第7話 救世主
4月も終わりに近づいたある日の午後10時、司はベッドの上に寝転がり、希とのLINEでのやりとりを見返していた。
最近はこんなふうに夜を過ごすことがほとんどで、以前のように真夜中に外を出歩くようなことはなくなった。
枕に顎をのせてスマホの画面を見ていると、瞼が重くなってだんだんと目が閉じてくる。
司はどんどんと意識が沈んでいくような感覚に身を任せて、いつの間にか寝てしまった。
司にとっての一番のないものねだりは
「普通の家族」だった。
司の兄は司が生まれる前まで難病に苦しんでいたらしく、母親は兄に対して過保護なところがある。
「子ども全員を平等に育てるなんて無理。」
いつだったか母親の知り合いがそういっていたのを耳にしたことがある。
本当にそうだろうか。
司にはまだわからない。
でも「人間だから仕方がない」で済まされるほど、こちら側の傷も浅くはないのだと司は思う。
気がつくと、司はいつもの公園のベンチに座っていた。
目の前には小さいころの司と思しき幼児と、若いころの母親、2人の少し先に小学校中学年くらいの時の兄がいた。
3人を目にしたとき、司は瞬時にこれが夢であることを悟った。
これはあの日の私の記憶だと。
幼い頃、司は兄が公園に落ちている色づいた葉やどんぐりを母親に渡しているのを見たことがある。
それで母親から頭を撫でられている兄を見て、あの日自分も同じことをしてみようと思ったのだ。
『お母さん、これあげる。』
あの時と同じように、目の前の司は小さい両手の手のひらいっぱいに公園に落ちていたどんぐりや葉をのせて、母親の目の前に差し出した。
落ちていた中でも一等綺麗なものを選んだつもりだった。
しかし母親はそれらと幼い司を見て、少し困ったような怯えたような顔で、彼女の手の上にあるものすべてを払い落とし、黙って兄の方へ駆けていった。
喜んでもらえるとばかり思っていた幼い司は、ショックでその場に立ち尽くす。
そんな彼女を目の前にして、司はよく泣かなかったと抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいになった。
でも、体は動かせない。
すると、司の横に座っていた誰かが、幼い司のほうへ歩いて行った。
司のほうからはその誰かが少女であるということしかわからない。
「誰だろう」と司が思っていると、少女はそっと幼い司の目の前に来て、彼女をやさしく抱きしめた。
その体温に安心したのか、幼い司は泣き出した。
『ありがとう、お姉ちゃん。』
幼い司が少女に向かってそう言った。
すると少女は、初めて司のほうへ顔を向けた。
司は驚く一方でほっとしたような気持ちになった、少女の正体は希だったのだ。
希は囁くような声でこういった。
『もう大丈夫、寂しくないよ。』
なぜかその声は少し離れたところにいる司まで届いた。
その言葉に、司は今更救われたような気がした。
ありがとう、、、そう言いながら司の意識はその夢から離れていった。
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