第10話 あの男

 女は黒いタンクトップにデニムのホットパンツという出立いでたち。サングラスに金髪のロングヘアを後ろで結び、編み上げのコンバットブーツ。一瞬フジコかと思ったが、彼女はサングラスを外しタンクトップの胸の谷間に引っ掛けた。街灯のない路上で、顔がよく見えないが、雰囲気がフジコではなさそうだ。


 彼女は運転席のドアが開く音に、俊敏な動きで体を切り替えた。ドガッと鈍い音がすると、男の悲鳴が聞こえた。女がドアを蹴りで閉めて、運転手の右腕と右足が挟まっていた。右足は地面に着かないところでぶら下がっていて、右手は空の方を向いていた。その右手には拳銃が握られていた。

 女はそのドアを何度も蹴り上げ、その度男の悲鳴が聞こえた。パンッ、パンッと銃声が空を切り、右手はあらぬ方向を向いて、拳銃が手から離れた。ガシャンと拳銃がアスファルトを叩いた。女は何度も何度もドアを蹴り、右足は揺れ、ドアは閉まった状態に近いところまで押し込んでいる。

 車は壁にぶつかった状態で停まっているため、助手席のドアは開かない。助手席の男は後部座席に回り姿を現したところ、女の蹴り。モロに顔面に受けていた。


「クソアマーッ!」


 助手席の男はよろけたが、鼻から血を出して突進してきた。叫んだ時、口からポロンと何か溢れた。口からも血を流していた。落ちたものが目の前に転がってきた。歯だった。


「クソハ、汚ナイ言葉ダヨ!」


 ん?発音が変だ。


 突進してきた男の腹を蹴り、前屈みになったところ下からのアッパー。ガチンッと歯がぶつかる音がして、また口からポロポロと白いものが落ちた。

 男は失神したまま胸から崩れ落ちた。女はその倒れた男に、執拗に蹴りを入れていた。


「レディニ、ソンナ汚イ言葉、使ウンジャナイヨ!」


 運転手の男も右腕と右足がドアに挟まったまま動かないところを見ると、2人とも気を失っているようだ。それなのにまだ誰かの声が聞こえる。金髪の女の声ではない。男の声だ。


 パンッと音が車の後部から聞こえた。追突した車の方からだ。後部の車に男の後ろ姿が見えた。ボンネットを開けて点検していたのか、閉まり切らないボンネットに体重を乗せてグイグイ閉めていた。

 ボンネットが半開きのまま、男は首を傾げながら運転席に回った。男がエンジンをかけると、車のライトが点いた。

 ライトの光に照らされて女の顔が見えた。

 外国人だった。緑色の目で鼻筋が通った端正な顔立ち。ハリウッド女優でいそうな綺麗な人だった。

 っていうか、誰?


「あっちゃあ〜」


 男が車のライトを点けたまま近寄ってきた。どこか懐かしい声。男は背中でライトの光を受け、顔が陰って見えない。でも、あの人だ。


「こりゃあ、やりずきだよ。ねえ」


 男は、ダンゴムシだった。

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