第6話 あの子は

 静かな村に、パトカーや救急車のサイレンが響き渡った。

 川岸で発見された男の子は、体つきからして3歳ぐらいだったという。

 遺体を乗せた救急車は、街へと向かって発進した。その後を追うような形でパトカーも街へと戻っていく。


 メインストリートの向こうに消え行く車両の群れを見送りながら、住職さんが誰に言うでもなく呟いた。

「きっと川遊びばしよって、流されたんでしょう」

「そうやろうか……」

 バアサマが疑問の声をあげる。

「あんな小さい子が、こげん辺鄙な場所で水遊びなんかせんでしょう。大体こんな山奥にどうやって来るっていうと?」

「親はどうしたんやろうねえ……」

「どこの子やろう。このあたりの子じゃなかごたあるけど……」


 皆、暗く沈んだ気持ちになって、各々の家に戻っていった。


 まだ日は高くて明るいが、そろそろ7時になる頃だ。俺も寝床を確保しようと思い、実家に忍び込んで、ほこりのたまる畳の上にごろりと横になった。



 夢を見た。

 森の中で、小さな男の子が俺を指さしていた。

 男の子は笑っていた。

 俺が「どうしたんだ」と声をかけたら、俺に駈け寄ってきて、消えてしまった。




 翌朝、体を揺さぶられて目を覚ました。

「ん、奈々果か? どうした」

「朝ご飯できたけん。うちに食べに来てよ」

「ああ、そうか、悪いな」

 俺は腕時計を見た。まだ6時になっていない。

 まだ薄暗い中、家を出て奈々果の家へと向かう。村人たちは家の前で立ち話をしたり、掃き掃除をしたりと、すでに動き出していた。

 一人のバアサマがこちらに気づいて頭を下げたので、こちらもお辞儀した。

「おはようございます」

「おはよう。よう寝れたね?」

 はい、と答えた声は、別のバアサマの声でかき消された。

「あっ、駐在さんが帰ってきたごたある!」

 見ると、メインストリートを駐在さんと呼ばれる若い細身の男性が、バイクでこちらに向かってきていた。昨日、俺が呼びに行った人だ。おそらく署まで出向いていたのだろう。俺とそう年は変わらない気がする。訛りはないから、どこか別の地方から来た人なのだろう。

 バアサンたちはわらわらと駐在さんに駈け寄っていったため、駐在さんはバイクをおりた。

「どげんでした?」

「あの子の親御さんは見つかったと?」

「事故ね、事件ね?」

 老人たちに矢継ぎ早に質問されて、駐在さんは面食らっているようだ。

 それを見た奈々果が、「こんなところで話すのもなんやから、皆さん今からうちに来ませんか。駐在さんも徹夜で仕事をされてお疲れやろうけど、食事もできとらんのやないですか? うちで朝食を食べていって、それから一眠りされたらどうですか」と声をかけた。

 駐在さんが返事をするより先にバアサマたちが、それがいい、それがいいと言って、奈々果の家へと歩き出した。

 駐在さんは困ったような視線を俺に向けてきたので、肩をすくめた。

「一緒に行きませんか。俺も朝食をご馳走になるんで」

「……いいんですかね、食事なんていただいても」

「いいんじゃないですか、この村ではこういう付き合い方が普通みたいですし。むしろ誘いを断ったほうが後々面倒なことになりますよ」

 俺がそう言うと、駐在さんはどこか諦めたような顔をして、バアサマたちの後に続いた。



 昨日と同じ広間に通されると、すぐに食事が運ばれてきた。白米とみそ汁、ぬか漬けとおきゅうと、川魚の佃煮だ。椀は小石原焼だろう。独特の飛びカンナがあるから、一目見てすぐわかる。

 俺がありがたく食べ始めるのを見て、駐在さんもためらいながら食事に手をつけた。

「ところで駐在さん」

 バアサマがもう待ちきれないといった感じで話しかけた。

「あの子、どこの子かわかりましたか」

「ああ、それですが……」

 駐在さんは箸を置いた。

「どうも身元不明のようです。捜索願も出ていませんでした」

 ああ……とため息のような声がバアサマたちから漏れた。俺は暗澹たる思いに胸が重くなった。いなくなっても捜索願すら出されない子供がこの国にはいるというのか。

 広間にはどんどんバアサマやジイサマたちが集まってきていた。

「子供の名前もわからんと?」

「はい……」

「悪い人にさらわれて殺されたんやろうか」

 と一人のバアサマが恐る恐るといったふうに口にしたが、駐在さんは首を振った。

「外傷もなく、溺死でしたから事故死でしょう。殺人を思わせるものは何も見つかっていません」

「そう、そんなら良かったって言ったらおかしいけど、あの子が怖い思いをせんかったのなら良かった」

「それで、あの子はこれからどうなると?」

「そうですね、親が見つかればいいんですが、それが難しければ、役所のほうで火葬することになると思います」

「なあ、駐在さん」

 バアサンが駐在さんににじり寄った。

「もしもあの子の親が見つからんかったら、遺体をこの村に埋葬したらいかんですか。気の毒でたまらんとですよ」

「どうでしょう、そういうことをしていいのかどうか、ちょっと自分はわからないです」

「お願いですけん」

「駐在さん、どうかこのとおり」

 バアサンたちは手を合わせて頭を下げた。これにジイサマたちも加わった。

「あんな小さい子が無縁仏になるより、ここで弔ったほうがよかって」

「ここで亡くなったのも何かの縁やろう。この村で面倒見ますけん頼みます」

 駐在さんはしぶしぶといった様子で、県警本部に掛け合ってみますと言ってくれた。

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