第11話 久しぶりの再会
ダンゴムシの顔を見て、俺の目からは止めどなく涙が溢れた。ヨダレも鼻水も垂れて顔はグチャグチャだ。両手を縛られてるから、顔を拭くこともできない。年甲斐もなく、小さい子供みたいに泣きじゃくってしまった。40過ぎたオッさんが、だ。
「鼻血出てるぞ。折れてんじゃねえか?アサシンさんよぅ」
無精髭の生えた顎をジャリジャリと掻いて、俺をニヤけた顔で見下ろしていた。
ダンゴムシは、先代の頃の仕事仲間だ。元ボクサーで引退した後、先代の澤村に拾われ殺し屋に転身した。リトルハンドこと妻の楓とは、肩を並べる執行人であった。先代の頃、日中仕事をしていないほとんどの時間を事務所で寝て過ごしていた。座席の椅子から落ちて床に寝ていることが多く、床で背中を丸めて姿から、澤村に『ダンゴムシ』という渾名を付けられていた。
4年前のミッションを最後に引退した。別れてしまった奥さんと復縁し、ドイツに行った。奥さんの故郷でビール製造をしているはずだ。
「いつ帰ってきてたんですか?」
「おう。4日前にな。住む所決まって挨拶に来たら、お前ら大変なことになってんじゃねえか」
「住む所って。奥さんの実家のビール工場は?」
住む所を探していたとなると、里帰りで日本に来たというわけではなさそうだ。
「
そんな重大なことをヘラヘラと話すところは、むかしと何にも変わってない。
「追い出されちゃったんですか?じゃあ、奥さんは......」
その質問を口にすると、気づいてしまった。助けてくれた金髪の外国人に目を移す。眉間に皺を寄せたタンクトップ女が、俺を見下ろしている。
キンッと金物が擦れる音がしたと同時に、タンクトップ女は振り返り、右足を踏み込んだ。フワッと体が浮いたかと思うと、銃を構えた男に飛び蹴りを喰らわした。いつのまにか意識を取り戻した後部座席の男が、運転手の銃を拾い、俺たちを狙っていた。
タンクトップ女のコンバットブーツは、男の顎にめり込み、グブブッとくぐもった息を漏らした。後部から煙を出している車にぶつかり、アスファルトの上に崩れた。
「オトトイ、来ヤガレ!」
タンクトップ女は仁王立ちで、男に捨て台詞を吐いた。
「あははは。昨日、『キル・ビル』見ちゃったからかなぁ」
ダンゴムシは、タンクトップ女のアクロバットを楽しそうに眺めている。すると、女はキリッとダンゴムシの方を向き、
「ウルサイヨ!コノ、甲斐性ナシガ」
と彼にも暴言を吐く。
「ダメだよ。いらない日本語は覚えなくていいよ」
体裁が悪く俺たちに笑顔を見せて誤魔化した。タンクトップ女は、フンッと鼻を鳴らし、太腿につけてあったホルダーからコンバットナイフを出し、楓の手足を拘束していた結束バンドを手際良く切っていった。
「ダンゴムシ。もしかして、この
手足が解放されて、楓はダンゴムシに近寄り、話しかけた。タンクトップ女は、今度はキリッと楓に向きを変え、楓とダンゴムシの間に割って入った。この俊敏な格闘家は、ヤキモチ焼きでもあるらしい。
「ワタシノ名ハ、ルチナ・シュナイダー、ダ」
ルチナと名乗る女は、楓の顔に自分の顔をグッと近づけた。それをダンゴムシがヘラヘラ笑いを張り付けて、彼女の肩に手を置き楓から引き離した。
「へへ、そうそう。これがうちのルーシー」
「ルーシーハ、ニックネーム。ワタシハ、ジョージの嫁」
その話を聞いて、もっと潮らしい女性を想像してしまっていた。肌が青白く体が細い女性だと勝手に決めつけていた。
今俺の結束バンドを外してくれている女性は、健康的で足腰がしっかりしたドイツ人だった。
「立テルダロ。シッカリシロ」
ダンゴムシでさえタジタジになってしまうくらいだから、俺なんか情けなくて目も合わせられない。
「男ダッタラ、自分ノ嫁クライ、自分デ守レ」
言い返す言葉がない。
「おい!それより、早く車に乗れ。ここ、警視庁が近いぞ」
さっき運転手の銃を撃ったばかりだ。近隣の住人が銃声を聞いていてもおかしくない。警視庁が近いとなると、長居は危険だ。
俺たちは4輪駆動のジープに急いで乗り込んだ。ダンゴムシは車を発車させ、ハンドルを切り思いっきりUターンした。夜の街にタイヤの軋む音が響いた。
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