第7話 テイクアウト

「はーい。お待たせー」


 常盤麗子が帰って、しばらくしてからサンフラワーからのデリバリーが届いた。持ってきてくれたのはサンフラワーの従業員、韮沢さんだ。

 韮沢さんは、元ジャーナリストで4年前まではゴシップ雑誌のフリーライターだった。当時、アイドルとミュージシャンの熱愛を追っているところ、『香川警備保障襲撃事件』の存在に気づいた。その事件で、襲撃したのが俺たちだ。それは先代の澤村たちとの最後の執行だった。その後、俺たちは解散。アイドルとミュージシャンの熱愛を追っていた韮沢さんは、警備会社との関連に気づき、その事件が表沙汰にならないことに不信を抱いた。そしてその事件を追っているうちに、俺たちまで辿り着いたというわけだ。

 俺とロイホは、韮沢さんの存在にを施した。彼は俺たちのことを記事にしなかった。スクープをかけなかったことで雑誌が廃刊になりライターを辞めたあと、藤原景子に拾われサンフラワーで働いている。


「久しぶりだな。アンタたちがデリバリー頼むの。もしかしたら、久々に依頼が入ったのか?」


 韮沢さんも俺たちの事情は知っている。べつに依頼が入ったらデリバリーを頼むという決まりはないが、俺たちの顔つきを見て、そう感じたのだろう。元ジャーナリストの勘が働いたのかもしれない。


「なんだよ。みんな黙って。教えてくれたっていいじゃねえか」


「そう言って、探り入れて、もしかしたらまたライターに戻ろうとしてます?」


 ロイホはカタカタとキーボードを叩きながら、韮沢さんを揶揄った。


「何言ってんだよ。もうあんな仕事に戻らねえよ。今は女房子供食わせるちゃんとした収入があるんだ。アンタたちには感謝しなきゃならねえ」


 フリーライター時代は家庭を顧みなかった韮沢さんも、今はカフェ店員の仕事が充実し、家庭もうまくいっているようだ。動物嫌いだったのに、娘のために犬まで飼い出した。いい父親をやっている。ちなみに飼っている犬はポメラニアンで、名前は『ミント』という。


「べつに俺らはなんにもしてないですよね」


 ロイホは俺に目配せを送り、これですかね、とネット記事を見せてきた。記事には、土地開発絡みで借金を抱え一家心中したと書かれている。名前は常盤に聞いた婚約者の苗字と一致している。


「へえ。井上誠が対象者かね。こいつ、噂だと東京サベージっていう元半グレ集団と繋がりがあるらしいぞ」


「なんか、やっぱりライターに戻ろうとしてません?」


「違うよ。ジャーナリスト魂というかね」


 俺が突っ込むと、韮沢さんは不敵な笑いを見せた。


「じゃあ、もう調べなくても、こいつ悪じゃん」


 ロイホがそう言うと、楓は指をポキポキ鳴らして頷いた。楓は居ても立っても居られないようだ。


「ちょっと。待ちなよ。アンタたち今はこれだけしかメンバーがいないんだろ。悪いことは言わねえ、しとけ。関わらない方がいい」


 東京サベージというのは知らないが、俺もこの案件は関わらない方がいいと思う。テレビに出るほどの有名人であれば、セキュリティーも万全にしてあるはずだ。それにそんな半グレの組織が関わっているとなると尚更だ。

 1年くらい前まで来ていた依頼は、個人的なものが多かった。こういう組織絡みのものは、香川警備保障依頼ない。

 香川警備保障の時は、俺たちメンバーも大勢いた。それでも負傷者を出し、かなり苦戦したのだ。今となっては実働隊として執行できる人間は、ほぼ楓しかいない。俺とロイホもいるが、戦力としては弱い。俺なんか、最近トレーニングさえしていない。


「楓。もうちょっとよく考えてみよう。むかしと今は状況が違うんだよ」


 楓はテーブルに肘をついてムスッとしていた。今の彼女だと、『内偵』と称して隙あらば『執行』に強行突破しかねない。俺たちも、時間が経過しすぎて勘が鈍っている。間違った判断を下しそうだ。


「あれだよ。むかしのメンバー集めりゃいいんじゃねえか」


 これには楓は絶対に首を縦に振らない。別れた妻と復縁しドイツの田舎に暮らしている者。夢だったレーサーになり成功している者。みんな各々の道をそれぞれに選択をした。みんな声をかければ助けてくれるに違いない。俺たちが勝手に選択して残った道だ。俺たちの都合で、みんなが手に入れた平穏な生活を乱すことなどできない。楓はそう考えている。それは俺も同じだ。


「ダメなのか。じゃあ、俺が手伝ってやろうか。腕っ節には自信はないが、尾行とか調査なんかは得意だぞ」


 韮沢さんは空気が悪くなったのを察知してそう言ったが、楓は首を横に振る。韮沢さんだって仕事仲間ではなかったが、危ない取材の多いフリーライターから足を洗ったのだ。今は家族と平穏な暮らしを手に入れた。彼を俺たちの仕事に引き摺り込むことはしたくない。


「とりあえず今日だよね。品川のホテルだっけ?内偵だけでも行ってみようか」


 俺は楓を宥めるために、そう言った。楓は腑に落ちない顔をしていた。自分1人でも解決できる自信があるのだろう。プライドだけが先走っているように見えた。


「俺もお供しますから」


 彼女のプライドを傷つけないように、軽い口調で言ってみた。という言い方にしたが、彼女が突っ走らないように見張るつもりだった。あの意図が見えてしまったのか、それとも軽い口調が悪かったのか、楓はプイッとそっぽを向いて韮沢さんの運んできた食事にも手をつけず、サロンルームへ行ってしまった。


 まずい。なんだかうまくいかないような気がする。

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