら、なんで態々私たちに知らせるようなマネをしたのかが問題ですよね」


 声の方を向くと、いつの間にかミントがちょこんとソファに座っていた。なぜか慶太まで一緒にいる。


「もし別の連中だとしたら、なんの目的なのか。どちらにせよ、偽名だと思いますがこの常盤麗子の目的は、私たちが目障りで潰そうとしているしか考えようがないですね」


 淡々と話すミントの横で、お久しぶりです、と慶太がダンゴムシに小声で挨拶をしていた。


「今日山辺さんがミミちゃんを引き取りにきます。しばらく店の方も休業しましょう。幸いここ1週間、サロンの予約も入ってません。他に預かっている顧客さんにも連絡して、引き取りに来てもらいましょう。理由は改装するとか、保健所からの衛生管理の査察が入るとかにしましょう。とにかく、用心するに越したことはないです。楓さん、玄関開いてました。不用心ですよ」


 俺たちはミントの提案通り、しばらく店を閉めることにした。ペットホテルで預かっていたのは4件で、どれもすぐに連絡がついたので、俺と楓で顧客の家まで届けに向かった。苦情を言う顧客がいなかったことで、それだけは助かった。


 ロイホは、ダンゴムシと常盤麗子について調べるために店に残った。


 俺たちが店に戻ると、常盤麗子の素性が明らかになっていた。ロイホは、俺たちにパソコンの画面を向けた。青い制服を着たバストショットの写真。髪型はショートカットで短く、一瞬別人だと思われた。


 不知火しらぬい 依里えり


 女は、警察官だった。





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