第5話 意味もなく笑って
まれが司の前に再び現れたのは、
始業式の日だった。
まれは司の高校に転入してきたのだ。
しかも、司と同じクラスである。
「東京都立松竹高校から来ました、
水上希です。よろしくお願いします。」
司のクラスの自己紹介は一人一人前に立ってすることになったのだが、希のときはクラスから歓声が聞こえた。
「可愛くて、垢ぬけてて、やっぱり東京の人って感じがするわ~。」
「東京からだって!!やばくない?」
希の自己紹介が終わり、クラスがざわざわ
している中、司は一人、言葉を失っていた。
まさか、こんな形で会うことになろうとは
想像していなかったのだ。
そんな司を見て、希は教卓から席に戻るとき、にこりと笑って司のほうへ手を振った。
「ねぇ、つっちゃん。あの子と知り合いなの?」
「え、司の知り合いなの?羨ましい。」
クラスメイト達も希が司に手を振ったことに気づき、司の周りの席にいる友達が一気に司に話しかけてきた。
『感じが悪い』と思われてしまうから早く質問に応えなければいけないということが
分かっていても、司は話すことも希から目を離すこともできなかった。
放課後、司が帰る支度をしていると、希が司の席までやってきて、話しかけてきた。
「びっくりです、学校で出会うとは思って
いませんでした。」
あの日からずっと、また話したいと思って
いた相手が急に現れ、司は正直まだ困惑していた。
クラスメイト達の視線は、また一気に司たちのほうへ集められている。
なんとなく居心地が悪くて、司は右手でリュックサックを持ち、左手で希の手を掴んだ。
「悪いんですけど、ちょっと場所を変えてもいいでしょうか?」
希はほんの少しの間目をまるくして司のほうを見つめ、それから黙って頷いた。
希が了承したのを確認すると、司は希の手を握って歩き始めた。
ざわつく自分たちの教室を出て、この時間はだれも使っていない特別教室に着くと、司は希の手を放して、ドアを閉め、ドアの窓の上のマジックテープに布をつけた。
まだ午後12時半。太陽が照り、照明をつけなくとも十分なほどに眩しい光が窓から
差し込んでいる。
希はその光に照らされていて、白い肌と黒い髪が光を反射していた。
一応了承は得ていたものの、半ば強引に連れてきてしまったこともあって、司は何から話を始めればよいか分からなくなっていた。
「確かに、あそこじゃ話しにくかったですね。転入生というのはなぜか注目を集めてしまうものですから。」
二人の間にしばらく流れていた沈黙を、希が破った。
返すための何かいい言葉が浮かばなくて、司は黙ったままになってしまう。
司はなんとなくドアのあたりから離れられなかった。
窓の方には希がいる。
希が一歩ずつ、司がいるドアのほうへ近づいた。
そして司との距離が1メートルほどになった時、彼女は司のほうをじっと見てこう聞いた。
「私といるのは気まずいですか?」
はいと答えることと黙ったままでいることがこの場での最悪な答えであることを知っていた司は、ここでようやく口を開いた。
「いいえ、むしろ水上さんと話したいと思っていたので、こちらに連れてきたんです。」
でもいい話題が思いつかなくて、その後も司は黙ってしまう。
「ひとつ提案があります。」
どうにもならないような沈黙に耐えかねて、希はもう一歩、司のほうへ近づいてきてそう言った。
「敬語、やめませんか?それが原因の一つだと思うんです。この沈黙の。」
司にとってそれは予想外の提案だった。
とは言っても、そもそも
「提案があります。」の時点で会話の方向性は司が予想可能な範疇を超えていたが。
「え?」
果たして敬語がこの沈黙の原因と言える根拠はどこにあるのか、考えてみたところで、それもまた新たな沈黙の原因となりそうだった。
「とりあえず実践してみませんか?可能性はあると思うのですが、この提案について何か特別な異議を述べられるおつもりでしょうか?」
思ったよりもぐいぐいくる希に対して、変人とはこういう人のことを言うのだろうなと思いつつ、司は首を横に振った。
「実践、しましょう。」
司がそう言うと、希は「そう来なくっちゃ」という言葉がまさに当てはまるような表情をして、話し始めた。
「私は希と呼ばれるのが一番合っていると思うから、ぜひそう呼んでほしいのだけれど、あなたのことはなんと呼んだらいいの?」
希の聞き方に、司はあの某アニメ映画に出てくる名シーンを想起してしまい、フフッと笑った。
「何でも好きなように呼んでいいよ?」
なぜか疑問形で終わってしまったことに、自分でもびっくりしてしまって司はまた笑ってしまう。
「それじゃあ、今日からあなたのことはさっちゃんと呼ぶことにする!」
希はいつも司の予想を超えてくる。
司はさっちゃんなんて呼ばれたことはないし、大体の人は司ちゃんと呼ぶ、変形したとしてつっちゃんだ。
話題を探していた今までとは違い、自然に言葉が出てくる。
「切り取るとこ、そこなんだね。っていうか、私たちどっちも敬語外すの慣れてなさすぎじゃない?」
司が笑いながらそう言うと、希も一緒になって笑ってしまい、しまいには二人して大笑いすることになった。
笑いながら、案外あの提案は間違っていなかったのだなと司は思った。
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