第2話 贅沢な寂しがり屋

佐藤 司は夜道を一人歩いていた。

母親から浴びせられる暴言に耐えきれず、16歳の彼女は家を出てきたのであった。

静まりかえった町、辺りには誰もいない。

夜の12時半過ぎ。彼女が良識ある母親を持っていたなら、きっと家を出る彼女を止めてくれたはずだ。「夜は危ないから。」と。

彼女は、きっと母親が自分がいないということにすら気がつかないということを知っている。こんな時間に出ていったのは初めてではないのだ。前に出ていったときも、その前も母親は彼女が出ていったことに気づかないまま、ぐっすりと寝室で眠りについていた。

夜の8時にもなるとすべての店が閉まってしまうような町だから、真っ暗な道を申し訳程度の切れかけた電灯と、星たちや月だけが照らしている。こんな道を歩いていると、司は「このまま真っ暗闇に吸い込まれてしまうんじゃないか。」というちょっとした恐怖に襲われることがある。でもその恐怖もしばらくするとたちまち消える。「まぁ、それでもいいか。」と。そんな時、司は自分一人で生きているかのような孤独感を感じるのだ。友人も、家族も、いることにはいるけれど、その中の誰にも自分という人間は必要とされていないんだろうなと贅沢に寂しがってしまう。

「毎日ほぼ3食ご飯を食べられて、今健康に生きていて、友達も家族もいて、それで十分幸せでしょ?世の中には私より酷い扱いを受けている人たちなんていっぱいいる。私の孤独なんてすごく贅沢な悩みだって、、分かっている。だけど、そんな声が私を傷つけているの、うるさいの!お願いだから黙って!」

相談したいと思った悩み事は毎回、ただの独り言で終わって。誰かに話したくなるような嬉しいこと、悲しいこと、それらも全部ただの独り言で終わっていく。

「だって、そんなの誰も聞きたがらない。」

司は足元に落ちていた石を思い切り蹴った。

司の声だけだった沈黙に、石の転がる音が加わる。

「私が本当に話したいことなんて、誰もまともに聞いてくれない。相手の話したいことだって私には話してくれない。そういうたった一人に、私はなれない。」

お前じゃねぇよ、出てけよ、司ちゃんは呼んでないんだけど、迷惑、うるさい、黙れ、つまらない人、あんたなんか産まなきゃよかった、あんたなんかいらない。

司の頭の中で、今までに言われた心ない言葉たちとそれを向けてきた人々の表情が駆け巡る。

「ちょうどいいところで止めなきゃ、また言われちゃうから。」

過呼吸になりそうなのをどうにか抑えて、司は一人、涙を流す。彼女が本当に泣いていい場所は、この夜の一人で歩く道だけだった。

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