第3話 不思議な少女

朝目覚める度に、寝たまま死んでいたなら一番楽だったのになんて思ったことはあるだろうか。司にとってそれは毎日のルーティンと化していた。そんな願いもむなしく、今日も司はベッドの上で目を覚ましてしまった。母親や兄を起こしてしまわないように、ゆっくりと洗面台に向かい、顔を洗う。タオルで顔を拭きながら、司はリビングの壁にかけてある時計をみた。まだ朝の5時30分。司は朝、早く起きられたときには近くを散歩することにしている。服が入れてある棚から長ズボンを取りだし、近くにかけてあったダウンジャケットを着て家を出た。まだ少し寒い3月の朝。手袋を持ってこなかったことを少し後悔しながら、司は歩いた。家を出て少し歩くと、公園がある。公園とは言っても大した遊具があるわけではない。子供の少ないこの町では、利用者が少ないため、草木の手入れもされていない。そんな、もはやありのままの姿と化した場所にあるベンチに座り、ただボーッとすることが司の朝の楽しみだった。まだ3月なので、一部の木ははげたまま、草も夏ほどには生えていないが、別に緑を目当てに公園にいくわけでもないので、司には関係ない。公園に着き、いつものベンチに向かっていくと、司は普段誰も立ち入ることのないこの公園のベンチに誰かが座っているのを見つけた。真っ白で長いダウンジャケットに、艶やかな光を放つ黒髪。見つけた瞬間に、寒さなんて吹き飛んでしまうくらいの衝撃が走る。司はなんだかこの少女は自分を含めた普通の人とはなにかが違うと思った。

「おはようございます。」

少女がほんの数メートル先の司に気づいて挨拶をした。少女の声はまっすぐで、でも柔らかな感じのする声だった。

「おはようございます。」

司は少しびっくりしながら、挨拶を返した。

「この公園にはよく来られるのですか?」

にこりと美しく微笑みながら、少女は司に

そう聞いた。

「週に4日くらいは来ます。」

普段クラスメイトたちと話す時には上手く

会話を組み立てられる司だが、この少女の前では妙に緊張して、質問に答えることしかできない。

「私は今日初めて来たんです。とてもいいところですね、虫や鳥たちがたくさんいて、

それでいて気持ちがシャンとなるような

静けさもあって。」

少女が自分の方をみて、今度はふふふっと

あどけない少女らしく笑ってみせたとき、

司はなんだかドキリとした。

「あなたがここにきたとき、ここを抜ける風が少し柔らかくなって、鳥たちも優しい声になった気がしたんです。なんだかあなたは

ここのみんなに歓迎されているようで、

羨ましいなと思いました。」

詩のような台詞を口にした後、少女は司の顔をじっと見つめた。

「あの、なにかついてますか?私の顔。」

沈黙の間、ぶつかり合う視線に我慢できず、司はそう言って目をそらした。

「いいえ、なにも。」

少女はそう言って、司を視線から解放すると、ベンチから立ち上がった。

「お邪魔してすみませんでした。ここに

越してきたばかりなので、またお会いする

機会があれば、その時はいろいろ教えて

ください。では、さようなら。」

少女が歩き出して、真っ黒な髪がなびいた。

綺麗な黒髪が様々な光を反射している。

司は自分の横を通りすぎる少女の腕を掴んで

制止した。なんとなく、このままなにも話せないと後悔するような気がしたのだ。

「私の名前は佐藤司です。あなたの名前は

何ですか?」

少女は司の方を振り返って、絵のような笑顔をみせて、口を開いた。

「私の名前は、水上希です。」

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